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38章 弊害が呼ぶ侵略者

514. 得体の知れない襲撃者

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「やはりアラエルか」

 鳳凰族の吐く炎は温度が高い。大きく息を吸い込んだアラエルの胸部が膨らみ、直後に口から派手に炎を吐いた。一瞬で草原の炎が倍の高さに燃え上がる。

「アラエル、怒ってるの?」

「わからないな。行ってみよう」

 アラクネ達に挨拶をして舞い上がる。炎が改めて森に迫るが、1時間は雨が降り続くため消火されてしまうはずだ。結界で雨を弾いたルシファーが舞い上がると、城門にいるルキフェルに気づいた。隣にベールもいるが、2人とも止める様子はない。

 何らかの理由があって炎を許容しているのか。それにしても周囲への連絡や気遣いが足りない。ここはひとつ説教でも……にやりと笑ったルシファーが城門の上に舞い降りた。

「これは……陛下。随分とゆっくりのご登場で驚きました」

 なぜか嫌味から始まるベールの表情は険しい。一礼した後は炎の先を睨みつけ、何かを確認しているらしい。ルキフェルはそもそも目を逸らさず、ずっと炎を見ていた。

 同じ方向に目を向ければ、炎の中に何かがいるのがわかる。ほとんど動かない塊は、フェンリルより少し小さい。

「なんだ、あれは」

「……わかりません。突然空から落ちてきました」

 説明するベールがひとつ溜息を吐き、ルシファーに向き合う。

「陛下、大公権限に基づき魔王軍を招集しています。あの奇妙な生き物を殺す方法がわかるまで、軍の精鋭をこの地に駐留させます」

 中庭に転移魔法陣が浮かんでは消え、続々と魔王軍の面々が集まってくる。城門から見える範囲だけでも、ドラゴンを含め20種族ほど顔を見せていた。非常勤の神龍族まで顔を出した様子から判断して、手当たり次第に実力者へ声をかけたのがわかった。

「それほどの敵か」

「現在時点で分かっているのは、水、風、火が効きません。鳳凰による炎の勢いで動きを一時的に留めていますが、どこまでもつか……」

 リリスが動いて下りたいと示すが、ルシファーは首を横に振った。

「リリス、危ないから下りちゃダメだ」

「でも、ロキちゃんは下にいるじゃん」

 どうやら隣で並んで見たいようだが、ルキフェルは大公だ。彼と同じ位置に、幼いリリスが立つ理由にはならない。

「それでもダメだ。オレの腕の中が一番安全だからな」

「うん、わかった。シアやルカは?」

「問題ない。アスタロトと一緒だぞ」

 さきほど置いてきた少女達の心配をするリリスは、炎の向こう側を気にして身を乗り出す。落とさぬようしっかり抱き締め、ルシファーは魔力感知で居場所を探った。前方の炎の向こうだと予想したのに、意外な方角にいる。

「どういう意味でしょう。失礼な発言のような気がしますが」

 後ろから感じた気配に振り返る。にっこり笑う金髪の美形が、後ろに美少女たちを連れて立っていた。見た目は笑顔で友好的なのに、なぜか背筋が寒くなるような恐怖を覚える。

「あれだけ強いの意味だ。深読みするな」

 しかしルシファーも慣れたもので、さらりと詮索をかわした。アラエルが再び息を吸い込む。よく見ると、その背にピヨがちょこんと乗っていた。落ちないように頭部の飾り毛を、くちばしで摘まんでいる姿はどこか愛嬌がある。

 ぶわっと炎が城門前の草原を焦がした。

「やりすぎだぞ。アラクネ達の森も延焼しかけていた」

 思い出して苦言を呈するが、あっさり反論された。

「あの中の生き物が暴れたら、アラクネの森どころか魔の森全体が崩壊しかねません」

 よほど強い魔物がいるのか。その割に魔力は大して感じない。

「しかし魔力はなさそうだが」

「魔力量そのものは微細ですが、すべての魔法を弾きました」

 実際に試したアスタロトの言葉に、ルシファーが絶句した。魔力量の少ない者の放った魔法を、魔力量の多い者が防ぐことは可能だ。そこには魔力質量の法則が存在し、弱い魔力は強い魔力に吸収される。だが微細な魔力しか持たない生き物が、大公の魔法を無効にする方法はないはずだった。

 疑問を浮かべた表情で炎の中を見つめる。透けて見える形は亀だろうか。しかし手足が長く、この炎を浴びても引っ込める様子はない。

「なるほど」

 ベルゼビュートがあの炎の中にいる。おそらく亀らしき生き物と対峙しているのだろう。精霊女王であるベルゼビュートの戦闘能力は高く、精霊族の頂点に立つ彼女は4大属性を無効化できる。この場で戦うのにもっとも適した存在だった。




「ったくもう! 髪がストレートになっちゃったじゃない!!」

 ぷんすか怒りながら、巨大な剣を振り回す。水を掛けて風を浴びせ、最後に炎で炙られた巻き毛が徐々に真っすぐになっていく。不満げに唇を尖らせたベルゼビュートは「さっさと終わらせなきゃ」とぼやいた。
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