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38章 弊害が呼ぶ侵略者

511. 視察内容は多岐に及びます

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「視察の項目リストはどこにありますか?」

「なんだ、それは」

 首をかしげるルシファーへ、アスタロトが大きく溜め息を吐いた。調べるべき内容を書いたリストは、睡眠時間を削って夜中に用意したものだ。それを知らない主はもちろん、持ってこなかったベルゼビュートへも殺意が沸く。忙しい中で時間をやりくりした側近としては、溜め息だけで済ます気はなかった。

「黒いファイルです。調査して欲しい内容と、レポート用の紙が綴じてありました」

「……そういえば、朝にベルゼビュートが視察に必要な資料を忘れた……とか」

 言ってた気がするな。思い出しながら呟くルシファーの援護射撃に、ルーサルカが声を上げた。

「私も聞きましたわ。大量の荷物を返送したときに、ベルゼビュート大公閣下が口にされましたわ」

「あら、それなら私も覚えております」

 シトリーも同意するにいたり、原因がはっきりした。過失か故意か不明だが、アスタロトが作った資料を置いてきたのはベルゼビュートらしい。

「わかりました。ではこれから内容をご説明しますので、終わった事項は報告をお願いします」

 アスタロトは淡々とした口調で一気に説明を始めた。

「1項、魔の森の魔力の分布具合を図面にして提出のこと。2項、魔の森の木々との対話による、変化の有無。3項、森の外縁部分と中央部の木々の成長度合いを比較した……」

「ストップ! もしかして全部記憶してるのか?」

「自分で作った資料ですよ? もちろん記憶しておりますし、すべてご説明できます」

 非常識な記憶能力を披露しながら、アスタロトはルシファーに首をかしげる。すべての図面や図形を一瞬で脳に焼き付けるルキフェルとは別の能力だが、側近としての彼の能力は非常に有用でレベルが高い。絶句した少女達が小声で意見交換を始めた。

「リリス様のおそばに侍るには、同じくらいの能力がいるのかしら」

「記憶力は誰かに任せる。私は無理だ」

「え? 私も人の顔なら覚えられるのだけど……文章はちょっと」

 ぼそぼそ不安を口にする少女達に、平然とアスタロトが爆弾を放り投げる。

「現時点で出来なくても問題ありませんよ。1万年もすれば出来るようになりますから」

「……寿命、そんなにあるかしら」

 違う意味で不安を煽られたルーサルカの呟きが森の中に吸い込まれる。なんだか切ない雰囲気になったが、リリスは相変わらず周囲の空気を無視していた。

「パパ、見て! バッタさん捕まえた」

「……バッタ、なのか?」

 得意げな顔で虫を両手でつかんだリリスの指の間から、何か緑色の足が出ている。しかし足の数が6本以上ある、気がした。昆虫であるバッタは6本足のはず。疑問をそのままに、リリスの手から緑色の虫を受け取る。

 両手で包むように持っていたリリスの手から受け取ると、やたら足の数が多い。逃げないよう羽がある背を掴んで摘まみ上げ、確認した。

「パパ、逃げちゃう」

「大丈夫だ……蜘蛛? 違うか、足が10本はイカ……あ、12本か?」

 陸上に緑のイカが存在するとは思えないし、よく数え直したら足が12本あった。明らかに異常な姿をした虫を眺めて、リリスの手の上で虫を振ってみる。真ん中から分離して、ぼたりと落ちた。

「パパ、割れちゃった!」

「割れたというか、元々2匹だったようだ」

 バッタらしき虫が2匹引っ付いていたらしい。新種ではなかったため、じたばた足を動かす彼らを手のひらに乗せて逃がしてやった。

 ブーンと飛び回る巨大なバッタに、ルーシアが悲鳴をあげる。甲高い声で頭を抱えて蹲る彼女の頭上を飛び、その先にいたレライエの頭に乗った。それを簡単そうに摘まんで捨てるシトリー。ルーサルカは大きな尻尾を左右に揺らしながら、目が釘付けである。獣人の狩猟本能を刺激するのだろうか。

「ルーシアは虫が苦手か?」

 穏やかに声をかけたルシファーに、涙目のルーシアが頷いて顔をあげた。よほど嫌いなのだろう。恐怖が青い瞳に浮かんでいた。可哀想なので近づけないようにしてやろうと考える魔王の隣で、アスタロトがバッタを目で追いながら問いかける。

「今のバッタのサイズはわかりますか?」

「このくらいだ」

 手のひらの位置で示すと、アスタロトはさらさらとメモを取った。

「以前発見されたバッタより大きいですね」

 どうやら調査対象だったらしい。真剣な表情で視察対象となるリストを作り直す側近に、ルーシアが悲鳴交じりの声をあげた。

「虫を調べるなら、私は帰りますっ!」
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