上 下
648 / 1,397
47章 お祭り前の大掃除

643. 遊びは手間を掛けて準備

しおりを挟む
 派手に散らかしても片付けが楽で、他の貴族から苦情が出ない場所……魔王城の裏に当たるアスタロトの領地内にある通称『沈黙の森』と呼ばれる空き地、または神獣が多く住まう隠れ里の洞窟の地下にあるベールの居城、今回はベールの城へ集まることで一致した。

 洞窟内の地下空間といっても、その広さは驚くべき規模だ。巨大な独立峰の中がそっくり空洞になっており、中に城が浮いていた。魔力を使って浮遊しているが、動力源は城の主ベールではなく城の下で眠り続ける巨大な霊亀れいきだ。地脈から吸い上げた魔力を上空へ放ち、空洞の中の城を安定して支え続けていた。

 なぜここで眠るのか。当事者が起きないので不明だが、別に城が落ちても問題ないベールは放置してきた。独立峰である大きな山の外殻が空洞内に落ちない理由も、霊亀が放つ魔力だと思われる。

「久しぶりですが……まだ起きないのですか」

「2万年前に一度目を開きましたが、寝返りのように体を揺すっただけでした」

 古くから霊亀を知るアスタロトとベールのやり取りの隣で、ルキフェルは興味津々に城の下を眺める。羽を広げて霊亀の甲羅に下りて、不思議そうに撫でまわした。

「ルキフェル、始めますよ」

「わかった」

 ふわりと舞い上がるルキフェルの背を、細く開いた霊亀の黒い瞳が見上げ……すぐに弛んだ瞼を下した。がらんとした城の大広間には複数の檻が並び、中に獲物が犇めき合っている。

「だせっ!」

「貴様ら、ただで済むと思うなよ」

「裁判はどうした」

 喚き散らす獲物は時間が経ったことで、折られた心が修復されたらしい。こういった逞しさは必要だ。そうでなくては……楽しめないでしょう?

 笑顔でアスタロトが「うるさいですよ」と切り捨てる。本心で思ってなさそうな笑顔は、仮面のように色や表情を変えることはない。隣で、ベルゼビュートは無言だった。真剣に剣の手入れを行っている。丁寧に、見せつける様に刃を研ぐ姿は鬼気迫っていた。

「鬼婆……いえ、失礼」

 ぎぎぎ、そんな音が聞こえそうなベルゼビュートの動きに、さすがのアスタロトも口を噤んだ。昔読んだ本にあった、夜中に包丁を研ぐ老婆の話を思い出したのだが……禁句だった。これは危険な単語なので、今後とも封印しておこう。そんなやり取りを横目に、ルキフェルとベールも頷きあった。

 危険の認識は互いに共有しておけば、今後の被害が減らせる。

「裁判など不要ですよ。そもそも裁判は罪の有無を判断する場所であり、あなた方のように有罪確定の者が上がれる舞台ではありません。もし裁判を行っても、我々大公4人が判決を下すので、どちらにしろ有罪ですから」

 大公が全員一致で評決を下せば、それは魔王の決断と同等なのだ。裁判は無用と言い切られ、罪人達は震えながら檻の中で後退る。魔力に敏感なドラゴンは怯えて尻尾を抱え、立場を弁えない元侯爵令嬢や放逐された女達が騒いだ。

「うるさいわね。最初にその口から塞いであげますわ」

 包丁ならぬ剣の手入れを終えたベルゼビュートが、刃の状態を確認しながら振り抜いた。ひゅっと走った風が剣の軌道を辿るように、騒ぐ女の頬を滑る。血が伝う感触に腰を抜かした彼女を庇う男はいない。誰もが少しでも遠くへ逃げようと身を縮めて丸まった。

 妻と呼んでも、そこに愛情はない。薄っぺらい絆に「お似合いよ」と吐き捨てたベルゼビュートが、別の檻の中で気絶したままの人族を覗き込む。

「ねえ、これ……生きてるの?」

 せっかくの獲物が死んでいるのは嫌よ。そうぼやく彼女に、ルキフェルが魔法陣をひとつ呼び出す。人族の魔術師が転がる檻の下に設置した。肩を竦めて着火役を譲る青年に、ピンクの巻毛を弄りながらベルゼビュートが魔力を流す。

 ゆらりと蒼炎が立ち上り、気絶していられなくなった男達が飛び起きた。悲鳴を上げて熱や炎から逃げようと檻をよじ登る。そこで炎を魔法陣ごと消して、ルキフェルは「生きてたね」と笑った。ベールの獲物を疑われたのが少し、残りは人族が嫌いという単純な理由による嫌がらせだった。

「準備ができました」

 ベルゼビュートとルキフェルが遊んでいる間に、大広間の床一杯に光る魔法陣が広がった。読み解くまでもなく、この場で遊ぶために最低限必要な魔法陣だ。逃げることも死ぬこともできない。最悪の鳥籠である広間に、狩りの獲物が放たれた。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです! 12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。  両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪  ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/07/06……完結 2024/06/29……本編完結 2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位 2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位 2024/04/01……連載開始

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

処理中です...