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42章 魔王妃殿下のお勉強

570. どっちもどっち

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 性教育が必要なのは少女達だけ、アスタロトに宣言されて男は全員外へ出された。もちろんお目付役のアスタロトもついてくる。ところが、2人は扉に耳を押し付けて、中の様子を伺っていた。ルシファーに至っては、魔法陣で覗き見を試みて、アスタロトに邪魔される有様だ。

「ルシファー様、イザヤ……いい加減にしてください」

 眉をひそめて注意するアスタロトに、2人は同時に反論した。

「何をいう! リリスが変な知識を植えつけられたらどうしてくれるんだ! 純真無垢なオレだけの乙女なんだぞ!!」

「ちょっと待て! 俺の可愛くて賢い杏奈が、変な知識なんて持ってるわけないだろ!!」

「なんだと? 異世界の知識が正しいと言い切れるのか!? リリスには手取り足取りオレが教えるつもりなんだぞ!」

「変態か! 魔王だからって12歳の少女に欲情したら変態だぞ! 俺のいた世界なら逮捕される案件だ」

「「逮捕?」」

 アスタロトとルシファーがハモった。この世界に警察や公安は存在しない。治安を守るのは魔王軍の兵士や貴族であり、その頂点は魔王ルシファーだった。イザヤの言い分通りに考えるなら、検察庁長官であり総理大臣である人が、逮捕される事例になる。

「……その単語より、12歳に欲情する部分の方が問題、だと思います」

 愛する妹への暴言に対して言い返してしまったが、相手はこの世界の最高権力者だった。慌てて口調を直したイザヤだが、ルシファーは違う部分に引っかかっていた。元から礼儀正しさを民に求めない気さくな性格だ。

「12歳はそんなに問題か……」

 ショックを受けたルシファーがぶつぶつと呟く。アスタロトが苦笑いして肩を叩いた。

「拾った頃から数えれば、14歳になりますから……それに、あなたが恋愛音痴なのは知っています。暴走した原因は心あたりがありますので、何とかしましょう」

「本当に苦労をかけるな」

 しょんぼりしながら、ルシファーが溜め息を吐いた。本格的に落ち込んだらしい。静かだとこれはこれで面倒臭い。ひどい感想を抱きながら振り返ると、イザヤも肩を落としていた。言い過ぎたことを反省している様子だ。

「ここにいると邪魔になりますから、お風呂に移動しましょう」

 イザヤをアベルに、ルシファーはエドモンドに押し付けよう。アスタロトはサジを投げていた。このまま帰りたい。無理なら誰かを巻きこみたかった。

 大量に積み重なった執務机の書類を後回しにして駆けつけたのに、なぜ苦労するのがいつも私なのか。納得できない想いで、2人を引きずる。少し前に浮かれてこの廊下をスキップしたアベルと正反対の暗い気持ちで、3人は露天風呂へ向かった。




「……暗いっすね、先輩」

 露天風呂に入ってきた美形2人と先輩の、どよんとした雰囲気に若干引き気味のアベルは、とりあえず話しかけやすい先輩にターゲットを絞った。下手に突いて、藪から蛇が出ると困る。対人関係でのアベルの学習能力は高かった。

「陛下……何かございましたか」

 エドモンドは敬愛する魔王の落ち込み様に我慢できず、盛大に藪を突き破った。アベルとは真逆のタイプらしい。

 勇気を持って問いかけるエドモンドは、半分ほど鱗が浮いた肌で湯に浸かっている。近くで体を洗っていたアベルは、そっとイザヤの腕を引いて隣に座らせた。渡したシャンプーでおとなしく髪を洗い始めたイザヤが「俺はコミュ力が足りない」とぼやく。

 なんとなく事情を察してしまうあたり、アベルのコミュニケーション能力は優秀だった。詳細はわからないが、失礼な態度を取ったのだろう。しかし、魔王と側近まで暗くなる理由は思いつかない。

「……原因はなに?」

「性教育への考え方の違い、でしょうか」

 アベルの疑問に答えたアスタロトは、さっさと湯船に沈む。予定通り、それぞれに押し付けたので身軽になった。のんびり温泉を満喫して帰ろう。

「リリスが耳年増になったら、困る」

「杏奈は耳年増じゃないぞ」

「え? なに、そういう言い争いか!」

「貴様、陛下が許しても私は許さんぞ」

 ルシファー、イザヤ、アベル、エドモンドの会話を聞かず、湯を堪能していたアスタロトは対応が遅れた。

 その日、魔王の私邸の露天風呂が爆発し、その穴から新たな源泉が発見された――。
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