上 下
632 / 1,397
47章 お祭り前の大掃除

627. 獲物は多いほどいい

しおりを挟む
 めでたし、めでたし――幼少時にリリスへ読み聞かせた絵本なら、主人公とヒロインが仲直りのキスをして終わりだ。しかし現実はそう簡単ではなかった。

 呼ばれたらすぐ駆け付けられる距離、という条件を満たす向かい側の客間内は騒がしい。人口密度が高い部屋は、魔獣、召喚者、大公や幻獣に至るまで雑多な種族が入り混じる混乱状態だった。

 ヤンは悪戯好きなピヨを咥えて躾の真っ最中、軽く牙を立てて脅す。しょんぼりしたピヨが素直に謝った。隣でレライエに叱られる傷だらけの翡翠竜は、なぜか嬉しそうに頬を赤く染める。投げ飛ばされて戻ってきたようだが、これではただの変態だった。

 イザヤと両思いになったアンナは「素敵ね」と今回の騒動を、美しい恋愛小説のようにうっとり語る。アベルは肩を竦めてソファに身を沈め「いつもイケメンばっか得をする」と愚痴った。

 レライエを除く少女3人は顔を突き合わせて、壊れたリリスの私室のデザイン画を描き散らしている。素人作なので、きっとドワーフから盛大にダメ出しが入るだろう。しかし多少の意見は取り入れてもらえるかもしれない。

 ベルゼビュートは気疲れしたのか転寝中、ベールへ新しい魔法陣の熱意を語るルキフェルは興奮気味だ。今回の事態をうけて、書物への記録だけで足りないと考えた。今後は記憶を複写して保管する必要性があると熱く語る。その際の実験台に数人の実験体を募る必要があると、ルキフェルは締め括った。

 ちなみに後日募集を行ったところ、ホムンクルスを含めた数人が立候補したらしい。

「アスタロト――僕の魔法陣には見つかった?」

 思い出して尋ねるルキフェルへ、アスタロトは黒い笑みで頷いた。

「ええ、見つけましたよ。まだ捕らえておりませんが……」

 捕らえに行く前に、あれこれと騒がしくなったので戻ってきた彼は、肩に触れる金髪の先を指で弄りながら口元を緩めた。

 あ……これ、犯人がバラバラになるやつだ。察した大公達が身を乗り出す。転寝していたベルゼビュートも地獄耳で察知して飛び起きた。

「あたくしにも壊させて!」

「ちょっと! ベルゼビュートは下がってなよ。今回の一番手は僕だよ」

 魔法陣を弄られて被害を受けたんだから、僕の獲物だとルキフェルがけん制する。しかしベルゼビュートも被害を被っているので引く気はない。

「なによ! 記憶がない陛下の相手をしてた褒美をくれてもいいじゃない」

「落ち着きなさい、手足を千切るのは犯人を特定した私ですよ」

 苦労して敵を見つけたのは自分なのだから、一番目に悲鳴を上げさせる役は譲れない。アスタロトの言い分に、ベールが溜め息をついた。誰もが自由気まま過ぎるが、本来の魔族のスタンスはこんなものだ。まとまりがなく自分勝手で、己の欲望に忠実な種族ばかりだった。

 ルシファーが頂点に立ったことで、ひとつの象徴に皆が従い我慢することを覚えたのだが……その要である魔王が不在となれば、あっという間にケンカが始まる。大公ですら獲物の取り合いを始めるのだから、もしルシファーの記憶や資質が大きく損なわれる事態になれば、魔族の結束は一瞬で崩壊するだろう。

「ルキフェルは落ち着いて、ベルゼビュートも座りなさい。アスタロトは2人を煽らない」

 淡々と3人に言い聞かせ、ソファに寄り掛かるベールが提案した。

「犯人が構わないのではありませんか?」

 召喚者や少女達は別のことに気を取られていて気付かない。その間に、大公4人は自分達に都合のいい相談を進めた。彼らが求めるのは――ターゲットに出来る獲物だ。そして獲物は多ければ多いほどいい。

「なるほど、確かに一理あります」

「僕は心当たりがあるよ」

「あら、あたくしも」

 それぞれに見つけていた『魔王や現体制に不満を持つ魔族』を口にする。テーブルの上で地図を並べて、堂々と作戦会議を行った大公4人は役割分担を確認して頷きあった。

「では作戦通りに」

「抜け駆け禁止よ」

 アスタロトの締めくくりに、先日出し抜かれて14人の獲物を奪われた不満を口にするベルゼビュート。吸血鬼王は「今回は集めた獲物を平等に、きちんと分けますよ」と確約した。裏を返せば「先日は承知の上で多く取りました」と白状されたも同じなのだが、数字に強くても駆け引きに弱い精霊女王は満足そうに頷いた。

 この単純でバカなところが、愛される所以なのだが……本人は知らず。ピンクの巻き毛を指先で弄りながら部屋を出て行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

処理中です...