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44章 呪われし勇者
590. 転移先が戦場なのはおかしい
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城門の上に転移が出来ないと不便だから、魔王城修復の際に魔法陣を書き換えていた。おかげで中庭から城門まで歩かずに済むが……転移した城門の上は戦場だった。
「っ!」
振り下ろされた剣を右手で掴み、結界で弾き飛ばす。次の瞬間、後ろに転移したアスタロトが虹色の剣で間に入った。弾かれた男が再び打ち下ろす剣は、アスタロトの魔力が凝った刃に叩き折られる。珍しく切るより叩き壊すことに使われた剣は、不満を訴えるように唸りを上げた。
「下手くそっ」
失礼な発言と同時に、ベルゼビュートが飛んできた矢を切り捨てる。美しい銀の刃を横に構え、胸元を強調したドレスで微笑んだ。大きく入ったスリットから足を見せた美女は、ゆったりと首をかしげる。
「何か変ね」
「この状況はどういうことですか」
疑問ですらない苛立ちを含んだベールの声で、鋭い風の一閃が走った。切り裂かれた数人が城門から落ちる。
「魔族は全員退避~」
のんびりした声を上げるルキフェルが、水色の髪をかき上げながら魔法陣を展開する。城門全体を覆う大きさまで魔力を注ぐ時間稼ぎをしたベールが、ルキフェルを守る形で立ちはだかった。突き出される槍の穂先を短剣で弾く。狭い場所で振り回すには、短い方が扱いやすいのだ。
それぞれに戦う城門は、すでに人族に占拠される寸前だった。この状態になる前に報告が来なかったこと、何よりこの場を守る魔獣や衛兵が少ないことに眉をひそめる。
戦っていた魔犬族や獣人系の衛兵を特定し、魔法陣で中庭へ飛ばす。魔獣も衛兵達も魔力の質や量で、人族と容易に区別ができた。飛ばした中庭へ追いかけたルキフェルが、ケガの状況を確認して魔法陣を適用していく。治癒が施される中庭は、エルフや侍女が集まっていた。
「アデーレ、その恰好……」
侍女長でありアスタロト大公夫人の肩書を持つ吸血種族のアデーレは、両手に細身のレイピアを持っていた。突き刺すために使う細い剣は、彼女の得意武器だ。
「ここは私が守ります。ルキフェル大公閣下は彼女らをお願いします」
ルーサルカを筆頭として、側近である少女達が武器を片手に意気込んでいる。魔王城の有史上、城門を勇者が突破したのは初代勇者のみ。今回は城門の上に人族が入り込んだため、魔族の士気が上がっていた。いつものお祭り騒ぎではなく、戦いの意識が強い。
勇者は魔王とのみ戦う。逆に表現するなら、勇者のパーティーを事前に排除することが出来ないのだ。勇者を名乗る者は、魔王城の城門まで誘導されるのが常だった。それが偽者か本物か、判断するのは魔王の役割だ。魔王と勇者が対である以上、互いの戦いは誰も邪魔できない世界のルールだった。
魔族は基本的に、勇者パーティーに手出ししない。自分達の領域を不当に侵害されない限り、通過することは黙認してきた。代わりに魔獣や魔物はそのルールが適用されないため、遠慮なく襲う。魔獣に倒される程度の勇者ならば、どのみち魔王の相手に相応しくないと考えられてきた。
「僕としては、ここで治療をお願いしたいけど」
「ですが! リリス様もあの場におられます。私たちも……」
意気込んだシトリーに、ルキフェルは首を横に振った。彼女らの考え違いをどう言い聞かせたら伝わるか、伝え方を間違うと逆効果になってしまう。口下手の自覚があるルキフェルは、少し考え込んだ。
「リリス様は魔王妃殿下ですからね。あなたとは違いますよ、レライエ」
婚約者となったドラゴンの少女を窘める翡翠竜アムドゥスキアスが口を挟む。他の少女達に目をやり、口から先に生まれたような男はつらつらと説得を始めた。
「リリス様は魔王陛下の隣に立つお方ですが、あなた方は一歩引いて背後を守る者です。まったく立場も役割も違います。まず、魔王陛下と魔王妃殿下の気がかりを払って差し上げるのが、あなた方の務めでしょう」
「……そうね」
そんな気がしてきたわ。ルーサルカが同意したことで、シトリーも勢いが落ちる。
「うん、わかるけど」
「傷ついた兵達を癒せば、あの方々も安心されるのではありませんか? 信頼される臣下であれば、兵を守るのは大切なお仕事です」
重ねて強調するアムドゥスキアスの言葉に揺らぎを感じ、ルキフェルは口元を緩めた。特殊な波長を用いて、相手の心を誘導する。特殊な技術だが、魔術や魔法と違って操る効果はない。ルーシアは清潔な水を作り出し、倒れた兵達に飲ませながら友人達を手招きした。
「お願い、手伝って」
「わかったわ」
素直に従う少女達が治療に動き回った。傷を癒し、治癒魔法を使い、水を与えて休ませる。役割分担した彼女らを褒めながら、アムドゥスキアスがウィンクして寄こした。この場は任せて問題なさそうだ。この場に敵が入り込んだとしても、アデーレ以下優秀で戦闘能力が高い者が武器を手に待ち構えている。
弓矢を用意するエルフの横で、武器となる鉄や石材を加工するドワーフ。吸血種や魔犬族も集結し、手に武器を持って守りを固めた。指揮は戦う侍女長に任せよう。
「この場は任せる」
「「はっ」」
見送る彼女らの逞しい返答を聞きながら、ルキフェルは頬を緩めた。ふわりと浮いた空中でドラゴンの姿に変化する。ばさりと大きな翼をはばたかせ、ルキフェルは城門へ戻るべく空を舞った。
「っ!」
振り下ろされた剣を右手で掴み、結界で弾き飛ばす。次の瞬間、後ろに転移したアスタロトが虹色の剣で間に入った。弾かれた男が再び打ち下ろす剣は、アスタロトの魔力が凝った刃に叩き折られる。珍しく切るより叩き壊すことに使われた剣は、不満を訴えるように唸りを上げた。
「下手くそっ」
失礼な発言と同時に、ベルゼビュートが飛んできた矢を切り捨てる。美しい銀の刃を横に構え、胸元を強調したドレスで微笑んだ。大きく入ったスリットから足を見せた美女は、ゆったりと首をかしげる。
「何か変ね」
「この状況はどういうことですか」
疑問ですらない苛立ちを含んだベールの声で、鋭い風の一閃が走った。切り裂かれた数人が城門から落ちる。
「魔族は全員退避~」
のんびりした声を上げるルキフェルが、水色の髪をかき上げながら魔法陣を展開する。城門全体を覆う大きさまで魔力を注ぐ時間稼ぎをしたベールが、ルキフェルを守る形で立ちはだかった。突き出される槍の穂先を短剣で弾く。狭い場所で振り回すには、短い方が扱いやすいのだ。
それぞれに戦う城門は、すでに人族に占拠される寸前だった。この状態になる前に報告が来なかったこと、何よりこの場を守る魔獣や衛兵が少ないことに眉をひそめる。
戦っていた魔犬族や獣人系の衛兵を特定し、魔法陣で中庭へ飛ばす。魔獣も衛兵達も魔力の質や量で、人族と容易に区別ができた。飛ばした中庭へ追いかけたルキフェルが、ケガの状況を確認して魔法陣を適用していく。治癒が施される中庭は、エルフや侍女が集まっていた。
「アデーレ、その恰好……」
侍女長でありアスタロト大公夫人の肩書を持つ吸血種族のアデーレは、両手に細身のレイピアを持っていた。突き刺すために使う細い剣は、彼女の得意武器だ。
「ここは私が守ります。ルキフェル大公閣下は彼女らをお願いします」
ルーサルカを筆頭として、側近である少女達が武器を片手に意気込んでいる。魔王城の有史上、城門を勇者が突破したのは初代勇者のみ。今回は城門の上に人族が入り込んだため、魔族の士気が上がっていた。いつものお祭り騒ぎではなく、戦いの意識が強い。
勇者は魔王とのみ戦う。逆に表現するなら、勇者のパーティーを事前に排除することが出来ないのだ。勇者を名乗る者は、魔王城の城門まで誘導されるのが常だった。それが偽者か本物か、判断するのは魔王の役割だ。魔王と勇者が対である以上、互いの戦いは誰も邪魔できない世界のルールだった。
魔族は基本的に、勇者パーティーに手出ししない。自分達の領域を不当に侵害されない限り、通過することは黙認してきた。代わりに魔獣や魔物はそのルールが適用されないため、遠慮なく襲う。魔獣に倒される程度の勇者ならば、どのみち魔王の相手に相応しくないと考えられてきた。
「僕としては、ここで治療をお願いしたいけど」
「ですが! リリス様もあの場におられます。私たちも……」
意気込んだシトリーに、ルキフェルは首を横に振った。彼女らの考え違いをどう言い聞かせたら伝わるか、伝え方を間違うと逆効果になってしまう。口下手の自覚があるルキフェルは、少し考え込んだ。
「リリス様は魔王妃殿下ですからね。あなたとは違いますよ、レライエ」
婚約者となったドラゴンの少女を窘める翡翠竜アムドゥスキアスが口を挟む。他の少女達に目をやり、口から先に生まれたような男はつらつらと説得を始めた。
「リリス様は魔王陛下の隣に立つお方ですが、あなた方は一歩引いて背後を守る者です。まったく立場も役割も違います。まず、魔王陛下と魔王妃殿下の気がかりを払って差し上げるのが、あなた方の務めでしょう」
「……そうね」
そんな気がしてきたわ。ルーサルカが同意したことで、シトリーも勢いが落ちる。
「うん、わかるけど」
「傷ついた兵達を癒せば、あの方々も安心されるのではありませんか? 信頼される臣下であれば、兵を守るのは大切なお仕事です」
重ねて強調するアムドゥスキアスの言葉に揺らぎを感じ、ルキフェルは口元を緩めた。特殊な波長を用いて、相手の心を誘導する。特殊な技術だが、魔術や魔法と違って操る効果はない。ルーシアは清潔な水を作り出し、倒れた兵達に飲ませながら友人達を手招きした。
「お願い、手伝って」
「わかったわ」
素直に従う少女達が治療に動き回った。傷を癒し、治癒魔法を使い、水を与えて休ませる。役割分担した彼女らを褒めながら、アムドゥスキアスがウィンクして寄こした。この場は任せて問題なさそうだ。この場に敵が入り込んだとしても、アデーレ以下優秀で戦闘能力が高い者が武器を手に待ち構えている。
弓矢を用意するエルフの横で、武器となる鉄や石材を加工するドワーフ。吸血種や魔犬族も集結し、手に武器を持って守りを固めた。指揮は戦う侍女長に任せよう。
「この場は任せる」
「「はっ」」
見送る彼女らの逞しい返答を聞きながら、ルキフェルは頬を緩めた。ふわりと浮いた空中でドラゴンの姿に変化する。ばさりと大きな翼をはばたかせ、ルキフェルは城門へ戻るべく空を舞った。
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