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44章 呪われし勇者

597. すべてを知らないから魅力的

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 リリスの声が静かに響き、ルキフェルが首をかしげた。

「ヴラドは魔の森が作ったのなら、勇者も同じってこと?」

「いいえ、勇者は人族が持ち込んだ概念のはずよ」

 そこで溜め息をついたリリスが語った内容に、黒髪を撫でていたルシファーが眉をひそめる。

 魔の森はヴラドを作る気はなかった。我が子である魔族を作り出す過程で、生き残ることに貪欲過ぎる意識を切り離す。強い力をもったヴラドが形を得た状態で、暴走したのだ。愛された子らを、不要とされ愛されなかった子が襲う。ヴラドは死にたくなかっただけで、生きる目的はなかった。

「最初に生まれた魔族ほど力が強いのは、そのせいなの」

 幻獣霊王、精霊女王、吸血鬼王――魔王を含めた彼らを作り出した時、魔の森は魔力に満ち溢れていた。生まれたばかりの幼い世界は、大量の魔力を一度外へ放出する必要があり、その結果が魔王であり大公達なのだ。生まれた彼らの魔力量は高く、一個体が支えられる量を越えた。

「ルシファーも皆も……魔の森で数少ない成功例だわ」

 大きすぎる魔力によって自己崩壊する魔族が、再び森へ魔力を供給する。失敗を教訓に、森は分割して魔力を弱めた魔族を作り出した。同種族同士で助け合えるように、複数個体を一度に生み出して繁殖させる。しかし崩壊しなかった個体がいくつか残った。

 大きすぎる魔力を内包し、自らを完成体として完結したのが魔王であり大公達なのだ。

「それで寿命がないのですね」

 他の同族を幾人も見送り、数万年を生きてきた。狂いそうな記憶と重圧の中、それでも自我を保てたのは……同じ境遇の魔王や同僚がいたからだ。ベールは複雑な感情を噛みしめながら呟いた。

 番を得ても彼女はきっと自分より早く死んでしまう。それを知っていたから、失った時に狂わずに済んだ。本能に近い部分で、誰もが自分達を置いて逝くと理解していたのだ。

「つまり、ずっとルシファー様のお守りですか」

 くすくす笑って話を明るい方向へ引っ張るアスタロトに、ルシファーが「何が不満だ」と口を尖らせる。こうして彼らが揃った奇跡を誰より実感するのは、リリスだった。

 穏やかな笑みを浮かべてルシファーの腕に寄り掛かる。

「みんな、魔の森を恨んだりしないのね」

 死ねない身を作り出し、苦しめてしまった。その意識があるから、魔の森は魔王の意向に沿ってきた。彼が人族を殺したくないと望めば、痛みを生み出す異物を承知で飲み込む。魔族である我が子を傷つけられても、人族を直接排除しなかった。

「恨む? 己の母と同じでしょう」

「生んだことを誇ってもらいたいものですね」

 ベールとアスタロトが笑えば、ルキフェルが疑問を口にした。

「僕はなぜ、今頃になって作られたの?」

 魔の森の初期は強い魔族を作る必要があった。あふれ出しはち切れそうな魔力を受け止める器として、魔王や大公クラスの魔族が求められる。しかし世界が落ち着いた後世になって、ルキフェルは生み出された。安定した世の中に、これほど強いドラゴンを作る理由がわからない。

 実際、他のドラゴンにそこまでの強さも魔力もなかった。

「あら、ロキちゃんには悪いけど、私も万能じゃないのよ」

 くすくす笑うリリスに、ルシファーがお菓子をひとつ運ぶ。ぱくりと手から食べて、リリスは口を塞いだ。

 これこそ答えだ。まだ魔の森は秘密にしておきたいことがあるらしい。数万年単位で謎だった事実がいくつか解明されたのだから、急いで欲張る必要はなかった。

 すべてを知ってしまえば、魔の森の神秘も魅力も半減する。まだ先は長いのだから、ゆっくり知っていけばいい。そんなリリスの姿勢に、大公達は肩を竦めて追及をやめた。
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