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43章 魔の森は秘密だらけ
581. オルトロス無事帰還
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月の欠けた薄暗い中庭に、珍しく人が集まっていた。領地で預かったオルトロスを連れて転移したアスタロトは、野次馬の多さに苦笑する。
魔王妃であるリリスが白いワンピース姿でしゃがみこんでいた。その脇に膝をついたルシファーが何か尋ねる。小さな声でリリスが返答して、手元に描いた魔法陣を指さして説明を始めた。
手を繋いだベールを連れたルキフェルが後ろから魔法陣を覗き込み、指さして首をかしげる。ベルゼビュートは巻き毛がイマイチ気に入らない様子で、指先でくるくると巻き直していた。何やら胸元に不審な木札を隠す彼女は機嫌がいい。
側近の少女達は少し離れた中庭の大木の根元にテーブルを用意し、お茶の支度を始める。簡単な軽食なども用意したらしく、アデーレが手伝いに参加していた。
「ずいぶん大勢ですね」
アスタロトが歩き出すと、大型犬サイズに縮んだオルトロスがついてきた。尻尾の蛇が大きく振られる。帰れるので嬉しいのだろう。悪戯したピヨを捕獲して叱るヤンに、アラエルが必死で取りなす。カオスな状況の中庭は、さらにエルフやドワーフ、竜族など貴族を含めた魔族がひしめいていた。
中央に大きな魔法陣を描くと聞いているので、その場所だけエルフが小さな苗木を生やして確保する。苗木の内側は魔法陣が描かれる予定地として、立ち入り禁止とされた。
「ルシファー。ここが魔の森と繋がる回路なの」
「昔どこかで見たような……」
「古い文献に近い形の紋章があったね」
リリスの説明に、ルシファーとルキフェルが食いつく。魔法陣に関しては魔族の中でこの2人に敵う者はいない。複雑な模様を読み解き、新たな魔法文字を開発し、2人が作り上げた魔法陣は魔族の生活を豊かにする道具として広まっていた。
地面に触れる長さの黒髪を大きなお団子に纏めたリリスが、髪飾りを揺らして魔法陣に魔力を込める。ぶわりと金色の光が広がり、鮮やかな魔法陣が地面に刻まれた。
「あとは時間がきたら発動するわ。オルトロス、上に乗って」
中央を指さすと、オルトロスは魔法陣の光る文字や模様を踏まないよう歩く。中央に用意された円に入ってお座りした。手順は事前に説明してある。いま展開した魔法陣はオルトロスを返すための模様だ。他の異世界へ戻るなら、別の模様が必要だった。
各世界ごとに行き先を指定する模様が変わる。その特定が面倒なの、そう告げたリリスは立ち上がるとワンピースの埃を払った。髪留めを外して髪を散らす。癖のない黒髪がさらりと背を滑った。足首近くまで伸びた黒髪が、魔法陣から漏れる温かな風に揺れる。
「森の魔力が満ちる……もうすぐよ。元気でね、オルトロス」
ヘルハウンドが複雑そうな声で鳴いた。答えるようにオルトロスも唸る。互いに最後の挨拶を交わし、通路が開くのを待った。
「ルシファー、魔力を貸して」
差し出されたリリスの手を取ったルシファーが、打ち合わせ通りに魔法陣の一角に手を乗せる。リリスは右手を、ルシファーは左手を互いに絡めたまま、逆の手で魔法陣へ魔力を注いだ。ルシファーの銀色の魔力が目に見える色を纏って流れる。
事前に聞いていたが、急激に魔力を食われる感覚に翼を広げる。4枚の黒い翼がルシファーの背に出現した。それを見たリリスが背に白い2枚の翼を出す。彼女の黒髪に美しい金の輪が浮かんだ。互いの魔力を高めて注いでいく。
細心の注意を払い、魔法陣を壊さないように。転送するオルトロスを傷つけないよう、脅かさないように。そして……帰ったオルトロスが幸せになれるよう祈る。手を取り交じり合う金と銀の魔力が、魔法陣の外側から中へ満ちた。
「気を付けて帰れ」
ルシファーの言葉が鍵になった。ぱちっと乾いた音が響き、弾けるように魔法陣が消える。光が消えて暗くなった中庭で、夜目の利く種族は何もいなくなった地面を見つめた。
ベールが合図のために指を鳴らす。用意していた灯りが中庭を照らし、明るくなった場所にオルトロスがいないことで歓声が上がった。
「戻れたのか?」
「うん、帰ったよ」
にっこりとリリスが保証した。さらに大きくなった歓声に、なぜか呼び込みの声が混じる。目を輝かせるリリスと手を取り合って城門の外を窺えば、城下町から屋台が出ていた。焼き魚や大きな平たいパンに包まれたウィンナーを見つけて、リリスが頬を緩める。
甘辛いソースの香りに誘われ、ふらふらと2人が外へ出ていく。呆れ顔のアスタロトは見なかったフリ、ベールとルキフェルは魔法陣の記録や検証作業に入った。ベルゼビュートは胸元の木札を取り出し満面の笑みで、バアルの元へ走る。
「ほら見なさい! 私の一人勝ちよ」
高笑いしながら引き換えの木札を渡すが、元金が1割増しで戻っただけ。途中まで偏っていた賭けの倍率が、最後の駆け込みで45:55まで回復していたと知らされ……ベルゼビュートはしょんぼりと肩を落とした。
魔王妃であるリリスが白いワンピース姿でしゃがみこんでいた。その脇に膝をついたルシファーが何か尋ねる。小さな声でリリスが返答して、手元に描いた魔法陣を指さして説明を始めた。
手を繋いだベールを連れたルキフェルが後ろから魔法陣を覗き込み、指さして首をかしげる。ベルゼビュートは巻き毛がイマイチ気に入らない様子で、指先でくるくると巻き直していた。何やら胸元に不審な木札を隠す彼女は機嫌がいい。
側近の少女達は少し離れた中庭の大木の根元にテーブルを用意し、お茶の支度を始める。簡単な軽食なども用意したらしく、アデーレが手伝いに参加していた。
「ずいぶん大勢ですね」
アスタロトが歩き出すと、大型犬サイズに縮んだオルトロスがついてきた。尻尾の蛇が大きく振られる。帰れるので嬉しいのだろう。悪戯したピヨを捕獲して叱るヤンに、アラエルが必死で取りなす。カオスな状況の中庭は、さらにエルフやドワーフ、竜族など貴族を含めた魔族がひしめいていた。
中央に大きな魔法陣を描くと聞いているので、その場所だけエルフが小さな苗木を生やして確保する。苗木の内側は魔法陣が描かれる予定地として、立ち入り禁止とされた。
「ルシファー。ここが魔の森と繋がる回路なの」
「昔どこかで見たような……」
「古い文献に近い形の紋章があったね」
リリスの説明に、ルシファーとルキフェルが食いつく。魔法陣に関しては魔族の中でこの2人に敵う者はいない。複雑な模様を読み解き、新たな魔法文字を開発し、2人が作り上げた魔法陣は魔族の生活を豊かにする道具として広まっていた。
地面に触れる長さの黒髪を大きなお団子に纏めたリリスが、髪飾りを揺らして魔法陣に魔力を込める。ぶわりと金色の光が広がり、鮮やかな魔法陣が地面に刻まれた。
「あとは時間がきたら発動するわ。オルトロス、上に乗って」
中央を指さすと、オルトロスは魔法陣の光る文字や模様を踏まないよう歩く。中央に用意された円に入ってお座りした。手順は事前に説明してある。いま展開した魔法陣はオルトロスを返すための模様だ。他の異世界へ戻るなら、別の模様が必要だった。
各世界ごとに行き先を指定する模様が変わる。その特定が面倒なの、そう告げたリリスは立ち上がるとワンピースの埃を払った。髪留めを外して髪を散らす。癖のない黒髪がさらりと背を滑った。足首近くまで伸びた黒髪が、魔法陣から漏れる温かな風に揺れる。
「森の魔力が満ちる……もうすぐよ。元気でね、オルトロス」
ヘルハウンドが複雑そうな声で鳴いた。答えるようにオルトロスも唸る。互いに最後の挨拶を交わし、通路が開くのを待った。
「ルシファー、魔力を貸して」
差し出されたリリスの手を取ったルシファーが、打ち合わせ通りに魔法陣の一角に手を乗せる。リリスは右手を、ルシファーは左手を互いに絡めたまま、逆の手で魔法陣へ魔力を注いだ。ルシファーの銀色の魔力が目に見える色を纏って流れる。
事前に聞いていたが、急激に魔力を食われる感覚に翼を広げる。4枚の黒い翼がルシファーの背に出現した。それを見たリリスが背に白い2枚の翼を出す。彼女の黒髪に美しい金の輪が浮かんだ。互いの魔力を高めて注いでいく。
細心の注意を払い、魔法陣を壊さないように。転送するオルトロスを傷つけないよう、脅かさないように。そして……帰ったオルトロスが幸せになれるよう祈る。手を取り交じり合う金と銀の魔力が、魔法陣の外側から中へ満ちた。
「気を付けて帰れ」
ルシファーの言葉が鍵になった。ぱちっと乾いた音が響き、弾けるように魔法陣が消える。光が消えて暗くなった中庭で、夜目の利く種族は何もいなくなった地面を見つめた。
ベールが合図のために指を鳴らす。用意していた灯りが中庭を照らし、明るくなった場所にオルトロスがいないことで歓声が上がった。
「戻れたのか?」
「うん、帰ったよ」
にっこりとリリスが保証した。さらに大きくなった歓声に、なぜか呼び込みの声が混じる。目を輝かせるリリスと手を取り合って城門の外を窺えば、城下町から屋台が出ていた。焼き魚や大きな平たいパンに包まれたウィンナーを見つけて、リリスが頬を緩める。
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