上 下
647 / 1,397
47章 お祭り前の大掃除

642. 後悔できる立場だから出来ること

しおりを挟む
 こってり3時間も説教されたルシファーは、渋々書類整理を始めた。嫌がらせかと勘繰るほど、大量に積まれた書類を1枚ずつ確認する。人族の生息数を減らしたことで、ここ最近は襲撃の話を聞かない。傷つけられる魔族が減ったため、事後処理が少なくなり、討伐依頼や救済措置の嘆願も見かけなくなった。

「うーん、こんなに効果があるなら……もっと早くに討伐するべきだった」

 唸りながら、魔族から魔物へランクを下げられた人族の報告書を眺める。ファイル1冊に纏められた内容を見る限り、過去の統計と比較しても人族の襲撃が少なかった。それだけの余力がないのだろう。

 一番多かった時期の1/3まで個体数を減らし、生息域も限定した。人族を海沿いに追いやったことで、アルラウネのように外縁に棲む弱い種族が襲われる確率も下がる。今までの政策が失敗だったと目の前に数字を突きつけられ、機嫌のいいアスタロトの顔と交互に数字を眺める。自然と溜め息が漏れた。

 無駄に魔族を苦しめたのが『人族への同情』だったとしたら、己の判断の未熟さが染みた。過去に襲撃され殺された魔族に、謝る言葉すら思い浮かばない。頭を抱えてしまったルシファーへ、アスタロトは厳しい言葉と承知で口を開いた。

「後悔するなら、今後の判断の糧にして民を守ってください。それと……後悔できるあなたはのです。良かったですね、で」

「そうだな。オレは後悔してられるんだから、生きてる今に感謝して、これから不条理に魔族を害されないように努力しなくちゃな」

 苦言を受け止めたルシファーの決意に、隣で押印を手伝っていたリリスが大きな赤い瞳を瞬いた。

「ルシファーが嫌なら、私が滅ぼしてもいいわ」

 何を? そう対象を尋ねる意味はなく、また彼女の手を汚す必要もない。首を横に振ったルシファーが、彼女をそっと抱き寄せた。黒髪をルシファーの肩に寄せたリリスに、書類を整理するアスタロトが声をかける。

「魔王妃殿下が手を下すなど、恐れ多いことです。それに……あれは我々の獲物ですよ」

 大公である4人は基本的に人族排除派だ。原始の種族であると考えたから我慢していた。ルシファーが庇うから手を引いただけ。許しがあれば、いつでも確実に殲滅せんめつすることに躊躇はない。

「配下の仕事を取ってはいけない、リリス」

「わかった。アシュタ達に譲るわ」

 にっこり笑うリリスは、持ち歩いている白い毛皮のポシェットから瓶を取り出す。幼い頃から大切にしている小瓶を振り、中から飴を摘まんで口に入れた。アスタロトに差し出して取ってもらい、ルシファーの口へは自らの手で押し込んだ。

 子供の頃に両手で揺すった瓶は、成長した今では片手で扱える小さな物だ。

「まだその瓶をお使いでしたか」

 最近は見かけないので忘れていたアスタロトに、リリスはきょとんとした顔で瓶を眺めてから頷いた。

「だってにもらったんだもの。ルシファーのプレゼントはどれも大切な宝物よ」

「……いま、パパって呼んだ?」

 懐かしさに目を輝かせるルシファーの前に、どさっと追加書類が積まれた。崩れそうな書類を慌てて両手で押さえる。

「我々はこの後、集会がありますが……明日の午後に戻ります。それまでに、この書類を片づけてくださいね」

「わかったわ」

「……はい」

 先にリリスが承知してしまったため、断れなくなったルシファーが「いやだ」と呟きながらも返事をする。書類処理の期限をしっかり念押しして、アスタロトは執務室を出た。明日まで彼らをこの部屋に釘付けにするための手筈は整った。

「さて……我々も、息抜きが必要ですからね」

 物騒な呟きを残し、アスタロトは足早に中庭へ向かった。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです! 12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。  両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪  ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/07/06……完結 2024/06/29……本編完結 2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位 2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位 2024/04/01……連載開始

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

処理中です...