593 / 1,397
43章 魔の森は秘密だらけ
588. 特別扱いはいらない
しおりを挟む
異世界で変貌した亀は死に、その魔力は魔の森へと変換された。流出した魔力に晒された有鱗族達も、この世界でいずれは魔の森の循環に取り込まれるだろう。
失われた魔力はほぼすべて回収されるのだ。今回返したオルトロスは、この世界の魔力を保有していなかった。影響下にない別世界の魔力を取り込むことを、魔の森は良しとしない。すべては世界の理に従った結果だった。
「私は魔の森の番人であり、森を守る魔王を抱き締め返すための腕なの」
言いたいことは終わったとばかり、リリスは小さく欠伸をした。こてりと首を傾けて、ルシファーの胸に頭を預ける。目を閉じてしまったリリスへ、アスタロトが質問をひとつ。
「あなたは、ルシファー様の妻となるために生まれたのですか?」
「少し違うかしら。私はルシファーの心を守るための鍵なのよ。だから私を妻に望んだのは、ルシファー自身であり、応えたのは私自身だわ」
ルシファーのために生まれたのは間違いない。だが目的が違うのだと言い切り、リリスは目を開いた。視線を合わせた少女は、大人びた顔で唇を指で押さえる。
「魔の森が急成長して人族の領域を侵したのは、彼らが魔族の多様性を尊重しないからよ。森の目的が魔力だけなら、魔族から吸収した方が効率がいいもの」
人族の魔力を数百人集めても、ドラゴン1匹に及ばない。手っ取り早く魔力を戻したいならば、魔力量の多い種族を滅ぼす方が簡単だった。
「でも、魔の森は魔族を殺さなかった」
ルキフェルが思案しながら、メモを眺める。
「ええ。人族の魔法陣も邪魔だし、彼らの増長ぶりも鼻についたから。許せる範囲を超えてしまったわ」
生きたまま皮を剥いだり、奴隷として魔獣や獣人を虐げたり、薬をとる為に動けず抵抗できないアルラウネや意志ある植物を殺した。この世界の秩序である魔の森を切り拓き、大地を固めて苦しめ、森を庇護する魔王に逆らう。人族の身勝手さは限度を超え、ついに見捨てられたのだ。
想像を絶する話だったが、筋は通っていた。数万年にわたって保たれてきた均衡が、ここ数十年で崩れ始める。その原因が魔の森の意志だったとしたら……誰も止められない。たとえ魔王ルシファーであっても。
「魔の森の分身であると、いつから自覚があったのですか?」
アスタロトの疑問は当然だ。赤子の頃からか、今の姿になったからか。
「自覚はタブリス国に攻め込むまで、まったくなかったわ。ただ、なんとなく知っていたの。魔の森はルシファーを好きで、私を助けてくれると」
じっと話を聞いていたルシファーは、膝の上のリリスを抱きしめる腕に力を込めた。黒髪にキスを降らせ、愛しい少女の気を引く。誘われるように視線を合わせたリリスの目蓋にもキスをして、赤い瞳を閉じさせた。
「リリスがオレの側にいてくれる、それが真実ならいい」
正体が何であっても、どんな事情があろうと、寿命が尽きるまで一緒にいられるなら……不安そうなルシファーの響きに、リリスは手を伸ばした。整った顔に手を滑らせ、頬を包むようにして微笑む。赤い瞳がまっすぐに、銀瞳を捉えた。
「ずっと一緒よ。ルシファーが私をいらないと言うまで、離れない」
「絶対に言わない」
ぎゅっと抱き締められ、リリスはルシファーの頭を抱えるように抱き締め返した。幸せな光景に、アスタロト達は理解する。
理屈ではないのだ。
こうして抱き締め返すために、魔の森はリリスを生み出した。愛された分を返すのに必要な腕と、隣に立つために必要な足、それでいてルシファーの魔王の地位を脅かさない存在として。
「これは文献に残しても平気?」
魔王史や魔の森に関する書物へ、新たに判明した事実として記録し、後世へ残しても構わない話か。魔の森を尊重する魔族なら、当然の質問だった。敬愛する森の真実を残したいが、森がそれを厭うなら自分たちの記憶だけに留める。
ルキフェルの声に、リリスは振り向かなかった。ルシファーと視線を合わせて微笑んだまま、言葉だけを返す。
「構わないわ。私が話す内容は、森が望んだことだもの」
「ありがとう」
メモした紙を丁寧に纏めながら、ルキフェルが礼を口にした。その隣で、ベールが複雑そうに呟く。
「今後のリリス姫への対応を、考えなければなりませんね」
「なんで? 今まで通りでいいじゃない」
ベルゼビュートは紅を引き直しながら、肩を竦めた。精霊である彼女には、魔の森はもっとも身近な隣人なのだ。
「態度を変えて欲しければ、リリスちゃん自身がそう言うわ」
「直感で生きるあなたはそれでいいでしょうが、問題だらけです」
呆れたと溜め息を吐くアスタロトへ、リリスは笑って結論を突きつけた。
「私は私、今までと同じよ。生まれてまだ14年の子供で、この身体は12歳……たくさん学んでルシファーを愛して生きていくの」
特別扱いはいらない。
失われた魔力はほぼすべて回収されるのだ。今回返したオルトロスは、この世界の魔力を保有していなかった。影響下にない別世界の魔力を取り込むことを、魔の森は良しとしない。すべては世界の理に従った結果だった。
「私は魔の森の番人であり、森を守る魔王を抱き締め返すための腕なの」
言いたいことは終わったとばかり、リリスは小さく欠伸をした。こてりと首を傾けて、ルシファーの胸に頭を預ける。目を閉じてしまったリリスへ、アスタロトが質問をひとつ。
「あなたは、ルシファー様の妻となるために生まれたのですか?」
「少し違うかしら。私はルシファーの心を守るための鍵なのよ。だから私を妻に望んだのは、ルシファー自身であり、応えたのは私自身だわ」
ルシファーのために生まれたのは間違いない。だが目的が違うのだと言い切り、リリスは目を開いた。視線を合わせた少女は、大人びた顔で唇を指で押さえる。
「魔の森が急成長して人族の領域を侵したのは、彼らが魔族の多様性を尊重しないからよ。森の目的が魔力だけなら、魔族から吸収した方が効率がいいもの」
人族の魔力を数百人集めても、ドラゴン1匹に及ばない。手っ取り早く魔力を戻したいならば、魔力量の多い種族を滅ぼす方が簡単だった。
「でも、魔の森は魔族を殺さなかった」
ルキフェルが思案しながら、メモを眺める。
「ええ。人族の魔法陣も邪魔だし、彼らの増長ぶりも鼻についたから。許せる範囲を超えてしまったわ」
生きたまま皮を剥いだり、奴隷として魔獣や獣人を虐げたり、薬をとる為に動けず抵抗できないアルラウネや意志ある植物を殺した。この世界の秩序である魔の森を切り拓き、大地を固めて苦しめ、森を庇護する魔王に逆らう。人族の身勝手さは限度を超え、ついに見捨てられたのだ。
想像を絶する話だったが、筋は通っていた。数万年にわたって保たれてきた均衡が、ここ数十年で崩れ始める。その原因が魔の森の意志だったとしたら……誰も止められない。たとえ魔王ルシファーであっても。
「魔の森の分身であると、いつから自覚があったのですか?」
アスタロトの疑問は当然だ。赤子の頃からか、今の姿になったからか。
「自覚はタブリス国に攻め込むまで、まったくなかったわ。ただ、なんとなく知っていたの。魔の森はルシファーを好きで、私を助けてくれると」
じっと話を聞いていたルシファーは、膝の上のリリスを抱きしめる腕に力を込めた。黒髪にキスを降らせ、愛しい少女の気を引く。誘われるように視線を合わせたリリスの目蓋にもキスをして、赤い瞳を閉じさせた。
「リリスがオレの側にいてくれる、それが真実ならいい」
正体が何であっても、どんな事情があろうと、寿命が尽きるまで一緒にいられるなら……不安そうなルシファーの響きに、リリスは手を伸ばした。整った顔に手を滑らせ、頬を包むようにして微笑む。赤い瞳がまっすぐに、銀瞳を捉えた。
「ずっと一緒よ。ルシファーが私をいらないと言うまで、離れない」
「絶対に言わない」
ぎゅっと抱き締められ、リリスはルシファーの頭を抱えるように抱き締め返した。幸せな光景に、アスタロト達は理解する。
理屈ではないのだ。
こうして抱き締め返すために、魔の森はリリスを生み出した。愛された分を返すのに必要な腕と、隣に立つために必要な足、それでいてルシファーの魔王の地位を脅かさない存在として。
「これは文献に残しても平気?」
魔王史や魔の森に関する書物へ、新たに判明した事実として記録し、後世へ残しても構わない話か。魔の森を尊重する魔族なら、当然の質問だった。敬愛する森の真実を残したいが、森がそれを厭うなら自分たちの記憶だけに留める。
ルキフェルの声に、リリスは振り向かなかった。ルシファーと視線を合わせて微笑んだまま、言葉だけを返す。
「構わないわ。私が話す内容は、森が望んだことだもの」
「ありがとう」
メモした紙を丁寧に纏めながら、ルキフェルが礼を口にした。その隣で、ベールが複雑そうに呟く。
「今後のリリス姫への対応を、考えなければなりませんね」
「なんで? 今まで通りでいいじゃない」
ベルゼビュートは紅を引き直しながら、肩を竦めた。精霊である彼女には、魔の森はもっとも身近な隣人なのだ。
「態度を変えて欲しければ、リリスちゃん自身がそう言うわ」
「直感で生きるあなたはそれでいいでしょうが、問題だらけです」
呆れたと溜め息を吐くアスタロトへ、リリスは笑って結論を突きつけた。
「私は私、今までと同じよ。生まれてまだ14年の子供で、この身体は12歳……たくさん学んでルシファーを愛して生きていくの」
特別扱いはいらない。
30
お気に入りに追加
4,927
あなたにおすすめの小説
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~
大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア
8さいの時、急に現れた義母に義姉。
あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。
侯爵家の娘なのに、使用人扱い。
お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。
義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする……
このままじゃ先の人生詰んでる。
私には
前世では25歳まで生きてた記憶がある!
義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから!
義母達にスカッとざまぁしたり
冒険の旅に出たり
主人公が妖精の愛し子だったり。
竜王の番だったり。
色々な無自覚チート能力発揮します。
竜王様との溺愛は後半第二章からになります。
※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。
※後半イチャイチャ多めです♡
※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。
【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。
112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。
目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。
死にたくない。あんな最期になりたくない。
そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる