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41章 溺愛の弊害
553. リリスの目には醜く映るか
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※流血表現があります。
***************************************
「これが人族? こんなに醜いの?」
何度も顔を合わせ、言葉を交わし、傷つけられたこともある。誘拐され傷を負わされても、リリスは人族を憎まなかった。それは魔王ルシファーの教育による洗脳と思っていたが、どうやら本当に気づいていなかったらしい。個人の罪は理解しても、愚かな種族の罪は知らなかった。
リリスにとってどの種族も同じで、人族と魔族を区別せずいただけ。
「リリスの目には醜く映るか」
「うん、パパはリリスを嫌いになる?」
「いや」
即答したルシファーの強張っていた表情が和らぐ。冷たい印象が薄れ、幼子に頬ずりする姿は慈愛に満ちていた。
魔族であるアスタロトに信仰があるなら、その対象は常にルシファーだ。これはベルゼビュートやベール、ルキフェルも同様だろう。魔族に神が存在するなら、ほとんどの者はルシファーの名を上げるほど、彼は魔族を庇護して愛しんできた。
「人族、嫌いでも?」
「よく聞け、リリス。お前は魔族の頂点に立つオレの子で、オレの妻となる魔王妃だ。誰が何を言っても、オレはお前を愛している」
「うん」
リリスの顔に、いつもの愛らしい笑顔が浮かんだ。人族と魔族のハーフであろうと囁かれる噂は、リリスの耳にも届いている。ルシファーが人族を嫌うなら、その血を引くと言われるリリスを遠ざけるのではないか。幼子の不安を否定したルシファーのキスが、リリスの黒髪や額に触れる。
アスタロトの剣が、最後の神官を切り捨てた。気を失った聖巫女の処分方法を考えていたアスタロトは、残忍な笑みを浮かべる。この場で殺しても、人族は理解しない。彼らがなした最低の行いを後悔することなく、美しき姫が身を挺して国を守った美談に仕立て上げるだろう。
だったら、この女を切り捨てるのは失策だ。
「陛下、この獲物を下賜していただきたく」
捕らえた獲物を上位者から下位へ与える行為を口にすることで、彼女の末路を匂わせる。この場で殺されたかったと願うほど、酷い最期を迎えるはずだ。魔族でさえ恐れる血塗れの吸血鬼王が望む報復が、生温いわけがない。
「構わん、そなたが望むならくれてやる」
「有難き幸せ」
一礼したアスタロトは、意識のない獲物を無造作に転送した。残された神官達が呻く中、少し考えて大聖堂に火を放つ。じわじわと近づく熱と炎の恐怖に、大聖堂は悲鳴と救いを求める祈りが満ちた。
「ひっ、た……たすけ」
縋るように近づいた男の手を踏みつけ、骨を砕く。耳障りな悲鳴に笑うアスタロトの上に、ばしゃりと水が降ってきた。結界で弾いた水が熱せられた床で湯気を上げる。
「何のつもりですか? ルキフェル」
「燃やすのは早すぎる。まだ生きてるんでしょ? 僕らにも分けてよ」
こんなにたくさん独り占めして狡い。そう呟いた青年は、子供の無邪気な残酷さを振り翳して乱入した。珍しくベールが一緒ではないのは、外で殲滅戦の指揮を執っているためだろう。魔王軍の指揮権を放り出すわけに行かず、不満そうなベールの顔が浮かぶ。
くすくす笑うアスタロトが、踏み砕いた男の手を無視して歩き出した。
「ええ、まだ生きていますので……すべてお譲りしましょう」
「全部? 本当にくれるの? やった!」
大喜びのルキフェルが声をあげると、数匹のドラゴンが大聖堂の前に降り立つ。入口付近で信者の侵入を阻む騎士が剣を抜いた。しかし爪の一閃で引き裂かれ、弾き飛ばされて転がる。
「ルキフェル」
4枚の翼を広げたルシファーの声に、ルキフェルは慌てて礼を取った。
「ごめん、ルシファー……じゃなくて、陛下」
「いつも通りでよいが、簡単に終わらせるな」
普段と真逆の命令にぱちくりと瞬きし、子供らしからぬ獰猛な表情を浮かべた。縦に割れる獣の瞳が、残忍な色に染まる。
「仰せのままに」
「ロキちゃん、頑張って」
「ありがとう」
手を振るリリスに礼を口にして、ルキフェルは大きく息を吸い込んだ。響いたのは獣の声、ドラゴンが仲間に呼びかける際に使う「ぐるるるっ」という喉を鳴らす音だった。武器を向けた騎士を爪の先で弄っていたドラゴンが動きを止め、同じように喉を鳴らして仲間に伝達する。
一斉に反応したドラゴンが、侵攻の手を緩めた。魔王の下した命令は「簡単に終わらせるな」という、人族への情けを切り捨てたもの。ならば従う彼らのとる行動は決まっていた。
ゆっくり、時間をかけて苦しめ、だが誰も逃がさない――。
「では陛下、御前失礼いたします」
頷くルシファーを確認し、アスタロトは背の羽を広げる。この国を亡ぼすべく集まった同胞たちに、魔王の望みを伝えるのは、側近たる彼の役目だった。
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「これが人族? こんなに醜いの?」
何度も顔を合わせ、言葉を交わし、傷つけられたこともある。誘拐され傷を負わされても、リリスは人族を憎まなかった。それは魔王ルシファーの教育による洗脳と思っていたが、どうやら本当に気づいていなかったらしい。個人の罪は理解しても、愚かな種族の罪は知らなかった。
リリスにとってどの種族も同じで、人族と魔族を区別せずいただけ。
「リリスの目には醜く映るか」
「うん、パパはリリスを嫌いになる?」
「いや」
即答したルシファーの強張っていた表情が和らぐ。冷たい印象が薄れ、幼子に頬ずりする姿は慈愛に満ちていた。
魔族であるアスタロトに信仰があるなら、その対象は常にルシファーだ。これはベルゼビュートやベール、ルキフェルも同様だろう。魔族に神が存在するなら、ほとんどの者はルシファーの名を上げるほど、彼は魔族を庇護して愛しんできた。
「人族、嫌いでも?」
「よく聞け、リリス。お前は魔族の頂点に立つオレの子で、オレの妻となる魔王妃だ。誰が何を言っても、オレはお前を愛している」
「うん」
リリスの顔に、いつもの愛らしい笑顔が浮かんだ。人族と魔族のハーフであろうと囁かれる噂は、リリスの耳にも届いている。ルシファーが人族を嫌うなら、その血を引くと言われるリリスを遠ざけるのではないか。幼子の不安を否定したルシファーのキスが、リリスの黒髪や額に触れる。
アスタロトの剣が、最後の神官を切り捨てた。気を失った聖巫女の処分方法を考えていたアスタロトは、残忍な笑みを浮かべる。この場で殺しても、人族は理解しない。彼らがなした最低の行いを後悔することなく、美しき姫が身を挺して国を守った美談に仕立て上げるだろう。
だったら、この女を切り捨てるのは失策だ。
「陛下、この獲物を下賜していただきたく」
捕らえた獲物を上位者から下位へ与える行為を口にすることで、彼女の末路を匂わせる。この場で殺されたかったと願うほど、酷い最期を迎えるはずだ。魔族でさえ恐れる血塗れの吸血鬼王が望む報復が、生温いわけがない。
「構わん、そなたが望むならくれてやる」
「有難き幸せ」
一礼したアスタロトは、意識のない獲物を無造作に転送した。残された神官達が呻く中、少し考えて大聖堂に火を放つ。じわじわと近づく熱と炎の恐怖に、大聖堂は悲鳴と救いを求める祈りが満ちた。
「ひっ、た……たすけ」
縋るように近づいた男の手を踏みつけ、骨を砕く。耳障りな悲鳴に笑うアスタロトの上に、ばしゃりと水が降ってきた。結界で弾いた水が熱せられた床で湯気を上げる。
「何のつもりですか? ルキフェル」
「燃やすのは早すぎる。まだ生きてるんでしょ? 僕らにも分けてよ」
こんなにたくさん独り占めして狡い。そう呟いた青年は、子供の無邪気な残酷さを振り翳して乱入した。珍しくベールが一緒ではないのは、外で殲滅戦の指揮を執っているためだろう。魔王軍の指揮権を放り出すわけに行かず、不満そうなベールの顔が浮かぶ。
くすくす笑うアスタロトが、踏み砕いた男の手を無視して歩き出した。
「ええ、まだ生きていますので……すべてお譲りしましょう」
「全部? 本当にくれるの? やった!」
大喜びのルキフェルが声をあげると、数匹のドラゴンが大聖堂の前に降り立つ。入口付近で信者の侵入を阻む騎士が剣を抜いた。しかし爪の一閃で引き裂かれ、弾き飛ばされて転がる。
「ルキフェル」
4枚の翼を広げたルシファーの声に、ルキフェルは慌てて礼を取った。
「ごめん、ルシファー……じゃなくて、陛下」
「いつも通りでよいが、簡単に終わらせるな」
普段と真逆の命令にぱちくりと瞬きし、子供らしからぬ獰猛な表情を浮かべた。縦に割れる獣の瞳が、残忍な色に染まる。
「仰せのままに」
「ロキちゃん、頑張って」
「ありがとう」
手を振るリリスに礼を口にして、ルキフェルは大きく息を吸い込んだ。響いたのは獣の声、ドラゴンが仲間に呼びかける際に使う「ぐるるるっ」という喉を鳴らす音だった。武器を向けた騎士を爪の先で弄っていたドラゴンが動きを止め、同じように喉を鳴らして仲間に伝達する。
一斉に反応したドラゴンが、侵攻の手を緩めた。魔王の下した命令は「簡単に終わらせるな」という、人族への情けを切り捨てたもの。ならば従う彼らのとる行動は決まっていた。
ゆっくり、時間をかけて苦しめ、だが誰も逃がさない――。
「では陛下、御前失礼いたします」
頷くルシファーを確認し、アスタロトは背の羽を広げる。この国を亡ぼすべく集まった同胞たちに、魔王の望みを伝えるのは、側近たる彼の役目だった。
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