上 下
595 / 1,397
44章 呪われし勇者

590. 転移先が戦場なのはおかしい

しおりを挟む
 城門の上に転移が出来ないと不便だから、魔王城修復の際に魔法陣を書き換えていた。おかげで中庭から城門まで歩かずに済むが……転移した城門の上は戦場だった。

「っ!」

 振り下ろされた剣を右手で掴み、結界で弾き飛ばす。次の瞬間、後ろに転移したアスタロトが虹色の剣で間に入った。弾かれた男が再び打ち下ろす剣は、アスタロトの魔力が凝った刃に叩き折られる。珍しく切るより叩き壊すことに使われた剣は、不満を訴えるように唸りを上げた。

「下手くそっ」

 失礼な発言と同時に、ベルゼビュートが飛んできた矢を切り捨てる。美しい銀の刃を横に構え、胸元を強調したドレスで微笑んだ。大きく入ったスリットから足を見せた美女は、ゆったりと首をかしげる。

「何か変ね」

「この状況はどういうことですか」

 疑問ですらない苛立ちを含んだベールの声で、鋭い風の一閃が走った。切り裂かれた数人が城門から落ちる。

「魔族は全員退避~」

 のんびりした声を上げるルキフェルが、水色の髪をかき上げながら魔法陣を展開する。城門全体を覆う大きさまで魔力を注ぐ時間稼ぎをしたベールが、ルキフェルを守る形で立ちはだかった。突き出される槍の穂先を短剣で弾く。狭い場所で振り回すには、短い方が扱いやすいのだ。

 それぞれに戦う城門は、すでに人族に占拠される寸前だった。この状態になる前に報告が来なかったこと、何よりこの場を守る魔獣や衛兵が少ないことに眉をひそめる。

 戦っていた魔犬族コボルトや獣人系の衛兵を特定し、魔法陣で中庭へ飛ばす。魔獣も衛兵達も魔力の質や量で、人族と容易に区別ができた。飛ばした中庭へ追いかけたルキフェルが、ケガの状況を確認して魔法陣を適用していく。治癒が施される中庭は、エルフや侍女が集まっていた。

「アデーレ、その恰好……」

 侍女長でありアスタロト大公夫人の肩書を持つ吸血種族のアデーレは、両手に細身のレイピアを持っていた。突き刺すために使う細い剣は、彼女の得意武器だ。

「ここは私が守ります。ルキフェル大公閣下は彼女らをお願いします」

 ルーサルカを筆頭として、側近である少女達が武器を片手に意気込んでいる。魔王城の有史上、城門を勇者が突破したのは初代勇者のみ。今回は城門の上に人族が入り込んだため、魔族の士気が上がっていた。いつものお祭り騒ぎではなく、戦いの意識が強い。

 勇者は魔王とのみ戦う。逆に表現するなら、勇者のパーティーを事前に排除することが出来ないのだ。勇者を名乗る者は、魔王城の城門まで誘導されるのが常だった。それが偽者か本物か、判断するのは魔王の役割だ。魔王と勇者が対である以上、互いの戦いは誰も邪魔できない世界のルールだった。

 魔族は基本的に、勇者パーティーに手出ししない。自分達の領域を不当に侵害されない限り、通過することは黙認してきた。代わりに魔獣や魔物はそのルールが適用されないため、遠慮なく襲う。魔獣に倒される程度の勇者ならば、どのみち魔王の相手に相応しくないと考えられてきた。

「僕としては、ここで治療をお願いしたいけど」

「ですが! リリス様もあの場におられます。私たちも……」

 意気込んだシトリーに、ルキフェルは首を横に振った。彼女らの考え違いをどう言い聞かせたら伝わるか、伝え方を間違うと逆効果になってしまう。口下手の自覚があるルキフェルは、少し考え込んだ。

「リリス様は魔王妃殿下ですからね。あなたとは違いますよ、レライエ」

 婚約者となったドラゴンの少女を窘める翡翠竜アムドゥスキアスが口を挟む。他の少女達に目をやり、口から先に生まれたような男はつらつらと説得を始めた。

「リリス様は魔王陛下の隣に立つお方ですが、あなた方は一歩引いて背後を守る者です。まったく立場も役割も違います。まず、魔王陛下と魔王妃殿下の気がかりを払って差し上げるのが、あなた方の務めでしょう」

「……そうね」

 そんな気がしてきたわ。ルーサルカが同意したことで、シトリーも勢いが落ちる。

「うん、わかるけど」

「傷ついた兵達を癒せば、あの方々も安心されるのではありませんか? 信頼される臣下であれば、兵を守るのは大切なお仕事です」

 重ねて強調するアムドゥスキアスの言葉に揺らぎを感じ、ルキフェルは口元を緩めた。特殊な波長を用いて、相手の心を誘導する。特殊な技術だが、魔術や魔法と違って操る効果はない。ルーシアは清潔な水を作り出し、倒れた兵達に飲ませながら友人達を手招きした。

「お願い、手伝って」

「わかったわ」

 素直に従う少女達が治療に動き回った。傷を癒し、治癒魔法を使い、水を与えて休ませる。役割分担した彼女らを褒めながら、アムドゥスキアスがウィンクして寄こした。この場は任せて問題なさそうだ。この場に敵が入り込んだとしても、アデーレ以下優秀で戦闘能力が高い者が武器を手に待ち構えている。

 弓矢を用意するエルフの横で、武器となる鉄や石材を加工するドワーフ。吸血種や魔犬族も集結し、手に武器を持って守りを固めた。指揮は戦う侍女長に任せよう。

「この場は任せる」

「「はっ」」

 見送る彼女らの逞しい返答を聞きながら、ルキフェルは頬を緩めた。ふわりと浮いた空中でドラゴンの姿に変化へんげする。ばさりと大きな翼をはばたかせ、ルキフェルは城門へ戻るべく空を舞った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

処理中です...