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41章 溺愛の弊害

559. さあ、参りましょうか

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※流血表現があります。
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 ルシファーと一番初めに出会ったのは、ベールだった。幼い子供の姿で、魔の森にぽつんと立っている。当時は人族もまだ生まれておらず、やたらと綺麗な子供は目立った。翼も鱗も角も持たない。戦うために必要な爪や牙もなかった。

 純白の髪と白い肌で確認せずとも、近づくだけで寒気がするような魔力量がある。魔物は近寄ることすらできず、子供は襲われることもなくふらふらと魔の森をさまよっていた。噂を聞いて興味を持ったのは、その子供の外見を伝え聞いたためだ。

 純白――そう表現されたら、色が薄いほど強いと言われる世界の理を知る幻獣としては気になる。他の幻獣から聞いた話を頼りに探してみれば、すぐに見つかった。強大な魔力はよい目印だ。力を押さえる術を知らない子供は、無造作に魔物や魔族を屠った。

 返り血を浴びて笑う顔は、幼いながらも整っている。空虚な笑みを向けられると、ぞくりと背筋が恐怖に凍った。幻獣霊王として魔王争いのトップに立ったベールをして恐れさせる子供は、7~8歳前後の外見を生かし狩りを行う。侮って近づき利用しようとする魔族を、ただ殺し続けた。

 魔王争いの最中に強大な魔力が移動すれば、強い魔族の興味を引く。近づいた獲物を狩るくせに、子供は捕らえた獲物を食べなかった。定期的に殺すだけで、また移動する。その不思議な行動が気になりルシファーを追いかけるベールに、ベルゼビュートが攻撃を仕掛けた。

 目の前で行われる戦いをぼんやり眺めるルシファーは、邪魔もせず攻撃もしない。ただ楽しむように戦いを見守り、決着がつかない彼らに笑みを向けた。言葉を話さず、近づく獲物を狩るくせに食べず、目的もなくうろつく姿は、美しいだけに怖ろしい。

 最終的にアスタロトも加わって三つ巴の戦いが始まった現場で、ルシファーはようやく力を見せつけた。圧倒的な魔力で全員を叩き伏せ、魔族の頂点に立ったのだ。あの日と同じ愉悦の笑みを浮かべるルシファーに、理性は見られなかった。

「諦める……が早い、ですよ……ベルゼビュート」

 苦しそうに言葉を吐いたアスタロトが、虹色の剣を手に構えた。魔力を凝らせた剣先を、己の主に向けるなんて……想定外です。ぼやくアスタロトが濁った血を吐きだす。体内で折れた骨が刺さっているが、治癒に使う魔力も惜しい状況だった。

 一刻も早く止めないと、魔王誕生の日と同じ悲劇が繰り返される。暴発した魔力で砂漠と化した森と、中央で赤い涙を流す純白の子供――二度と見たくない光景だった。声にならない絶叫を上げたルシファーの絶望を知っている。だから命をかけても止めるつもりだった。

 吸血鬼王たるアスタロトが暴走した際、止めてくれたのはルシファーだ。己の血を与え、砕けそうな封印を再び生かした。あの恩を返すチャンスならば、惜しむ命はない。

「……私が、何としても……止めます。あとは」

 任せます。言葉にせず意志を託し、8枚の翼を広げた主君に向き直った。自傷した傷が内側から塞がる。そのたびに己を傷つけ、血を流して許されようと足掻あがく痛々しさに、泣きそうな顔を歪めて笑った。

「ルシファー様っ!!」

 気を引くために叫び、近距離の転移を魔力のみで行う。効率を考えるなら魔法陣だが、展開すれば発動前に砕かれる。魔法を揮っても弾かれるだろう。それほどの圧倒的な実力差があった。

 高めた魔力で目前に飛び出し、後ろに引いて隠した剣を突き出した。にやりと笑ったルシファーがわずかに後ろに下がり、ぎりぎりで剣先をかわす。

 次の瞬間、ルシファーの腕がアスタロトの腹部を貫いた。倒れるようにルシファーに覆いかぶさった男から吹き出す血が、網のように魔王を絡めとる。

「っ、いくわ」

 飛び出したベルゼビュートが聖剣を振り翳した。勇者の手に握られ、魔王を傷つけた武器は……いま、腹心の配下によって魔王に突き立てる。背から入った刃は胸元へ抜けて、アスタロトの肩を切り裂く。

「なんでっ!?」

 どうしてルシファーに攻撃を仕掛けるのか。ルキフェルは知らない。これは大公達と魔王のかわした密約だった。大公の誰かが暴れれば魔王が、魔王が狂えば大公達が総力で叩く。一番若いルキフェルだけ知らされなかった約束には、それぞれに続きがあった。

 聖剣から手を離したベルゼビュートが、愛用してきた剣を取り出す。銀の刃を己の胸に当て、ルシファーに背を向けた。

「あなた様の剣ですもの、お供しますわ」

 一息に貫く。

「アスタロト、ベルゼビュート、見事です」

 弓を消したベールの硬い声が、仲間を称える。右手に呼び出した短剣が、半透明に美しい刃を光に弾いた。幻獣霊王であるベールの角を使った刃は、魔王を止める封印となる。

 振り返れば覚悟が鈍ると、ベールは唇を噛みしめた。封印のために己自身を楔に使う。以前から決めていた手順だった。すでに己を犠牲にした同僚を見捨てて、自分だけ責任を放り出すことは出来ない。

「後を、頼みます……ルキフェル」

「うそっ! やだ、やめて!!」

 叫んだルキフェルの声を背に受けながら、ベールは凪いだ心で口元に笑みを浮かべる。

 ――さあ、参りましょうか。
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