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46章 消えた記憶を取り戻せ

615. 父娘の覚悟と誓い

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 傷を負った背中を治癒魔法で癒しながら、イポスは違和感に気づいた。この程度の傷ならば、すぐに消えるはずなのだ。あの爆発の刹那、ルシファーがリリスを庇った。結界があるにも関わらず身を挺した魔王は、記憶という代償を支払って姫を守った。

 魔王の結界を通過できる魔力の持ち主は、おそらくリリス姫だけだろう。しかし姫は動いていない。ならば残された可能性は、魔王城の地下にある魔方陣だった。ルキフェル大公を筆頭として、大公全員がかかわった魔法陣が新設されたあと、事故は一度もない。今回のこの爆発は魔法陣に起因した事故の可能性はないか? 思いついた考えを即座に否定する。

「いや、何らかの策略か」

 不思議と彼らを疑う気持ちはなかった。4人の大公は魔王ルシファー様を害するくらいなら、自害を選ぶ人達だ。揺るぎない忠誠と敬愛の念を近くで見たからこそ、疑う余地がない。彼らの能力の高さを間近でみてきたから、事故はないと考える。複雑な魔法陣のすべてを理解できないが、設置を終えた時のルキフェル大公の満足そうな顔は「やり遂げた」充実感に溢れていた。

 バタン、乱暴にドアが開く。角のある大柄な男性が飛び込んできた。

「……イポス、何てことだ」

 ドアを開いて飛び込んできた父サタナキア公爵が、一人娘の背についた傷を嘆く。ふっとイポスの表情が和らいだ。

「父上、褒めてください。私はサタナキア公爵令嬢として、護衛の任を果たしました」

 強気な娘の言葉に、魔王軍の将軍職を務める父は苦笑いした。大きな角が生えた頭をぐしゃぐしゃとかき乱し、傷ついた娘を抱き締める。魔王軍の精鋭部隊を率いる父のマントが、ひらりとイポスを包んだ。

「護衛ならば身を挺して守るは当然だが、背に傷を負うなど未熟さの証だ」

 予想外の切り返しに、くすくす笑い出した娘は久しぶりの父の抱擁に抱き締め返した。子供の頃は屈強な父の背に手が回らないことを泣いて悔しがったが、こうして大きくなってもやはり届かない。抱えきれない大きさの背に目いっぱい指を伸ばしながら、イポスは優しい父の匂いを胸に吸い込んだ。

「まだ父上の鍛錬が必要ですね」

「傷が治ったら、しっかり鍛え直してやる」

 生き残れるように。どんな場面でも主人を護れなかったと泣かないために。厳しさに愛情を込める父の言葉に頷きながら、イポスはようやく手を離した。

「背の傷ですが……父上、おかしいのです」

 侍女のアデーレが気遣い、一人部屋を用意してくれたため遠慮なく服を脱ぐ。胸元に隠し持つ短剣で、すっと衣服を切り裂いた。他人が居れば遠慮するが、目の前には片親ながら必死に育ててくれた父親のみ。まだ痛む肩を上まであげて脱ぐことができない不自由な腕を、ぎこちなく動かした。

 このこと自体がおかしい。獣人系種族であるサタナキア家の血筋は、回復力に優れている。だからこそ将軍職を3代も続けて拝命し、恙なく職責をこなしてきた。他種族の攻撃を無効にするほどの回復力は、ドラゴンをして「卑怯」と言わしめたレベルだった。

 そのため、娘のイポスが護衛となり身を盾にすると告げた時も、父はさほど心配しなかったのだ。傷を負ってもすぐに回復できるはずが、魔王城の外にいた父が駆けつけるまで、治癒しない。魔力の流れに不自然さはなく、何かが治癒を阻害している様子もなかった。

「これはご報告申し上げた方がよさそうだ」

 足早に部屋を出た父を見送り、イポスは座っていたベッドのシーツを素肌に巻きつけた。すると、慌ただしい足音が部屋のドアの前で止まり、そっと父が顔を覗かせる。赤い顔のまま大股で近づき、無言で服を差し出した。受け取ったのは、瞳と同じ緑のワンピースだ。

 再び無言で出ていく不器用な父に、イポスは「ありがとう」と声を掛けた。ワンピースに着替え、まだ痛む背を庇いながら立ち上がる。

 誰が仕組んだ謀略だろうと関係ない――私は、私の誓いを守るだけ。左手に剣の鞘を握り、イポスは用意された安全な部屋を出た。
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