508 / 1,397
37章 翡翠竜が運んだ嫉妬
505. 魔族最強の王を負かす者
しおりを挟む
「余は発言を許しておらぬ」
「……大公権限です。陛下の暴走を止めるのは、我々の役目ですから」
反論したアスタロトが目を細め、コウモリの羽を背に出現させる。そのまま魔王の威圧を撥ね退けて片膝を起こした。ひとつ息を整えてから、軋む身体を立ち上げる。淡い金髪が、額の汗に貼りついた。後ろの結界の維持も引き受けたため、いくら魔法陣で負担を軽減していても体は悲鳴を上げる。
まだ12枚の翼が元に戻っていない状態でこれだ。もし回復後だったら、負けていただろう。それでも臣下として主君の過ちを正す役目は、誰にも譲れなかった。彼があとで悔やむ性格と理解しているから、先手を打って己を危険に晒すのだ。
きちんと説明すればわかる人なのだから。感情を凍らせた銀の瞳が向けられ、胸が締め付けられる感覚に襲われた。ローブの胸元を掴む手に力が入り、ぐしゃりと皺が寄る。
「ほう、余に逆らうか」
にやりと笑った物騒な美貌の主の頬に、ぺちんと乾いた音がした。ぎこちない動きでルシファーが視線を下ろすと、腕の中の幼女が右手で頬を叩いた。むっとした顔で反対の手も持ち上げて、再びぺちんと間抜けな音がする。
両手でルシファーの頬を挟むように叩き、リリスは「めっ!」と叱りつけた。
「ひっ……リリス、様!」
悲鳴を上げたのはレライエだった。今の魔王相手に危害を加えるなど、彼女にとっては暴挙でしかない。しかし唇を尖らせた幼女に恐がる様子はなく、逆にルシファーを睨みつけた。
「……リリ、ス?」
「パパ、アシュタいじめちゃダメ! 緑のトカゲもいじめた」
片方はアスタロトへの行為に対して、もう片方はアムドゥスキアスへの圧力に抗議して。リリスはそう説明しながら、最後に身を乗り上げる。抱っこされた状態で立ち上がれば、当然身体は不安定になる。慌てて抱きとめたルシファーの頬に「これはリリスの分」と言いおいて、唇を押し当てた。
一瞬で威圧が半減する。同時に曇っていた空に光が差した。渦巻いた黒い雲が風に流され、徐々に地上へ光を落とし始める。明るくなると息苦しさが軽くなる気がした。無意識に深呼吸した少女達が頬を緩める。
突然のリリスの行動に、折角立ち上がったアスタロトの膝から力が抜ける。膝をついて溜め息をもらす側近の様子に、我に返ったルシファーが周囲を見回した。真っ青な顔のベルゼビュートは地面に座り込み、ヤンは丸くなって震えている。
まだ成長過程の少女達は魔力酔いを起こしたらしく、全員顔色が悪かった。ルーシアに至っては失神している。正面の木に叩きつけられたアムドゥスキアスの姿に、大急ぎで気持ちを鎮めた。まず最初にしなければならないのは、威圧を抑えることだ。
「……すまない」
情けないことに、口をついたのは謝罪だった。リリスが絡むと視野が狭くなる自覚はあったが、ここまで我を失ったのは己の弱さだ。奪われると考えた瞬間、頭が沸騰して思考が停止した。ただ彼女を奪う存在を排除しようと本能的に動いたのだ。
昨年のリリスを傷つけられた事件以来、彼女を片時も離さず生活してきた。それでも失いかけた事実と傷は癒えていない。彼女を奪おうとする存在がいたら、先に殺してしまえばいい。物騒な考えが先に立った結果、暴走した自分を反省するしかなかった。
「けほ……っ」
どさっと倒れ込んだアムドゥスキアスは、翡翠の鱗も剥がれるほど傷ついていた。魔力が暴走しないよう注意しながら、描いた治癒魔法陣を発動させる。ドラゴン種族の鱗は頑強で、滅多に傷がついたり剥がれることはない。血を吐くほど傷ついた姿から、内臓や骨まで傷めた事実は一目瞭然だった。
近づいて膝をつき、白い手を伸ばしてアムドゥスキアスの頭上に翳す。魔法陣と合わせ、直接魔力を注いで治癒した方が早い。治癒の魔法陣の適用範囲を拡大し、少女達も含んだ。
背に広げた8枚の翼を4枚まで制御し、心を落ち着ける深呼吸を繰り返しながら魔力を注ぎ続ける。あたり一面が銀色に光り、ルシファーの髪が魔力に舞い踊った。全員の治癒状態を確認して、ようやく魔力を散らした。
「落ち着かれましたか、ルシファー様」
怒りを滲ませたアスタロトが歩み寄り、拳骨を作って膝をついたままのルシファーの頭に下した。
「……大公権限です。陛下の暴走を止めるのは、我々の役目ですから」
反論したアスタロトが目を細め、コウモリの羽を背に出現させる。そのまま魔王の威圧を撥ね退けて片膝を起こした。ひとつ息を整えてから、軋む身体を立ち上げる。淡い金髪が、額の汗に貼りついた。後ろの結界の維持も引き受けたため、いくら魔法陣で負担を軽減していても体は悲鳴を上げる。
まだ12枚の翼が元に戻っていない状態でこれだ。もし回復後だったら、負けていただろう。それでも臣下として主君の過ちを正す役目は、誰にも譲れなかった。彼があとで悔やむ性格と理解しているから、先手を打って己を危険に晒すのだ。
きちんと説明すればわかる人なのだから。感情を凍らせた銀の瞳が向けられ、胸が締め付けられる感覚に襲われた。ローブの胸元を掴む手に力が入り、ぐしゃりと皺が寄る。
「ほう、余に逆らうか」
にやりと笑った物騒な美貌の主の頬に、ぺちんと乾いた音がした。ぎこちない動きでルシファーが視線を下ろすと、腕の中の幼女が右手で頬を叩いた。むっとした顔で反対の手も持ち上げて、再びぺちんと間抜けな音がする。
両手でルシファーの頬を挟むように叩き、リリスは「めっ!」と叱りつけた。
「ひっ……リリス、様!」
悲鳴を上げたのはレライエだった。今の魔王相手に危害を加えるなど、彼女にとっては暴挙でしかない。しかし唇を尖らせた幼女に恐がる様子はなく、逆にルシファーを睨みつけた。
「……リリ、ス?」
「パパ、アシュタいじめちゃダメ! 緑のトカゲもいじめた」
片方はアスタロトへの行為に対して、もう片方はアムドゥスキアスへの圧力に抗議して。リリスはそう説明しながら、最後に身を乗り上げる。抱っこされた状態で立ち上がれば、当然身体は不安定になる。慌てて抱きとめたルシファーの頬に「これはリリスの分」と言いおいて、唇を押し当てた。
一瞬で威圧が半減する。同時に曇っていた空に光が差した。渦巻いた黒い雲が風に流され、徐々に地上へ光を落とし始める。明るくなると息苦しさが軽くなる気がした。無意識に深呼吸した少女達が頬を緩める。
突然のリリスの行動に、折角立ち上がったアスタロトの膝から力が抜ける。膝をついて溜め息をもらす側近の様子に、我に返ったルシファーが周囲を見回した。真っ青な顔のベルゼビュートは地面に座り込み、ヤンは丸くなって震えている。
まだ成長過程の少女達は魔力酔いを起こしたらしく、全員顔色が悪かった。ルーシアに至っては失神している。正面の木に叩きつけられたアムドゥスキアスの姿に、大急ぎで気持ちを鎮めた。まず最初にしなければならないのは、威圧を抑えることだ。
「……すまない」
情けないことに、口をついたのは謝罪だった。リリスが絡むと視野が狭くなる自覚はあったが、ここまで我を失ったのは己の弱さだ。奪われると考えた瞬間、頭が沸騰して思考が停止した。ただ彼女を奪う存在を排除しようと本能的に動いたのだ。
昨年のリリスを傷つけられた事件以来、彼女を片時も離さず生活してきた。それでも失いかけた事実と傷は癒えていない。彼女を奪おうとする存在がいたら、先に殺してしまえばいい。物騒な考えが先に立った結果、暴走した自分を反省するしかなかった。
「けほ……っ」
どさっと倒れ込んだアムドゥスキアスは、翡翠の鱗も剥がれるほど傷ついていた。魔力が暴走しないよう注意しながら、描いた治癒魔法陣を発動させる。ドラゴン種族の鱗は頑強で、滅多に傷がついたり剥がれることはない。血を吐くほど傷ついた姿から、内臓や骨まで傷めた事実は一目瞭然だった。
近づいて膝をつき、白い手を伸ばしてアムドゥスキアスの頭上に翳す。魔法陣と合わせ、直接魔力を注いで治癒した方が早い。治癒の魔法陣の適用範囲を拡大し、少女達も含んだ。
背に広げた8枚の翼を4枚まで制御し、心を落ち着ける深呼吸を繰り返しながら魔力を注ぎ続ける。あたり一面が銀色に光り、ルシファーの髪が魔力に舞い踊った。全員の治癒状態を確認して、ようやく魔力を散らした。
「落ち着かれましたか、ルシファー様」
怒りを滲ませたアスタロトが歩み寄り、拳骨を作って膝をついたままのルシファーの頭に下した。
23
お気に入りに追加
4,953
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」
「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」
公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。
理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。
王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!
頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2021/08/16 「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
※2021/01/30 完結
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです!
12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。
両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪
ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/07/06……完結
2024/06/29……本編完結
2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位
2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位
2024/04/01……連載開始
死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります
みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」
私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。
聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?
私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。
だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。
こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。
私は誰にも愛されていないのだから。
なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。
灰色の魔女の死という、極上の舞台をー
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる