上 下
635 / 1,397
47章 お祭り前の大掃除

630. 捨てる奴がいれば、拾うバカも

しおりを挟む
 背に半透明の羽を広げたベルゼビュートは、軽やかに森の中に降り立った。魔の森の外れ、奥をさらに越えた場所にある小さな集落を前に足を止める。ドライアドや精霊を通じて監視してきた獲物だけど、もうそろそろ収穫してもいいわよね。

 罪人として魔の森から放逐された彼らは、ずっと潜んでいた。自分達を追放した魔王や側近に一矢報いる時を夢見て、魔の森の縁に住み着く。生きていることも、魔獣に襲われて死ぬことも罰――だから別に生きていたのは不思議ではなかった。

 魔王ルシファーを羨み、妬み、暗い感情で彼の人を害そうとした。しかも直接魔王に攻撃したのではなく、周囲の者を狙ったのだ。だから彼らの行為は「挑戦」とはみなされなかった。

 現体制に不満があるなら、正面から1対1で戦いを挑めばよかったのだ。そうすれば負けたとしても命を奪われず、一族の名誉を守った英雄として迎えられただろう。今のように逃げ隠れする罪人となり生きる必要はなかった。

 だが標的である魔王や大公に戦いを挑まず、城の関係者や身近な存在を狙ったことで、彼らの名誉は地に落ち、一族から追放の憂き目にあった。その自業自得さえ勘違いの材料として、逆恨みを募らせる男達。

 監視の要であるベルゼビュートの元に奇妙な報告が入ったのは、数年前だった。彼らに妻が出来たという。罪人に嫁ぐために女性達が集まったのか。おかしな報告が2度目になった時、ベルゼビュートは心当たりを思い出した。

 ルシファーに言い寄った……彼女らだ。各種族から集められた独身女性が魔王妃の座を巡り、リリスを傷つけて放逐された。素直に引いた者は見逃されたが、最後まで足掻いた愚か者を魔の森の奥に捨てたのだ。その後、形だけの回収命令が出たが魔王軍は動いていない。

「捨てる奴がいれば、拾うバカもいる……だったかしら?」

 意味はあっているが、かなり文面が違う諺を呟きながら、ベルゼビュートはすたすたと足を進めた。途中で魔の森を抜け、魔力のない森へ入る。そのまま少し歩けば、集落の手前に結界が張られていた。かなり強力だが、彼女にしてみたら「それなり」だ。

 脅威にならない結界を手でなぞって割った。少し魔力を込めただけなのに……眉をひそめる。この程度の結界で、魔獣を防げるのかしら。そのまま歩き出せば、風の精霊がピンクの巻き毛を揺らす。飛んできた攻撃の矢を弾いた風の精霊は、得意げに胸を反らした。愛らしい精霊の仕草に笑い、指先で撫でる。

「ふふん」

「ちょっ! 私だって出来るわ!!」

 水の精霊が森の湿気を集めて氷を作る。透明なガラスに似た氷は薄いのに、複数の矢を弾いた。

「あら、皆すごいわ」

 魔族と言うより、まさに精霊そのもの。火や水が意思を持った状態に近い精霊達が集まり、こぞってベルゼビュートを守り始める。

「くそっ! あの化け物に火矢を射れ」

 失礼な発言の直後、彼らがつけた火が弾けて消える。後ろの建物に飛んだ炎が、ゆらゆらと陽炎を纏って集落に広がった。火を消しに走る者と別れた者が、剣を抜いて向かってくる。

「やあね。あたくしと剣で戦うなんて……その蛮勇は認めてあげる」

 自他ともに認める魔王の剣たるベルゼビュートの剣技は、数万年の間に研鑽し洗練されたもの。この場にいる連中が1000年修業したとしても、一朝一夕と笑い飛ばすほどの実力差があった。

 すらりと抜いた剣は、聖剣ではない。己の魔力を凝らせた銀の剣だった。これは彼らが剣を抜いたことへの、最低限の礼儀だ。葬るわけにはいかないけれど……くすっと笑って、ピンクの巻き毛を指先でくるりと回した。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです! 12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。  両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪  ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/07/06……完結 2024/06/29……本編完結 2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位 2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位 2024/04/01……連載開始

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

処理中です...