666 / 1,397
48章 チョコは卵から作られる
661. 相応しい振る舞い
しおりを挟む
ひとつ深呼吸する。舞い踊る髪や衣が重力に引かれて落ち着いた。同時に威圧が嘘のように霧散する。
ブレスで攻撃された獣人や魔獣の子、妖精たち……彼らを守るのが魔王だ。間に合わなかった守護魔法陣を弄ぶルキフェルが、唇を尖らせた。失った命に誰もが諦めを滲ませる頃、視界を遮る土埃が収まる。
「ルシファー、ロキちゃん! 手伝って! ベルちゃんもお願い」
響いたリリスの声に、結界の中で守られる魔族の視線が集まる。ブレスで焼かれたはずの大地は、焦げていなかった。ドレスが土に触れるのも気にせず、リリスは地面に膝をついて魔獣の子に手を伸ばす。怯える魔熊の子を撫で、震える魔兎を抱き上げる。振り返る彼女の背に白い翼が生まれた。
ぶわっと視覚化されるほどの魔力が広がる。治癒を施す彼女の頭上に、美しい輪が浮かんだ。その姿は宗教観のない魔族から見ても、神々しく……ただ美しく、祈りを捧げるに相応しい威厳に満ちる。
「ルキフェル、ベール。治癒だ! 急げ。ベルゼビュートは被害の確認を。アスタロト」
「はい。お任せください」
金髪の吸血鬼王は一礼し、圧死寸前の2匹をどこかへ転送した。追うように自らも姿を消す。
彼に命じる必要はない。死ねと命じた魔王の言葉は、アスタロトの耳に届いていた。そして大公の総意も間違いなく汲み取る、聡い男だ。転送した2匹は死にたいと懇願するまで苦しめられ、魔王に逆らった愚か者として処分されるだろう。
統治に見せしめは必要だ。力が全ての魔族にとって、魔王の意向は最上級の命令だった。
両手に治癒と復元の魔法陣を生み出したルシファーも足早にリリスへ駆け寄る。途中で、火傷した獣人の毛皮に治癒と復元を同時に施した。倒れた民を放置して恋人に駆け寄ることは出来ない。結界で守ってやれなかった分、少しでも早く治すのが役目だった。
治癒だけでは毛皮は戻らない。時間をかけた治癒は皮膚が傷つく。毛皮は獣人にとって強さの象徴であり誇りでもあった。丁寧に状態を確認したルシファーの後ろで、側近たちの声がする。
「こっちは僕がやる」
「では重傷者は私が引き受けましょう」
転移で距離を縮めたルキフェルとベールが、役割を手早く分担する。軽傷者が多い奥の魔獣や妖精をルキフェルの魔法陣が包む。手前の重傷者は、神獣の能力を解放したベールの治癒が与えられた。
レライエも翡翠竜と一緒に小さなケガを治し始めた。鳳凰であるアラエルも、己の体液による治癒を行うため、脚が千切れたアラクネを助け起こす。ピヨがばたばた走り回り、ラミアの子を集めて翼で保護した。親が来た子から順番に引き渡す姿は、立派なお姉さんだ。
自分たちが守った魔族をベルゼビュートに預けて、ルーサルカが仮のテントを蔓で編む。綺麗な水を作って傷を洗い、水を飲ませて落ち着かせるルーシアをシトリーが手伝う。己が出来る範囲のことを精一杯頑張る少女達は、着飾ったドレスが汚れるのも気にせず働いた。
倒れたドラゴンの焼け爛れた背に、リリスが手を這わせる。強靭な鱗は高熱で溶け、下の皮膚はぐじゅぐじゅに崩れた。体液が滲み出てぬらぬら光る肌へ、美しい白い手を躊躇いなく当てる。
「……汚れ、ます」
苦しい息の下で必死に告げるドラゴンの大きな瞳へ、リリスは笑顔を向けた。
「何を言うの、私やルシファーが大切にする民を守った英雄じゃない。すぐに治すから、楽にしてて」
「そうだ。お前は表彰や爵位を得るに相応しい行為を成した。余の自慢の臣下だ」
やっとリリスの隣に並んだルシファーが重ねた言葉に、ドラゴンの目から涙がこぼれた。同族のやらかした騒動に、なんとか被害を少なくしなければと身を呈した。焼けた背が戻らなくとも、もう二度と飛べなくなっても構わない。こうして魔王と魔王妃が功績を褒めてくれたのだ。
誇り高いドラゴンに相応しい振る舞い――そう魔王が認めてくれたなら、それ以上の誉れはない。ほっとしたのか、彼は意識を飛ばしてしまった。
ブレスで攻撃された獣人や魔獣の子、妖精たち……彼らを守るのが魔王だ。間に合わなかった守護魔法陣を弄ぶルキフェルが、唇を尖らせた。失った命に誰もが諦めを滲ませる頃、視界を遮る土埃が収まる。
「ルシファー、ロキちゃん! 手伝って! ベルちゃんもお願い」
響いたリリスの声に、結界の中で守られる魔族の視線が集まる。ブレスで焼かれたはずの大地は、焦げていなかった。ドレスが土に触れるのも気にせず、リリスは地面に膝をついて魔獣の子に手を伸ばす。怯える魔熊の子を撫で、震える魔兎を抱き上げる。振り返る彼女の背に白い翼が生まれた。
ぶわっと視覚化されるほどの魔力が広がる。治癒を施す彼女の頭上に、美しい輪が浮かんだ。その姿は宗教観のない魔族から見ても、神々しく……ただ美しく、祈りを捧げるに相応しい威厳に満ちる。
「ルキフェル、ベール。治癒だ! 急げ。ベルゼビュートは被害の確認を。アスタロト」
「はい。お任せください」
金髪の吸血鬼王は一礼し、圧死寸前の2匹をどこかへ転送した。追うように自らも姿を消す。
彼に命じる必要はない。死ねと命じた魔王の言葉は、アスタロトの耳に届いていた。そして大公の総意も間違いなく汲み取る、聡い男だ。転送した2匹は死にたいと懇願するまで苦しめられ、魔王に逆らった愚か者として処分されるだろう。
統治に見せしめは必要だ。力が全ての魔族にとって、魔王の意向は最上級の命令だった。
両手に治癒と復元の魔法陣を生み出したルシファーも足早にリリスへ駆け寄る。途中で、火傷した獣人の毛皮に治癒と復元を同時に施した。倒れた民を放置して恋人に駆け寄ることは出来ない。結界で守ってやれなかった分、少しでも早く治すのが役目だった。
治癒だけでは毛皮は戻らない。時間をかけた治癒は皮膚が傷つく。毛皮は獣人にとって強さの象徴であり誇りでもあった。丁寧に状態を確認したルシファーの後ろで、側近たちの声がする。
「こっちは僕がやる」
「では重傷者は私が引き受けましょう」
転移で距離を縮めたルキフェルとベールが、役割を手早く分担する。軽傷者が多い奥の魔獣や妖精をルキフェルの魔法陣が包む。手前の重傷者は、神獣の能力を解放したベールの治癒が与えられた。
レライエも翡翠竜と一緒に小さなケガを治し始めた。鳳凰であるアラエルも、己の体液による治癒を行うため、脚が千切れたアラクネを助け起こす。ピヨがばたばた走り回り、ラミアの子を集めて翼で保護した。親が来た子から順番に引き渡す姿は、立派なお姉さんだ。
自分たちが守った魔族をベルゼビュートに預けて、ルーサルカが仮のテントを蔓で編む。綺麗な水を作って傷を洗い、水を飲ませて落ち着かせるルーシアをシトリーが手伝う。己が出来る範囲のことを精一杯頑張る少女達は、着飾ったドレスが汚れるのも気にせず働いた。
倒れたドラゴンの焼け爛れた背に、リリスが手を這わせる。強靭な鱗は高熱で溶け、下の皮膚はぐじゅぐじゅに崩れた。体液が滲み出てぬらぬら光る肌へ、美しい白い手を躊躇いなく当てる。
「……汚れ、ます」
苦しい息の下で必死に告げるドラゴンの大きな瞳へ、リリスは笑顔を向けた。
「何を言うの、私やルシファーが大切にする民を守った英雄じゃない。すぐに治すから、楽にしてて」
「そうだ。お前は表彰や爵位を得るに相応しい行為を成した。余の自慢の臣下だ」
やっとリリスの隣に並んだルシファーが重ねた言葉に、ドラゴンの目から涙がこぼれた。同族のやらかした騒動に、なんとか被害を少なくしなければと身を呈した。焼けた背が戻らなくとも、もう二度と飛べなくなっても構わない。こうして魔王と魔王妃が功績を褒めてくれたのだ。
誇り高いドラゴンに相応しい振る舞い――そう魔王が認めてくれたなら、それ以上の誉れはない。ほっとしたのか、彼は意識を飛ばしてしまった。
20
お気に入りに追加
4,927
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。
112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。
目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。
死にたくない。あんな最期になりたくない。
そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。
【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~
大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア
8さいの時、急に現れた義母に義姉。
あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。
侯爵家の娘なのに、使用人扱い。
お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。
義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする……
このままじゃ先の人生詰んでる。
私には
前世では25歳まで生きてた記憶がある!
義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから!
義母達にスカッとざまぁしたり
冒険の旅に出たり
主人公が妖精の愛し子だったり。
竜王の番だったり。
色々な無自覚チート能力発揮します。
竜王様との溺愛は後半第二章からになります。
※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。
※後半イチャイチャ多めです♡
※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる