661 / 1,397
48章 チョコは卵から作られる
656. 女性の身支度はいつの世も……
しおりを挟む
疲れた身体を休めるベッドの上、片腕をリリスの枕に提供したルシファーの目覚めは……強烈だった。どんっ! 部屋の外で響いた大きな音に目を開け、ひとつ欠伸をする。見ればリリスも目元を擦りながら上半身を起こすところだった。
「陛下、失礼いたします」
「失礼過ぎるだろ。まだダメだ」
緊急事態を告げに飛び込んだベールが開けたドアを、魔力で閉める。ネグリジェ姿のリリスを、別の男に見せる気はなかった。例え大公であっても……これは極秘情報だった。
すごく可愛いのだ。愛らしい大きな目がとろんとした感じで、ストレートの黒髪は毛先がくるんと丸まっている。その癖っ毛も身だしなみを整えると、ルシファーや侍女のアデーレ以外は知らない秘密になった。腕枕の跡がついた頬はほんのり赤く、白い肌を彩る。
こんな状態のリリスを見たら、誰もが欲しがるに決まってる。絶対に誰にも見せない。固い決意でドアを複数の魔法陣で覆った。
「ルシファー様、いい加減にっ! しなさいっ!!」
ドアを魔法陣ごと吹き飛ばしたアスタロトが、肩で息をしながら部屋に飛び込んだ。緊急事態だから呼びに行かせたのに、ベールを拒むとはいい度胸ですね。黒い笑みで、乱れた金髪を手櫛でかき上げる。大きく深呼吸して、ベッドの上で抱き合う魔王と魔王妃に一礼した。
今更だが礼儀は礼儀だ。顔を上げれば、リリスをシーツで覆い隠したルシファーが、むすっと唇を尖らせて不満を表明していた。
「それで? 何の用だ」
「緊急事態です。城門前でドラゴンとシェンロンが激突、余波を受けてケガをした獣人が暴徒化し、ドラゴンの鱗を剥いだと騒ぎになっております」
どの種類の獣人を怒らせたのか知らないが、鱗を剥がれたドラゴンはしばらく激痛にのたうっていることだろう。彼らは硬い鱗に守られてケガをしないから、打たれ弱いのだ。ドラゴンの鱗の蘇生に治癒魔法は使えただろうか。
寝起きで多少ぼんやりした頭で、話の一部だけを切り取って考える。
「ルシファー様、きちんと起きてください。現状、ドラゴンとシェンロンがケンカしており、大公の説得も聞きません。このままだとカカオ豆祭りが中止にせざるをえなく……」
「中止はならん!」
リリスが泣くだろうが! というか、昨日までの努力が台無しになるだろ!? 本音駄々洩れのルシファーが身を起こし、リリスを包んだシーツをそのままに床に下りる。指をぱちんと鳴らして着替え、シーツの中でもぞもぞ動く愛しい少女に声をかけた。
「リリス、朝からごめん。オレは仕事で行かなきゃならないから、着替えはアデーレに手伝ってもらってね。服は金の刺繍がされた梔子色のドレスを用意してあるから。あと髪飾りは金細工にサファイアのを、鏡台の引き出しの2番目に入れてある。あと、ジュエリーはその上の引き出し。化粧は薄めで十分だから……口紅は……っ」
ごつん! 派手な音がして、ルシファーの後頭部を殴ったアスタロトは、無理やり腕を掴んで部屋から引きずり出す。
「いい加減になさってください! 急ぎだと言ったでしょう。リリス姫は身支度が済んでから、イポスを伴ってお越しください」
出口できちんとリリスへ声をかけ、後頭部の痛みに涙目のルシファーを引きずって退出した。入れ替わりに入室したアデーレが苦笑いする。
「まったく、あの人は手加減を知らないんだから」
シーツの中から顔を出し、リリスは「ぷはっ」と大きく息をついた。ルシファーが嫌がるから、大人しくシーツの中にいたけれど息苦しい。くしゃくしゃになった黒髪を手櫛で直しながら、リリスは肩を竦めた。
「ルシファーが悪いのよ。まったく……引き出しの一番下に全部入れたと言えばいいのに」
「……リリス様? 一番上と2段目ですわ」
「あら、そうだったかしら」
どうやらお姫様はまだ半分寝ぼけている様子。微笑んだアデーレは手早くリリスをベッドから立たせ、洗面室へ誘導した。綺麗なお姫様が出来上がり、リリスが護衛のイポスを連れて城門近くへ姿を現すのは、この30分後のことである。
女性の身支度はいつの時代も、どの種族であっても長いのが通例だった。
「陛下、失礼いたします」
「失礼過ぎるだろ。まだダメだ」
緊急事態を告げに飛び込んだベールが開けたドアを、魔力で閉める。ネグリジェ姿のリリスを、別の男に見せる気はなかった。例え大公であっても……これは極秘情報だった。
すごく可愛いのだ。愛らしい大きな目がとろんとした感じで、ストレートの黒髪は毛先がくるんと丸まっている。その癖っ毛も身だしなみを整えると、ルシファーや侍女のアデーレ以外は知らない秘密になった。腕枕の跡がついた頬はほんのり赤く、白い肌を彩る。
こんな状態のリリスを見たら、誰もが欲しがるに決まってる。絶対に誰にも見せない。固い決意でドアを複数の魔法陣で覆った。
「ルシファー様、いい加減にっ! しなさいっ!!」
ドアを魔法陣ごと吹き飛ばしたアスタロトが、肩で息をしながら部屋に飛び込んだ。緊急事態だから呼びに行かせたのに、ベールを拒むとはいい度胸ですね。黒い笑みで、乱れた金髪を手櫛でかき上げる。大きく深呼吸して、ベッドの上で抱き合う魔王と魔王妃に一礼した。
今更だが礼儀は礼儀だ。顔を上げれば、リリスをシーツで覆い隠したルシファーが、むすっと唇を尖らせて不満を表明していた。
「それで? 何の用だ」
「緊急事態です。城門前でドラゴンとシェンロンが激突、余波を受けてケガをした獣人が暴徒化し、ドラゴンの鱗を剥いだと騒ぎになっております」
どの種類の獣人を怒らせたのか知らないが、鱗を剥がれたドラゴンはしばらく激痛にのたうっていることだろう。彼らは硬い鱗に守られてケガをしないから、打たれ弱いのだ。ドラゴンの鱗の蘇生に治癒魔法は使えただろうか。
寝起きで多少ぼんやりした頭で、話の一部だけを切り取って考える。
「ルシファー様、きちんと起きてください。現状、ドラゴンとシェンロンがケンカしており、大公の説得も聞きません。このままだとカカオ豆祭りが中止にせざるをえなく……」
「中止はならん!」
リリスが泣くだろうが! というか、昨日までの努力が台無しになるだろ!? 本音駄々洩れのルシファーが身を起こし、リリスを包んだシーツをそのままに床に下りる。指をぱちんと鳴らして着替え、シーツの中でもぞもぞ動く愛しい少女に声をかけた。
「リリス、朝からごめん。オレは仕事で行かなきゃならないから、着替えはアデーレに手伝ってもらってね。服は金の刺繍がされた梔子色のドレスを用意してあるから。あと髪飾りは金細工にサファイアのを、鏡台の引き出しの2番目に入れてある。あと、ジュエリーはその上の引き出し。化粧は薄めで十分だから……口紅は……っ」
ごつん! 派手な音がして、ルシファーの後頭部を殴ったアスタロトは、無理やり腕を掴んで部屋から引きずり出す。
「いい加減になさってください! 急ぎだと言ったでしょう。リリス姫は身支度が済んでから、イポスを伴ってお越しください」
出口できちんとリリスへ声をかけ、後頭部の痛みに涙目のルシファーを引きずって退出した。入れ替わりに入室したアデーレが苦笑いする。
「まったく、あの人は手加減を知らないんだから」
シーツの中から顔を出し、リリスは「ぷはっ」と大きく息をついた。ルシファーが嫌がるから、大人しくシーツの中にいたけれど息苦しい。くしゃくしゃになった黒髪を手櫛で直しながら、リリスは肩を竦めた。
「ルシファーが悪いのよ。まったく……引き出しの一番下に全部入れたと言えばいいのに」
「……リリス様? 一番上と2段目ですわ」
「あら、そうだったかしら」
どうやらお姫様はまだ半分寝ぼけている様子。微笑んだアデーレは手早くリリスをベッドから立たせ、洗面室へ誘導した。綺麗なお姫様が出来上がり、リリスが護衛のイポスを連れて城門近くへ姿を現すのは、この30分後のことである。
女性の身支度はいつの時代も、どの種族であっても長いのが通例だった。
20
お気に入りに追加
4,953
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」
「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」
公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。
理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。
王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!
頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2021/08/16 「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
※2021/01/30 完結
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです!
12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。
両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪
ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/07/06……完結
2024/06/29……本編完結
2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位
2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位
2024/04/01……連載開始
【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!
――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。
「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」
すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。
最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2022/02/14 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2022/02/13 小説家になろう ハイファンタジー日間59位
※2022/02/12 完結
※2021/10/18 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2021/10/19 アルファポリス、HOT 4位
※2021/10/21 小説家になろう ハイファンタジー日間 17位
【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」
婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。
婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過
2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過
2022/02/15 小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位
2022/02/12 完結
2021/11/30 小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位
2021/11/29 アルファポリス HOT2位
2021/12/03 カクヨム 恋愛(週間)6位
【完結】魔王様、今度も過保護すぎです!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
「お生まれになりました! お嬢様です!!」
長い紆余曲折を経て結ばれた魔王ルシファーは、魔王妃リリスが産んだ愛娘に夢中になっていく。子育ては二度目、余裕だと思ったのに予想外の事件ばかり起きて!?
シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。
魔王夫妻のなれそめは【魔王様、溺愛しすぎです!】を頑張って読破してください(o´-ω-)o)ペコッ
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
※2023/06/04 完結
※2022/05/13 第10回ネット小説大賞、一次選考通過
※2021/12/25 小説家になろう ハイファンタジー日間 56位
※2021/12/24 エブリスタ トレンド1位
※2021/12/24 アルファポリス HOT 71位
※2021/12/24 連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる