579 / 1,397
42章 魔王妃殿下のお勉強
574. 魔王妃の決断
しおりを挟む
リリスの手が優しく背中を洗い、長い髪を掴んでいたルシファーの前に回り込む。真っ赤な顔で恐る恐る手を伸ばすので、反射的に止めてしまった。
「……リリス?」
「お嫁さんは、旦那さんのを洗うものだって……だから」
ぼそぼそと口にする知識の偏り具合に、がくりと項垂れた。そうか、これが違和感の正体か。やっと状況が理解できた。魔王陛下の魔王様を洗うと思っていたリリスは緊張しており、何も知らないルシファーとの間に温度差を生んでいた。
とりあえず湯船にリリスを誘導し、膝の上に座らせた。柔らかい彼女の身体を腕の中に閉じ込め、顔を見ない状況で知識を修正していく。
「リリスは何もしなくていい。これ以上の知識もいらない。こういうのは、結婚して初めての夜に旦那さんが教えるものだから。先にいろいろ覚えてるのは、よくないな」
「う、うん」
「焦らなくていい。リリスはまだ12歳、これから大人になるんだ。焦らなくてもいずれは大人になってしまうんだから、子供でいられるうちはオレの可愛い娘でいてくれ」
「うん」
納得したらしいリリスの頭に顎を乗せると、クスクス笑いながらリリスが薔薇の花びらを掬う。新しい源泉から引いた湯は、強い硫黄の匂いがした。白い湯に浮かんだ白薔薇の花びらを指先で摘み、リリスは鼻に近づけた。微かに香る薔薇の香りに、口元が緩む。
「あのね、リリスは早く大人になりたいの。でもこのままでもいたい」
子供扱いされるのは嫌だと言いながら、大人ぶるのも苦手。そう告げるリリスの黒髪や額に口付け、ルシファーは正面の空を見上げた。屋内風呂に近い形状ながら、一方向だけ庭に向けて開けている。その先に広がる夜空は、大きな月が昇っていた。
「リリスはオレに決断を委ねただろう? 種、蕾、花――もしオレがリリスをすぐにお嫁さんにしたいなら、欲望のままに振る舞うなら花を選んだ。あのまま種のリリスでもよかった。それでも蕾を選んだのは」
一度言葉を切って、振り返ったリリスの頬にキスをしてから唇を重ねる。触れるだけのキスで離れた。
「リリスとやり直したかったんだ」
首をかしげるリリスの表情から考えを読み取る。わずか十数年の付き合いしかないが、リリスの成長をずっと見守ってきた。腕の中で護り慈しみ愛して、突然奪われかけたのだ。
「あの日、リリスはオレを庇って矢を受けた。魔王であるのに、オレは民や魔の森を代償として捧げてでもお前を取り戻そうとした。あの日を無かったことには出来ない。だが、その時点からやり直したかった」
じっと見上げる赤い瞳に、穏やかな笑みが反射した。
「魔王妃を取り戻すために、魔族全てを犠牲にしようとした魔王であっても……やり直せるか?」
あの日の決断をリリスはオレに委ねた。ならば、この決断はリリスにしてもらいたい。相応しくないと断じるなら、オレは魔王の地位を誰かに譲るつもりだ。可能性を考えるならルキフェル辺りでもいいだろう。すでに覚悟は出来ているから、リリスが下す決断に従う気でいた。
「リリスは……魔の森と約束したの。魔王妃になってルシファーを支える」
リリスは魔の森を人のように語る。母親であると言い放ち、今も魔の森との約束を口にした。その真意はわからない。無理やり聞き出す気もなかった。必要なことなら、いつかリリス自身が話してくれるはずだ。
「わかった。ならば魔王妃の旦那さんは魔王の必要があるな」
リリスが魔王妃となるべく生まれたというなら、その隣に立つに相応しい魔王であればいい。少し温い湯から上がり、ほんのりピンクに染まったリリスの頬にキスをする。
「もう寝ようか。オレのお姫様」
ルシファーに頷いたリリスは、いきなり腕を掴んでルシファーの頬にキスを返す。それから真っ赤な顔で唇を重ねた。触れて離れた唇を、ルシファーがそっと指でなぞる。
「おやすみ、ルシファー」
「ああ、おやすみ。リリス」
互いに微笑みあって、天蓋の中のベッドで抱き合う。静かな寝息を立てるリリスの顔を見ながら、やがてルシファーも目を閉じて眠りの腕に身を預けた。
「……リリス?」
「お嫁さんは、旦那さんのを洗うものだって……だから」
ぼそぼそと口にする知識の偏り具合に、がくりと項垂れた。そうか、これが違和感の正体か。やっと状況が理解できた。魔王陛下の魔王様を洗うと思っていたリリスは緊張しており、何も知らないルシファーとの間に温度差を生んでいた。
とりあえず湯船にリリスを誘導し、膝の上に座らせた。柔らかい彼女の身体を腕の中に閉じ込め、顔を見ない状況で知識を修正していく。
「リリスは何もしなくていい。これ以上の知識もいらない。こういうのは、結婚して初めての夜に旦那さんが教えるものだから。先にいろいろ覚えてるのは、よくないな」
「う、うん」
「焦らなくていい。リリスはまだ12歳、これから大人になるんだ。焦らなくてもいずれは大人になってしまうんだから、子供でいられるうちはオレの可愛い娘でいてくれ」
「うん」
納得したらしいリリスの頭に顎を乗せると、クスクス笑いながらリリスが薔薇の花びらを掬う。新しい源泉から引いた湯は、強い硫黄の匂いがした。白い湯に浮かんだ白薔薇の花びらを指先で摘み、リリスは鼻に近づけた。微かに香る薔薇の香りに、口元が緩む。
「あのね、リリスは早く大人になりたいの。でもこのままでもいたい」
子供扱いされるのは嫌だと言いながら、大人ぶるのも苦手。そう告げるリリスの黒髪や額に口付け、ルシファーは正面の空を見上げた。屋内風呂に近い形状ながら、一方向だけ庭に向けて開けている。その先に広がる夜空は、大きな月が昇っていた。
「リリスはオレに決断を委ねただろう? 種、蕾、花――もしオレがリリスをすぐにお嫁さんにしたいなら、欲望のままに振る舞うなら花を選んだ。あのまま種のリリスでもよかった。それでも蕾を選んだのは」
一度言葉を切って、振り返ったリリスの頬にキスをしてから唇を重ねる。触れるだけのキスで離れた。
「リリスとやり直したかったんだ」
首をかしげるリリスの表情から考えを読み取る。わずか十数年の付き合いしかないが、リリスの成長をずっと見守ってきた。腕の中で護り慈しみ愛して、突然奪われかけたのだ。
「あの日、リリスはオレを庇って矢を受けた。魔王であるのに、オレは民や魔の森を代償として捧げてでもお前を取り戻そうとした。あの日を無かったことには出来ない。だが、その時点からやり直したかった」
じっと見上げる赤い瞳に、穏やかな笑みが反射した。
「魔王妃を取り戻すために、魔族全てを犠牲にしようとした魔王であっても……やり直せるか?」
あの日の決断をリリスはオレに委ねた。ならば、この決断はリリスにしてもらいたい。相応しくないと断じるなら、オレは魔王の地位を誰かに譲るつもりだ。可能性を考えるならルキフェル辺りでもいいだろう。すでに覚悟は出来ているから、リリスが下す決断に従う気でいた。
「リリスは……魔の森と約束したの。魔王妃になってルシファーを支える」
リリスは魔の森を人のように語る。母親であると言い放ち、今も魔の森との約束を口にした。その真意はわからない。無理やり聞き出す気もなかった。必要なことなら、いつかリリス自身が話してくれるはずだ。
「わかった。ならば魔王妃の旦那さんは魔王の必要があるな」
リリスが魔王妃となるべく生まれたというなら、その隣に立つに相応しい魔王であればいい。少し温い湯から上がり、ほんのりピンクに染まったリリスの頬にキスをする。
「もう寝ようか。オレのお姫様」
ルシファーに頷いたリリスは、いきなり腕を掴んでルシファーの頬にキスを返す。それから真っ赤な顔で唇を重ねた。触れて離れた唇を、ルシファーがそっと指でなぞる。
「おやすみ、ルシファー」
「ああ、おやすみ。リリス」
互いに微笑みあって、天蓋の中のベッドで抱き合う。静かな寝息を立てるリリスの顔を見ながら、やがてルシファーも目を閉じて眠りの腕に身を預けた。
33
お気に入りに追加
4,953
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」
「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」
公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。
理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。
王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!
頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2021/08/16 「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
※2021/01/30 完結
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています
平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。
自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです!
12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。
両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪
ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/07/06……完結
2024/06/29……本編完結
2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位
2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位
2024/04/01……連載開始
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる