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38章 弊害が呼ぶ侵略者

515. 髪型変更はご注意を

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 魔法が効かないなら物理攻撃で。そんな発想で攻撃してみたら、意外と効果があった。切った傷が治癒される様子はなく、血を流し続けている。しかし表面がぬらりとして切れ味が落ちるのが難題だった。こつこつと相手の皮や鱗を削るしかない。

「誰でもっ! いいからっ! あたくしをっ! 手伝いっ! なさいよぉ!!」

 大声で文句を言いながら、ストレートの髪を後ろでひとつに結んで背に放った。時間があれば三つ編みにしたいところだ。振りかぶった剣を亀の尻尾に突き立てる。5度目の攻撃にしてようやく切り落とすことに成功した。

 亀は炎自体に耐性があるのに、高温になった空気に包まれると動きが鈍る。どうやら熱い場所は苦手のようだ。このまま火口に転送して落としたらどうかしら。楽をする方法を模索するベルゼビュートだが、とりあえず目先の左後ろ足を切ることに専念した。

 もし火口に落とした後で這い上がってきたら、処理が面倒くさい。

「……にしても、熱いわね」

 汗が伝う胸元を摘まんで、胸の谷間を濡らす汗に眉をひそめる。火傷の心配はないが、熱いものは熱い。サウナの中にこもったような感じで、意識がぼんやりした。

 独り言も飽きてきた。そんなことを考えた瞬間、ベルゼビュートの身体は亀の首によって投げ飛ばされる。大きく首を振った勢いで叩きつけられた痛みは、結界越しでもダメージがあった。

 ガシャ、ドゴーン!

 派手な音で飛んできた物体が、城壁にめり込む。

「ベルゼビュート?」

「あ、ベルゼ姉さんだ」

 ルシファーとリリスが同時に声をあげた。しかしめり込んだ壁から這い出てきた姿に、全員が「え?」と首をかしげる。ピンクの巻き毛がストレートだった。彼女のトレードマークが消えている。

「本物?」

「さすがに偽者はないでしょう」

 姿かたちはともかく、魔力の痕跡まで真似するのは無理です。現実的な側近の言葉に「そうだが……」と複雑そうな顔をする。そういえば、以前にこき使われてボロボロになったベルゼビュートが、城門前で不審者扱いされたことがあった。あれに比べれば、まだ原型をとどめている。

「やっぱりベルゼビュートだな」

 うんうんと頷いて納得するルシファーに複雑そうな顔をする側近達だが、彼らの脳裏も似たり寄ったりだった。ルキフェルの判別理由は「ピンクだから」一択だったし、ベールは「あの下品一歩手前のドレスとだらしない胸は彼女ですね」という酷評だ。

 渋い顔をしたアスタロトに至っては「彼女の真似をする酔狂な奴はいないでしょう」という残酷な思考に基づいていた。

「どうして誰も手を貸さないのよぉ!!」

 怒りながら壁から脱出した美女は、大きな胸を突き出して怒鳴る。それを城門の上からルシファーが反論した。

「今のお前の状態だと、掴めるのが胸か足しかないが……足を引っ張るとドレスが捲れて際どいし、胸を掴むのは失礼だろう」

「……やだ、そうだったの? それは失礼したわ」

 美形の魔王様にそう言われれば、照れながら化粧直しを始めるベルゼビュートである。後ろでベールが頭を抱えながら「あれでも大公……」と呟き、ルキフェルは「魔法って手はあったけどね」と笑う。幸いにして知らぬはベルゼビュート本人のみ。

「尻尾は切り落としましたわ!」

「そうか! さすがはベルゼビュートだ」

 褒めて育てる方針のルシファーの隣で、乗り出したアスタロトも声をかけた。

「魔王陛下の剣を自認するあなたならば、甲羅くらい割れるのでは? ああ、やっぱり硬そうですし無理ですかね」

「やれるに決まってるでしょう!!」

 再び剣を手に炎の中に飛び込むベルゼビュートを見送り、にやりと黒い笑みを浮かべるアスタロトに「あまりこき使うと摩耗するぞ」と忠告しておく。

「やはりオレも行くか」

「やめてください。万全じゃないのですよ?」

 12枚の翼があっても止めたいくらいだと眉をひそめるアスタロトへ、まっすぐに視線を合わせて問い返す。

「ならば、己を守るために部下を見捨てるのが魔王か?」

「……口ばかり達者になって」

 母親のような発言だと笑えば、仕方なさそうにアスタロトは頷いた。

「わかりました。我々も出ましょう」
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