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38章 弊害が呼ぶ侵略者
523. 襲撃亀は美味しく頂きました
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「彼らに食べ物を与え……亀を食べさせても平気だろうか。そもそも、この亀が彼らの仲間だったら申し訳ない」
異世界から来たのなら、この世界で該当する種族がなくても当然だ。鱗のある人々の種族名は後日決めるとして、まずは食事と言いかけて止まった。首をかしげてからアンナに通訳を頼む。兄が確保したすっぽん鍋の深皿を抱いたアンナは、彼らに尋ねた。
「問題ないそうです。彼らの世界と私のいた世界は考え方に似たところがあります。風水の四神がいるようですね。鳳凰を崇めるのはその影響で、尻尾が蛇じゃなかったので、この亀は食べても構わないと言ってますし、仲間じゃないですね」
確かに落ちてきた場所も違う。魔の森の外側に放り出された鱗のある人々と違い、亀は城門前に落ちてきたのだ。別件と考えるべきだろう。
「尻尾が蛇……そんな亀もいましたね」
アスタロトがぽつりと呟く。該当する単語が思い出せないアンナが通訳できず、その話がこの場で彼らに伝えられることはなかった。後に別件で亀の存在を知った彼らが「どうして教えてくれなかったのか」と抗議するのは数年先のことである。
「呼び名が必要だな。ひとまず有鱗人としよう」
元は魚人を示す古語だが、使っている種族はいなかったはず……考えながら選んだ単語に、側近も頷いた。鱗がある種族として登録するなら、魚人の名は見当違いでもない。無事、人型の彼らを魔族に分類できることもあり、ほっとした顔で侍従を呼んだ。
「ベリアル」
「陛下、お呼びですか?」
名を呼んですぐに駆け付ける侍従長に、テキパキと指示をだす。
「彼ら全員に鍋や肉を振る舞ってくれ」
「承知いたしました」
他のコボルトに指示を伝え、ベリアル自身も鍋に向かって走っていく。小型の種族なので混雑した場でも入り込むが、興奮した女性達に蹴られないよう注意しながら戻ってきた。両手で小さな鍋を抱えている。太い枝のようなものが飛び出しているが、あれも食べ物だろうか。
「陛下、追加分です」
「ありがとう」
必死で確保したベリアルに礼を言い、リリスの食べている小型鍋に中身を追加する。熱いので「ふぅふぅ」と冷まして口に入れると、嬉しそうに頬を緩ませた。まだ鍋に殺到している女性の数は多いが、かなり落ち着いている。量がたくさんあったため、満腹になった彼女らの勢いが落ちたのだろう。
困惑した顔の異世界人たちへ「食べ物です」とアンナに通訳してもらった。後ろで深皿に盛ったすっぽん鍋を振る舞う侍従達に、恐る恐る近づいたガギエル達が手を伸ばす。器とフォークやスプーンを受け取り、仲良く座って食べ始めた。お腹が空いていたのだろう。気の毒になるくらい一心不乱に食べ続ける。
「ベリアル、彼らが満足するまで食べさせてくれ」
一礼してお代わりを取りに走るベリアルを見送り、腕の中で小さな鍋に手を突っ込むリリスに首をかしげる。彼女が取り出したのは、太い枝のようなものだった。片手で掴めず、両手で抱えるようにして差し出される。落ちかけた鍋を魔力で支えたルシファーは、愛娘の次の行動を読んでいた。
「パパ、あーん」
「あーん」
断るという選択肢を持たないルシファーだが、端を齧ってから手で受け取る。口に頬張れる大きさではなかった。事実、鍋から飛び出す大きさなのだから。
「これはなんだ?」
もぐもぐ咀嚼するが、なかなか飲み込めない。ゴムのように弾力のある肉をひたすら噛みながら、これをリリスに食べさせるのは無理だと考えていた。喉に詰まらせたら可哀想だ。
「ルシファー様、それは亀の指かと……」
スープを飲むアスタロトに指摘され、齧った枝のような肉を眺め……なるほどと納得する。足元に駆け寄ったピヨも鍋のおすそ分けをもらったらしく、骨を咥えていた。骨についた肉を食べ終えたのだろう。
「ねえ、ママは?」
「あ、忘れてた」
緊急事態で置いてきたヤンを回収しなくてはならない。セーレの一族は外縁に棲んでいるから問題ないが、今のヤンの家は魔王城の中庭だった。小型のすっぽん鍋を抱いたリリスを連れて転移し、大急ぎで戻ってくる。
「悪かったな、ヤン……アムドゥスキアスも」
ヤンを回収しようとしたら、拗ねた翡翠竜に体当たりされた。手前で結界に張りつく形になったが、置いて行かれた抗議は伝わる。
緊急事態の呼び出しならば戦場だと思って我慢したのに、城門前はいろいろな種族が集まる宴会場だった。なおさら機嫌を損ねてしまう。
「宴会なのに置いてくなんて、ひどいです」
むくれたアムドゥスキアスだが、酔っ払いベルゼビュートに捕まって嘴に酒瓶を突っ込まれる。ヤンは大きな塊肉をもらって尻尾を振った。ほんのり頬を染めたアムドゥスキアスは小型化していることもあり、すぐにレライエの膝に乗せられてご機嫌になった。
「扱いが軽いな」
ペット感覚でレライエに撫でられる翡翠竜は、お腹を見せて無防備極まりない。平和な光景に、ルシファーは苦笑いして肩を竦めた。
先ほどリリスに渡されたゴム食感の亀の指は、根性で1時間かけてルシファーの胃に収められる。ご本人によれば「愛しいリリスがくれた食べ物」は残さない覚悟があるらしい。呆れ顔のアスタロトは「重たい愛ですね」と辛らつなコメントを残した。
見渡す広場は、すっぽん鍋と亀焼肉のイベント会場となっている。巨大すっぽん鍋を囲んだ宴会は朝まで続き、城門前は昼過ぎまで酔っ払いの住処と化した。ちなみに戦闘用に召集された魔王軍の精鋭達も、ドワーフとベルゼビュートに飲まされ、エルフ達に食べさせられ……気づけば宴会の中央で裸踊りを披露する者もいたという。
異世界から来たのなら、この世界で該当する種族がなくても当然だ。鱗のある人々の種族名は後日決めるとして、まずは食事と言いかけて止まった。首をかしげてからアンナに通訳を頼む。兄が確保したすっぽん鍋の深皿を抱いたアンナは、彼らに尋ねた。
「問題ないそうです。彼らの世界と私のいた世界は考え方に似たところがあります。風水の四神がいるようですね。鳳凰を崇めるのはその影響で、尻尾が蛇じゃなかったので、この亀は食べても構わないと言ってますし、仲間じゃないですね」
確かに落ちてきた場所も違う。魔の森の外側に放り出された鱗のある人々と違い、亀は城門前に落ちてきたのだ。別件と考えるべきだろう。
「尻尾が蛇……そんな亀もいましたね」
アスタロトがぽつりと呟く。該当する単語が思い出せないアンナが通訳できず、その話がこの場で彼らに伝えられることはなかった。後に別件で亀の存在を知った彼らが「どうして教えてくれなかったのか」と抗議するのは数年先のことである。
「呼び名が必要だな。ひとまず有鱗人としよう」
元は魚人を示す古語だが、使っている種族はいなかったはず……考えながら選んだ単語に、側近も頷いた。鱗がある種族として登録するなら、魚人の名は見当違いでもない。無事、人型の彼らを魔族に分類できることもあり、ほっとした顔で侍従を呼んだ。
「ベリアル」
「陛下、お呼びですか?」
名を呼んですぐに駆け付ける侍従長に、テキパキと指示をだす。
「彼ら全員に鍋や肉を振る舞ってくれ」
「承知いたしました」
他のコボルトに指示を伝え、ベリアル自身も鍋に向かって走っていく。小型の種族なので混雑した場でも入り込むが、興奮した女性達に蹴られないよう注意しながら戻ってきた。両手で小さな鍋を抱えている。太い枝のようなものが飛び出しているが、あれも食べ物だろうか。
「陛下、追加分です」
「ありがとう」
必死で確保したベリアルに礼を言い、リリスの食べている小型鍋に中身を追加する。熱いので「ふぅふぅ」と冷まして口に入れると、嬉しそうに頬を緩ませた。まだ鍋に殺到している女性の数は多いが、かなり落ち着いている。量がたくさんあったため、満腹になった彼女らの勢いが落ちたのだろう。
困惑した顔の異世界人たちへ「食べ物です」とアンナに通訳してもらった。後ろで深皿に盛ったすっぽん鍋を振る舞う侍従達に、恐る恐る近づいたガギエル達が手を伸ばす。器とフォークやスプーンを受け取り、仲良く座って食べ始めた。お腹が空いていたのだろう。気の毒になるくらい一心不乱に食べ続ける。
「ベリアル、彼らが満足するまで食べさせてくれ」
一礼してお代わりを取りに走るベリアルを見送り、腕の中で小さな鍋に手を突っ込むリリスに首をかしげる。彼女が取り出したのは、太い枝のようなものだった。片手で掴めず、両手で抱えるようにして差し出される。落ちかけた鍋を魔力で支えたルシファーは、愛娘の次の行動を読んでいた。
「パパ、あーん」
「あーん」
断るという選択肢を持たないルシファーだが、端を齧ってから手で受け取る。口に頬張れる大きさではなかった。事実、鍋から飛び出す大きさなのだから。
「これはなんだ?」
もぐもぐ咀嚼するが、なかなか飲み込めない。ゴムのように弾力のある肉をひたすら噛みながら、これをリリスに食べさせるのは無理だと考えていた。喉に詰まらせたら可哀想だ。
「ルシファー様、それは亀の指かと……」
スープを飲むアスタロトに指摘され、齧った枝のような肉を眺め……なるほどと納得する。足元に駆け寄ったピヨも鍋のおすそ分けをもらったらしく、骨を咥えていた。骨についた肉を食べ終えたのだろう。
「ねえ、ママは?」
「あ、忘れてた」
緊急事態で置いてきたヤンを回収しなくてはならない。セーレの一族は外縁に棲んでいるから問題ないが、今のヤンの家は魔王城の中庭だった。小型のすっぽん鍋を抱いたリリスを連れて転移し、大急ぎで戻ってくる。
「悪かったな、ヤン……アムドゥスキアスも」
ヤンを回収しようとしたら、拗ねた翡翠竜に体当たりされた。手前で結界に張りつく形になったが、置いて行かれた抗議は伝わる。
緊急事態の呼び出しならば戦場だと思って我慢したのに、城門前はいろいろな種族が集まる宴会場だった。なおさら機嫌を損ねてしまう。
「宴会なのに置いてくなんて、ひどいです」
むくれたアムドゥスキアスだが、酔っ払いベルゼビュートに捕まって嘴に酒瓶を突っ込まれる。ヤンは大きな塊肉をもらって尻尾を振った。ほんのり頬を染めたアムドゥスキアスは小型化していることもあり、すぐにレライエの膝に乗せられてご機嫌になった。
「扱いが軽いな」
ペット感覚でレライエに撫でられる翡翠竜は、お腹を見せて無防備極まりない。平和な光景に、ルシファーは苦笑いして肩を竦めた。
先ほどリリスに渡されたゴム食感の亀の指は、根性で1時間かけてルシファーの胃に収められる。ご本人によれば「愛しいリリスがくれた食べ物」は残さない覚悟があるらしい。呆れ顔のアスタロトは「重たい愛ですね」と辛らつなコメントを残した。
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