上 下
674 / 1,397
49章 魔王城最上階の怪談

669. 春うららは喧騒とともに

しおりを挟む
 リリスの衣装が仕上がり、お飾りが揃う頃になると、外の日差しも春の色に染まってきた。徐々に暖かくなる気温に釣られ、庭木が芽吹いて蕾をつける。一気に明るくなった庭は、エルフ達により開花の調整が施された。

 即位記念祭に花が開くよう、魔法陣を設置する作業が佳境を迎える。常に魔力で温度を勘違いさせ、魔法陣を消したら開花するよう調整するのだ。花々に負担を強いる術であるため、即位記念祭以外での使用は禁止されていた。

 大急ぎで魔法陣を手に走り回るエルフと、祭り用のテーブルや椅子の製作に忙しいドワーフ。10年に一度の祭りを盛り上げようと、集まった料理人や商人が打ち合わせをする中庭の喧騒が届く執務室は、ドアも窓も半分開いていた。

 吹き込むそよ風に書類が舞い上がり、アスタロトが捕まえて机の上に戻す。その書類を読んだルシファーが、さらさらと署名して押印した。処理済みの箱に投げ入れられる。

 執務室は人口密度が高く、ルシファーとアスタロトの他に数人の文官と、少女達がいた。護衛のイポスを巻き込んで、少女達は雑談に興じている。

「ルシファー、杖にリボンを巻いてもいい?」

 お気に入りのピンクのリボンを片手に、リリスが尋ねる。小物の確認を行う中、ハイエルフが削り出した杖の持ち手部分を絹のリボンで覆いたいと言う。小首をかしげて返事を待つ少女に、当然だと頷いた。

「構わないぞ。手伝おうか?」

「平気よ。ルシファーは書類を先に片付けて」

 お取り巻きの少女達と楽しそうにリボンを巻くリリスを見ながら、同じ部屋の奥で書類に署名していく。大量に積まれた書類は昔に比べればだいぶ減った。文官を増やし、各部署にある程度の決裁権を与えたためだ。

 署名を終えた紙に、印章で押印した。分類用の箱にひらりと書類を乗せ、次の文面に目を通す。即位記念祭では動く金額も、種族も、人数も桁違いだった。どうしても書類量が増えてしまう。申請書はもちろん、決裁や承認を求める書類を丁寧に処理しながら、ルシファーは手を止めて伸びをした。

 肩こりや腰痛の経験はないが、気分の問題だ。身体をのけぞって伸ばすと、近くで書類の確認をしていたアスタロトが苦笑いした。

「休憩しますか」

「うーん、後少しだ。終わったらお茶にしよう」

 珍しい意思表示に、アスタロトは慌てて窓の外の天気を確認した。幸いにして雨雲はなさそうだ。落雷の気配もなければ、すっぽん亀が落ちてくる兆候もない。

「おい、さすがに失礼だぞ」

「雨を通り越して、雪が降るのではと心配になりました」

 普段のサボりをちくりと嫌味にして返され、ルシファーは諦めてペンを手にした。急いで処理すべき書類から署名しているが、あと数十枚で終わる。ここ最近は忙しかったし、終わったらリリスを誘って散歩でもしよう。前向きなことを考えながら、書類をめくったところにルキフェルが飛び込んできた。

「ルシファー、ちょっといい?」

 半開きだったドアをノックもせず潜った青年は、水色の瞳を曇らせる。普段の明るい姿がが嘘のような暗い表情は、深刻さを匂わせていた。

 手にしていた書類を机に戻し、上に印章を重石代わりに乗せたルシファーは、すぐに立ち上がる。大きめの執務机を回り込んで、ルキフェルの肩に手を触れた。

「深刻な話なら、隣で聞く方がいいな」

 頷くルキフェルを連れて、続き部屋へのドアを開く。上階の私室が吹き飛んだため、現在はこの仮眠室を使っていた。ベッドとリリスの鏡台、簡単なテーブルセットしかない。広いが物の少ない部屋で、ひとまず椅子を勧めた。

「何があった?」

 尋ねる声が心配を滲ませる。しんとした沈黙を、窓の外の騒ぎが緩めた。俯いたルキフェルが、手に握る紙を差し出す。

「実は、ルシファーの部屋があった場所に……が出たんだ」

 掠れてよく聞こえなかった単語に、ルシファーは眉をひそめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

処理中です...