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39章 それも魔王の仕事なのか?

531. 褒められて、安請け合い

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「……というわけなのです」

 目の前で愚痴る部下を慰めながら、ルシファーは重々しく頷いた。立派な体躯のサタナキア将軍は、公爵家当主だ。当然ながら跡取りが必要だが、娘が一人だった。亡くなった奥方の分まで愛した娘は、幸いにして騎士として独り立ちできる能力がある。

「だが、イポスの希望を無視してはならないぞ」

「わかっております。それでも……孫の顔は見たいのです!」

 サタナキア公爵の言いたいことはわかる。子が可愛くて仕方ないからこそ、幸せになって欲しいと願う。ましてや孫が欲しいと思うのは、ある程度の年齢になれば当然だった。その辺は別の貴族の相談にも乗ったので、心当たりはあるが……ルシファー自身が不老なこともあり、実感はあまりない。

「陛下も想像してご覧なさい。リリス姫と婚姻されたら、お子様が欲しいとは思いませんか? 姫にそっくりの女の子と、陛下によく似た男の子――どちらもさぞかし可愛いでしょう」

「わかる!」

 孫と言われてもピンとこないが、子供と言われれば実感を持って「欲しい」と言える。リリスの重みがない腕の寂しさに、ちょっと左腕を動かした。リリスが一緒だともれなく護衛のイポスも付いてくるため、今回は隣の部屋で遊んでもらっている。

 リリスを下したのはわずか数分前なのに、もう連れ戻したいルシファーがそわそわしだす。

「落ち着いてください。陛下、我が娘が一緒なのですから無事です」

「無事は疑ってないが、手が寂しい」

 素直に告げたら、サタナキアに絶句された。ぽかんとした顔でこちらを凝視されると、少し居心地が悪いではないか。ルシファーが肩を竦めてソファに背を預けた。

「それにしても、そこまで陛下が他人に興味を持たれるとは……」

「いつも興味はあるぞ」

 民の健康と幸せを願うのが魔王の仕事だと続ければ、そうではないと首を横に振られた。意味が分からず彼の説明を待つ。

「個人的な興味は持たれなかったでしょう。民であるから守るけれど、特定の誰かを守ろうとはされなかった。ご自覚がなかったとは驚きました」

「……そうだったか?」

 言われてみれば、個人に興味を持つことはなかったかも知れない。常に隣にいるアスタロトにしても、結婚して18人目の妻が出来た話を聞いたが、相手に興味はなかった。それがベールやルキフェル、ベルゼビュートであっても大差ない。

 彼ら自身が話す内容は聞くが、自ら興味を持って個人的なかかわりを持とうとした記憶はなかった。指摘されるまで気づかなかったことに、ルシファー自身が愕然とする。

「オレは、何にも興味がなかったのだな」

「それでも生来のご性格とお優しさで民を導いてこられましたが、我らはいつも心配しておりました。いつか陛下とともに歩いてくれる、陛下が興味を持つ方が現れて欲しいと――生きている間に願いが叶い、ほっとしておりますぞ」

 武骨な軍人だが、心根は優しい。サタナキアの穏やかな笑みに、照れくさくなる。

「話は戻りますが、婿に入ってくれる方をご存じないでしょうか」

「うむ、探してみよう」

 サタナキアのほろりとくる話の後で、つい安請け合いをした。公爵家に婿入りできる立場で、イポスより強い男などそうそう見つかるはずがない。数日後、大量の釣書を並べて唸るはめになるルシファーだが、この日だけは後の苦労を考えずに笑みを浮かべていた。

「リリスの娘か……そっくりな……可愛いだろうな」

 妄想はどこまでも膨らんでいく。いつか夢という名の空気を入れ過ぎた幻想は、しゃぼんのように弾ける運命にあった。





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