上 下
533 / 1,397
39章 それも魔王の仕事なのか?

530. 物騒な婚約条件

しおりを挟む
 焦点がボケるほど近い書類を、アムドゥスキアスは後ろにって読んだ。表情がぱあっと明るくなる。

「良かった! 私の奥さんになってくれるんですね?」

「財産目録の7割と、仕事の継続、愛情が条件だが大丈夫か?」

 彼が条件を見落とした可能性を考慮して、念を押しておく。受け取った書類をもう一度読んだアムドゥスキアスが、泣き出しそうな顔をした。

 やはり全財産の7割はつらいか。いくら若いお嫁さんが欲しくても、彼にとって番ではないのだから。そこまでの愛情はなかったのだろう。ルシファー自身はリリスが望めば、すべての財産を投げ打つ覚悟だが、他人に同じ覚悟を強いる気はない。

 レライエの嫁ぎ先は別の金持ちを見つけてやろう……お節介にもそんなことを考えるルシファーの耳に、予想外の言葉が飛び込んだ。

「ええ?! 本当に、これだけでいいのですか?! 全鱗も寄越せくらい言われると思っていました」

「は?」

 なんだ、その物騒な婚約条件は――。ドラゴン種の鱗は硬い。それはもう魔王の攻撃でも一撃では貫通しなかったくらい、硬い。その鱗を剥ぐ? 全身を? ……剥いだ後も生きているのかと疑うレベルの暴力だった。

 驚いたルシファーは知らない。過去にアムドゥスキアスは番であった人族の女性に「全財産と全身の鱗をくれるなら考える」と言われて、跪いて懇願し婚約した事実を。結婚式にはすべての鱗を捧げるつもりだったらしい。

 それに比べたら3割も財産を残してくれて、鱗も残してくれるのだ。なんて優しい子だろうと、翡翠竜は感激していた。

「パパ、アムの鱗をとるの?」

「オレは取らないが」

 誰かに狙われたことがあるような言い方だ。そう呟いたルシファーに、リリスは不思議そうだった。

「姫様にも差し上げます。髪飾りにすると綺麗ですよ」

 婚約が決まるとあって、彼は上機嫌だった。大盤振る舞いで、ごそごそと数枚の鱗を差し出す。透き通った薄緑を集めて、薔薇の形にしてもいいな。鱗の使い道を考えるルシファーの腕で、リリスがぺこりと頭を下げた。

「ありがと!」

「悪いな。礼を言う」

「いいえ。魔王陛下を仲人役に使ってしまい、私の方こそ申し訳ないです」

 小柄な少年姿のアムドゥスキアスは、照れた様子でもじもじと切り出した。

「釣書の財産目録のほかにも、生え変わって抜けた鱗があるのです。そちらは結納金として、全部彼女に捧げますね」

 さらにレライエの財産が増えた。翡翠竜は古代竜の一種で、透き通った緑柱石に似た美しい鱗を誇る。1枚あればペンダントや指輪として十分だが、小山サイズの竜が数千年の間に何回脱皮……失礼。生え変わったのか。

 遠い目をしてしまう。しかし彼女は間違いなく喜ぶだろう。すぐに洞窟に仕舞い込むかも知れない。

「あ、忘れるところだった。最後のところに追記した、ここだ。契約魔法陣を刻む必要があるが、これは問題ないか」

 契約魔法陣は、特殊な魔法文字を魂に刻むものだった。そのため外見からは契約の有無が判断できない。魂に直接刻印するため、契約を破ったと断じられた時は命を奪われることもあった。処罰の内容は命だけでなく、他の条件を設定することもできる。

 問題はこの契約魔法陣で決まった内容は、双方合意でないと解除ができない部分にあった。

「全然構いません。彼女はまだ若いのに、私みたいな年齢の竜と婚約してくれるのです。将来は結婚して、奥さんになってくれる! 私がリスクを負うのは当然です」

 きっぱり言い切ったアムドゥスキアスの金瞳は、まっすぐに魔王の目を見返した。嘘はなさそうだと判断し、ルシファーは頷いた。

「わかった。彼女には婚約成立だと伝えよう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

呪われた子と、家族に捨てられたけど、実は神様に祝福されてます。

光子
ファンタジー
前世、神様の手違いにより、事故で間違って死んでしまった私は、転生した次の世界で、イージーモードで過ごせるように、特別な力を神様に授けられ、生まれ変わった。 ーーー筈が、この世界で、呪われていると差別されている紅い瞳を宿して産まれてきてしまい、まさかの、呪われた子と、家族に虐められるまさかのハードモード人生に…! 8歳で遂に森に捨てられた私ーーキリアは、そこで、同じく、呪われた紅い瞳の魔法使いと出会う。 同じ境遇の紅い瞳の魔法使い達に出会い、優しく暖かな生活を送れるようになったキリアは、紅い瞳の偏見を少しでも良くしたいと思うようになる。 実は神様の祝福である紅の瞳を持って産まれ、更には、神様から特別な力をさずけられたキリアの物語。 恋愛カテゴリーからファンタジーに変更しました。混乱させてしまい、すみません。 自由にゆるーく書いていますので、暖かい目で読んで下さると嬉しいです。

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

勇者がアレなので小悪党なおじさんが女に転生されられました

ぽとりひょん
ファンタジー
熱中症で死んだ俺は、勇者が召喚される16年前へ転生させられる。16年で宮廷魔法士になって、アレな勇者を導かなくてはならない。俺はチートスキルを隠して魔法士に成り上がって行く。勇者が召喚されたら、魔法士としてパーティーに入り彼を導き魔王を倒すのだ。

【完結】転生モブ令嬢は転生侯爵様(攻略対象)と偽装婚約することになりましたーなのに、あれ?溺愛されてます?―

イトカワジンカイ
恋愛
「「もしかして転生者?!」」 リディと男性の声がハモり、目の前の男性ルシアン・バークレーが驚きの表情を浮かべた。 リディは乙女ゲーム「セレントキス」の世界に転生した…モブキャラとして。 ヒロインは義妹で義母と共にリディを虐待してくるのだが、中身21世紀女子高生のリディはそれにめげず、自立して家を出ようと密かに仕事をして金を稼いでいた。 転生者であるリディは前世で得意だったタロット占いを仕事にしていたのだが、そこに客として攻略対象のルシアンが現れる。だが、ルシアンも転生者であった! ルシアンの依頼はヒロインのシャルロッテから逃げてルシアンルートを回避する事だった。そこでリディは占いと前世でのゲームプレイ経験を駆使してルシアンルート回避の協力をするのだが、何故か偽装婚約をする展開になってしまい…? 「私はモブキャラですよ?!攻略対象の貴方とは住む世界が違うんです!」 ※ファンタジーでゆるゆる設定ですのでご都合主義は大目に見てください ※ノベルバ・エブリスタでも掲載

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

処理中です...