上 下
559 / 1,397
41章 溺愛の弊害

556. 宗教という幻想の崩壊

しおりを挟む
※残酷表現があります。
***************************************






 アスタロトが与えられたのは聖巫女のみ。大聖堂に逃げ込んだ者を生かすのは、慈悲ではなく遊びの一環だった。人間という種族の残酷で醜い姿を楽しむための場として残したのだ。この饗宴を初めから楽しんだ吸血系の種族はすでに引き上げさせた。

 バランスを取るために、獣人系に与えるのが妥当か。

「あら、お揃いね。気取った聖巫女を八つ裂きにすると聞いたんだけど……客席はここでよくて?」

 半透明の羽を見せるベルゼビュートが、にっこり微笑んだ。転移で現れた彼女の肌は赤く濡れており、自慢の巻き毛もピンク色より赤い部分が多い。

「みんな、派手ね」

 他人のことを言えない血塗れの姿で、精霊女王は嫣然と笑った。

「悲劇と名付けた喜劇をお見せしますよ」

 一礼したアスタロトが気取った仕草で指を鳴らす。大量の人々が集まる大聖堂の中は狭く、ひしめき合った人の波が揺らめいていた。恐れからか、そんな人々が唯一開けている空間がある。女神像の足元にある聖壇だった。供物を捧げ、女神の許しを請い、崇めるための壇上に聖巫女は放り出された。

 一度も傷つけられなかった彼女の肌も、服も、大量の宝飾品もそのままだ。驚いたように目を瞠る彼女の姿に、群衆の中から声が上がった。

「いたわ……何をしていたの! あなたは国の守り神でしょう!」

「夫を返して!」

「子供を、生き返らせて。奇跡の力を」

「女神の代わりに、魔族を退けてくれ」

 老若男女関係なく縋る手が伸ばされ、恐怖心を感じた聖巫女は叫んでいた。

「やめてっ! 出来るわけないでしょう!」

 その瞬間、場が凍り付いた。求めた最後の希望を切り捨てられた人々の顔から、表情や感情が削ぎ落される。能面のように反応が消えた人は、獣のような咆哮をあげた。

「ぐあぁああ! こいつは偽者だ!」

「何のための祈りだったのよぉ!!」

「寄付をもらったくせに、見捨てる気か!」

「この女は裏切り者よ」

「そうだわ。きっと魔族を引き入れたのはコイツよ」

 だって――この女だけ無傷だ!

 最後の言葉を放ったのは誰だったのか。魔力や魔術による誘導は必要ない。人族は己の愚かさによって、無実の聖巫女をつるし上げるのだから。誰でもいいから八つ当たりする対象が必要で、どんな理由でもいいから怒りや恨みを晴らす手段が欲しかった。

 彼らの思考を理解したアスタロトの仕掛けに、誰一人気づかない。踊り続ける傀儡くぐつは、聖巫女の裾を掴み引きずり下ろす。助けてくれる神官達はすでに肉塊と化し、彼女を擁護する数人は素手で叩き殺された。

 金糸で刺繍がされた白い装束を剥され、逃げ回る裸体の彼女から宝飾品が零れ落ちる。短剣で指を切られて指輪を奪われ、殴り折った腕から腕輪が外された。引きちぎられた首飾りが床に散らばり、耳や髪に絡めた宝石が踏まれて砕ける。

 殴られた肌は変色し、手足はあらぬ方向へ曲がった。頭皮を切り裂いて毛を抜き、鼻を削いで、耳を落とす。残酷な行為に酔った人々の中央で、崇められた女神の代理人は息絶えた。最後まで女神の助けはなく、己すら守れぬまま……国の護り手とうたわれた聖巫女は死体すら弄ばれる。

「さすがは残酷王のステージね。見事だわ」

 感心したベルゼビュートが漏らした不名誉とも思える綽名あだなに、アスタロトは肩を竦める。器用に太い梁に寝転んだルキフェルは、ベールに髪を梳かれながら黒い笑みを浮かべた。

「僕だと、こういう遊びは思いつかないな」

 直情的なドラゴン種は力でねじ伏せる傾向が強く、人間の貴族が使うような搦手は不得手だ。楽しむことはあっても、仕掛ける間に面倒になり壊してしまうことも多かった。

「謀略で敵に回したくない男です」

 ベールは苦笑いして、血が固まり始めたルキフェルの髪を水で清めていく。それぞれに観賞していた大公の魔力に、強い魔力が干渉する。転移する前の合図に、慌てて全員が居住まいを正した。

「我らが敬愛なる魔王陛下、御運びいただき歓喜に……」

「先ほど与えた聖巫女か。そなたらしい趣向だ」

 挨拶を遮ったルシファーの銀の瞳に嫌悪の色はなかった。首に手を回したリリスの目を隠さず、すべてを見せる覚悟を示す。赤い瞳で惨状を眺める幼女は、ふと頭上を見上げた。

 何もない天井の先、空の向こうを見つめるように空虚な色を浮かべたリリスの瞳が、ゆっくりと瞼に覆われる。

「もう、いっぱいになったよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

処理中です...