541 / 1,397
40章 長期休暇を取得してました
538. 姉の恋心と弟の成長
しおりを挟む
オレリアに詳細を聞いたところ、どうやら彼女に惚れた男がいるらしい。ハイエルフ直系の血を引くため、別種族との間に子が出来る可能性は低く、親族は婚姻に難色を示した。大好きな姉を誰かに奪われると勘違いした弟は、常々尊敬の念を向けられる魔王が相手と思い込んだのだ。
「ごめんなさい」
勘違いを素直に謝った少年は、申し訳なさそうにリリスにも頭を下げた。昼寝を邪魔されたリリスは起きてからも不機嫌で、指を咥えたまま唇を尖らせている。がりがりと爪を噛む音が響くので、何度かやめさせようとしたルシファーが噛まれていた。
「今回はオレだけだから見逃してやれるが、次はないぞ。剣先や魔法を向けるということは、殺される覚悟が必要だ。よく考えろ」
言い聞かせて少年の頭を撫でる。誤解と偶然が生んだ騒動だが、今後の彼の成長の糧になれば無駄ではなかった。ルシファーは「これはオレの勝手な言い分だが」と私的な見解である前置きをして、長老に向き直った。
「オレリアが望んだ相手ならば、祝福してやれないのか。弟がいるならば直系の血は守られるのであろう? 皆で反対する理由がないのでは……」
「相手がよくありません」
きっぱり言い切られた。ハイエルフから見て相手が悪いというと、種族が限られる……まさか?
「魔獣、か?」
「陛下」
オレリアの冷めた眼差しに、今度は違う種族を思い浮かべた。ハイエルフもそうだが、向こうも外見は整っている。もし子供が生まれたら、さぞ美形になるだろう。問題は子供が天文学的な確率でしか生まれないことだが……まあ、当人同士が愛し合っていれば養子を取る方法もある。
「構わないではないか。吸血種であろう?」
今度こそ当たった。頬を染めて両手で顔を隠すオレリアは、エルフ特有の長い耳まで真っ赤だ。相当惚れているらしい。
がりっ。明かに違う音がして、リリスがずずっと鼻をすする。指先に治癒魔法陣を呼び出し、そっとリリスの口元へ運んだ。
「指を出してごらん」
「やぁだ」
拗ねているので天邪鬼な言動が目立つが、指が赤くなって血に濡れていた。痛そうだと眉尻を下げて、頼んでみる。
「オレが痛いから手を出して」
「……やだもん」
まだ抵抗される。相当ご機嫌斜めだった。こういう時の子供は正反対の行動を取りたがるものだ。ならば、ルシファーの次の台詞は決まった。
「痛いが我慢するか」
「んっ」
溜め息をついてちらりと視線を向けると、悔しそうにしながら手を出した。噛んだ勢いで爪が割れている。縦に傷が入った爪が血に濡れて、よく強情を張るものだと呆れた。
「痛いの、飛んでけ」
リリスがお気に入りのお呪いを口にして、魔法陣を指先に展開する。発動した魔法で傷が塞がり、痛みが消えた。ぱちくりと目を瞬き、大きな瞳がこぼれそうなほど見開かれる。
「消えた!」
「リリスが優しくて、可愛くて、いい子だからだな。どうしたらご機嫌を直してくれる? オレの大切なお姫様」
首をかしげて待つと、リリスは少し考え込んだ。許すための条件を探しているのだ。急かさないルシファーへ、幼女は笑顔で強請った。
「唐揚げ!」
「柚子のドレッシングをかけようか」
「うん」
勢い良く頷いたリリスは、ようやく笑顔を振りまき始めた。昼寝から覚めて時間が経ったこともあり、もうごねる心配はなさそうだ。
「夕飯に用意してもらおうな。オレリア、この辺りにコカトリスは出るか?」
狩りに行くと伝えれば、森の狩人であるエルフ達は獲物の情報を提供してくれた。少し先の川沿いに、ときどき群れが舞い降りるという。水浴びをして休憩するようだ。
「陛下、狩りのお手伝いを……」
「いや、調理を任せる。獲物はオレとリリスで捕まえてくる」
気負う様子なく移動する魔王を見送り、オレリアの弟は疑問を口にした。
「黒髪のお子が、魔王妃様なのですよね? なぜ危険な場所にお連れするのですか」
「それぐらい好きなのよ。いっときも離れていたくないの。あなたもあと50年くらいしたらわかるわ」
大人になったらね。そんなニュアンスで呟く姉の隣で、弟は複雑な気持ちで俯いた。大好きな姉の気持ちを理解したい反面、姉を奪われるなら理解したくない。大人になるということを、少年は初めて怖いと思った。
「ごめんなさい」
勘違いを素直に謝った少年は、申し訳なさそうにリリスにも頭を下げた。昼寝を邪魔されたリリスは起きてからも不機嫌で、指を咥えたまま唇を尖らせている。がりがりと爪を噛む音が響くので、何度かやめさせようとしたルシファーが噛まれていた。
「今回はオレだけだから見逃してやれるが、次はないぞ。剣先や魔法を向けるということは、殺される覚悟が必要だ。よく考えろ」
言い聞かせて少年の頭を撫でる。誤解と偶然が生んだ騒動だが、今後の彼の成長の糧になれば無駄ではなかった。ルシファーは「これはオレの勝手な言い分だが」と私的な見解である前置きをして、長老に向き直った。
「オレリアが望んだ相手ならば、祝福してやれないのか。弟がいるならば直系の血は守られるのであろう? 皆で反対する理由がないのでは……」
「相手がよくありません」
きっぱり言い切られた。ハイエルフから見て相手が悪いというと、種族が限られる……まさか?
「魔獣、か?」
「陛下」
オレリアの冷めた眼差しに、今度は違う種族を思い浮かべた。ハイエルフもそうだが、向こうも外見は整っている。もし子供が生まれたら、さぞ美形になるだろう。問題は子供が天文学的な確率でしか生まれないことだが……まあ、当人同士が愛し合っていれば養子を取る方法もある。
「構わないではないか。吸血種であろう?」
今度こそ当たった。頬を染めて両手で顔を隠すオレリアは、エルフ特有の長い耳まで真っ赤だ。相当惚れているらしい。
がりっ。明かに違う音がして、リリスがずずっと鼻をすする。指先に治癒魔法陣を呼び出し、そっとリリスの口元へ運んだ。
「指を出してごらん」
「やぁだ」
拗ねているので天邪鬼な言動が目立つが、指が赤くなって血に濡れていた。痛そうだと眉尻を下げて、頼んでみる。
「オレが痛いから手を出して」
「……やだもん」
まだ抵抗される。相当ご機嫌斜めだった。こういう時の子供は正反対の行動を取りたがるものだ。ならば、ルシファーの次の台詞は決まった。
「痛いが我慢するか」
「んっ」
溜め息をついてちらりと視線を向けると、悔しそうにしながら手を出した。噛んだ勢いで爪が割れている。縦に傷が入った爪が血に濡れて、よく強情を張るものだと呆れた。
「痛いの、飛んでけ」
リリスがお気に入りのお呪いを口にして、魔法陣を指先に展開する。発動した魔法で傷が塞がり、痛みが消えた。ぱちくりと目を瞬き、大きな瞳がこぼれそうなほど見開かれる。
「消えた!」
「リリスが優しくて、可愛くて、いい子だからだな。どうしたらご機嫌を直してくれる? オレの大切なお姫様」
首をかしげて待つと、リリスは少し考え込んだ。許すための条件を探しているのだ。急かさないルシファーへ、幼女は笑顔で強請った。
「唐揚げ!」
「柚子のドレッシングをかけようか」
「うん」
勢い良く頷いたリリスは、ようやく笑顔を振りまき始めた。昼寝から覚めて時間が経ったこともあり、もうごねる心配はなさそうだ。
「夕飯に用意してもらおうな。オレリア、この辺りにコカトリスは出るか?」
狩りに行くと伝えれば、森の狩人であるエルフ達は獲物の情報を提供してくれた。少し先の川沿いに、ときどき群れが舞い降りるという。水浴びをして休憩するようだ。
「陛下、狩りのお手伝いを……」
「いや、調理を任せる。獲物はオレとリリスで捕まえてくる」
気負う様子なく移動する魔王を見送り、オレリアの弟は疑問を口にした。
「黒髪のお子が、魔王妃様なのですよね? なぜ危険な場所にお連れするのですか」
「それぐらい好きなのよ。いっときも離れていたくないの。あなたもあと50年くらいしたらわかるわ」
大人になったらね。そんなニュアンスで呟く姉の隣で、弟は複雑な気持ちで俯いた。大好きな姉の気持ちを理解したい反面、姉を奪われるなら理解したくない。大人になるということを、少年は初めて怖いと思った。
24
お気に入りに追加
4,927
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~
大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア
8さいの時、急に現れた義母に義姉。
あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。
侯爵家の娘なのに、使用人扱い。
お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。
義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする……
このままじゃ先の人生詰んでる。
私には
前世では25歳まで生きてた記憶がある!
義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから!
義母達にスカッとざまぁしたり
冒険の旅に出たり
主人公が妖精の愛し子だったり。
竜王の番だったり。
色々な無自覚チート能力発揮します。
竜王様との溺愛は後半第二章からになります。
※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。
※後半イチャイチャ多めです♡
※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。
【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。
112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。
目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。
死にたくない。あんな最期になりたくない。
そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる