501 / 1,397
36章 視察旅行は危険がいっぱい
498. 猫ぱんちではありませぬ
しおりを挟む
「うわぁ……」
血腥い光景に眉をひそめる。
「リリスは見ちゃいけません」
「あい」
言われた通り両手で目を覆うリリスだが、指の間からこっそり見てしまう。さっきまで剣を構えていた手が千切れ、立っていた足が輪切りになり、腹部から内臓が零れるのを……。
「パパ……リリスも狩りしたい」
「これは狩りじゃないから、真似しちゃダメだ。狩りは後にしような」
さりげなく向きを変えて、手の隙間から見ているリリスの視界から惨劇を隠す。今さら血や内臓で具合が悪くなるリリスとも思えないが、積極的に幼子に見せたい光景でないのは確かだった。
「あとで?」
「そう。何がいい? コカトリスか、ワイバーンか。オークでもいいぞ」
リリスが好みそうな獲物を上げていければ、素直に誘導される幼女は「うーん」と唸る。両手でまだ顔を覆ったまま真剣に考え込んだ。
「コカトリスの唐揚げする!」
それは獲物の種類を通り越した調理方法なのだが、リリスは夕食のリクエストをした。それが結論だ。ルシファーに否やはない。
「よし。この現場と調査を終えて、コカトリスを狩ろう」
惨状を見せないために背を向けたルシファーだが、背後に感じる小さな魔力に気づいて振り返る。頭上に振りかざした剣が銀光を弾き、一気に振り下ろされた。
「陛下ッ!!」
叫んだベルゼビュートだが、転移してこない。それどころか、足元の獲物に剣を突き立てて止めを刺した。今までの人族は叫びながら襲い掛かることが多い印象だが、この男は終始無言だった。その点に加え、太刀筋も悪くない。
「悪くないが、振り被り過ぎだ」
きょとんとした顔で手を離したリリスの少し上で、ルシファーは手のひらをかざして剣を止めた。表面に張られた結界が剣の刃を防いだのだ。直後、小山程の巨体とは思えぬ俊敏さを発揮したヤンが前足で男を薙ぎ払った。
吹き飛んだ男は大木に叩きつけられ、真っ赤に幹を染めて転がり落ちる。ピクリとも動かない人族に「ふん」と鼻を鳴らしたヤンが得意げに胸を反らす。それから甘えるように鼻先をリリスとルシファーに近づけた。
「おお! 今のパンチは見事だ」
褒めて鼻先を撫でてやる。ルシファーやリリスに当たらぬぎりぎりの位置を、フルスイングだった。しかも敵は一撃で沈み、リリスは大喜びである。
「すごぉい!! ヤン、今の猫ぱんち、もっかい!!」
「……姫、あれは猫ぱんちではありませぬ」
「もっかい! 猫ぱんち!!」
「…………」
無言になったヤンの顎や鼻先を撫でながら、ルシファーが小声で謝る。
「悪いな。ちゃんと狼だと教えているのだが」
「姫はやはり、我に『にゃん』と名付けようとされたのではありませぬか?」
過去の疑惑がじわりと浮かび上がろうとするのを、ルシファーは全力で沈めにかかった。ここは触れてはならぬ深淵であり、開けてはいけない禁断の扉だ。実はルシファーも同様の疑惑を持っていたなんて知られたら、本気でヤンが落ち込むだろう。心折れて、浮上できなくなるかもしれない。
「それはないぞ。格好いいじゃないか、ヤン! 凛々しい名で呼びやすくてオレは好きだ」
「我が君がそう仰るなら」
なぜか照れながら納得された。なんとか危険を回避したルシファーは、ぽんぽんとヤンの鼻先を軽く叩いて微笑んだ。
銀鎖を揺らしてしゃらんと軽やかな音をさせたリリスの前で、ルーサルカが土の壁を建て穴を掘る。落ちた人族をシトリーの風が切り裂いた。そのまま埋めるのかと思えば、地上を平らにならして死体を並べる。
隣でレライエが作った炎が、魔術師の火炎を巻き込んで彼らを襲った。悲鳴を上げて逃げる魔術師に氷の刃を突き立てたルーシアが、舞うように優雅な動きで止めを刺していく。
手分けして獲物を仕留めた4人の少女達は、リリスに微笑んで手を振った。ワンピースや手足に返り血が飛んでいるのはご愛敬だ。リリスも無邪気に手を振り返した。
「さて……死体だが」
「それならば、魔熊の餌になりますぞ。奴らは冬眠前ですから喜びましょう!」
ヤンの言葉に、なるほどと納得した。人族の肉は好んで食べる程美味しい物ではないと聞くが、食料として認識されている。つまり襲ってまで食べたい味でなくとも腹は満たせる類の餌だった。今の時期なら何でも食べる魔熊にとって、十分な量だろう。
「魔熊族を呼べ」
「はっ」
一礼して身を伏せたヤンが少し後ずさり、離れてから身を起こした。大きく息を吸い込むと、獣の王と呼ばれる貫禄たっぷりの遠吠えを放つ。集まった魔熊に事情を説明すると、恐縮しながらも喜んで回収してくれた。
血腥い光景に眉をひそめる。
「リリスは見ちゃいけません」
「あい」
言われた通り両手で目を覆うリリスだが、指の間からこっそり見てしまう。さっきまで剣を構えていた手が千切れ、立っていた足が輪切りになり、腹部から内臓が零れるのを……。
「パパ……リリスも狩りしたい」
「これは狩りじゃないから、真似しちゃダメだ。狩りは後にしような」
さりげなく向きを変えて、手の隙間から見ているリリスの視界から惨劇を隠す。今さら血や内臓で具合が悪くなるリリスとも思えないが、積極的に幼子に見せたい光景でないのは確かだった。
「あとで?」
「そう。何がいい? コカトリスか、ワイバーンか。オークでもいいぞ」
リリスが好みそうな獲物を上げていければ、素直に誘導される幼女は「うーん」と唸る。両手でまだ顔を覆ったまま真剣に考え込んだ。
「コカトリスの唐揚げする!」
それは獲物の種類を通り越した調理方法なのだが、リリスは夕食のリクエストをした。それが結論だ。ルシファーに否やはない。
「よし。この現場と調査を終えて、コカトリスを狩ろう」
惨状を見せないために背を向けたルシファーだが、背後に感じる小さな魔力に気づいて振り返る。頭上に振りかざした剣が銀光を弾き、一気に振り下ろされた。
「陛下ッ!!」
叫んだベルゼビュートだが、転移してこない。それどころか、足元の獲物に剣を突き立てて止めを刺した。今までの人族は叫びながら襲い掛かることが多い印象だが、この男は終始無言だった。その点に加え、太刀筋も悪くない。
「悪くないが、振り被り過ぎだ」
きょとんとした顔で手を離したリリスの少し上で、ルシファーは手のひらをかざして剣を止めた。表面に張られた結界が剣の刃を防いだのだ。直後、小山程の巨体とは思えぬ俊敏さを発揮したヤンが前足で男を薙ぎ払った。
吹き飛んだ男は大木に叩きつけられ、真っ赤に幹を染めて転がり落ちる。ピクリとも動かない人族に「ふん」と鼻を鳴らしたヤンが得意げに胸を反らす。それから甘えるように鼻先をリリスとルシファーに近づけた。
「おお! 今のパンチは見事だ」
褒めて鼻先を撫でてやる。ルシファーやリリスに当たらぬぎりぎりの位置を、フルスイングだった。しかも敵は一撃で沈み、リリスは大喜びである。
「すごぉい!! ヤン、今の猫ぱんち、もっかい!!」
「……姫、あれは猫ぱんちではありませぬ」
「もっかい! 猫ぱんち!!」
「…………」
無言になったヤンの顎や鼻先を撫でながら、ルシファーが小声で謝る。
「悪いな。ちゃんと狼だと教えているのだが」
「姫はやはり、我に『にゃん』と名付けようとされたのではありませぬか?」
過去の疑惑がじわりと浮かび上がろうとするのを、ルシファーは全力で沈めにかかった。ここは触れてはならぬ深淵であり、開けてはいけない禁断の扉だ。実はルシファーも同様の疑惑を持っていたなんて知られたら、本気でヤンが落ち込むだろう。心折れて、浮上できなくなるかもしれない。
「それはないぞ。格好いいじゃないか、ヤン! 凛々しい名で呼びやすくてオレは好きだ」
「我が君がそう仰るなら」
なぜか照れながら納得された。なんとか危険を回避したルシファーは、ぽんぽんとヤンの鼻先を軽く叩いて微笑んだ。
銀鎖を揺らしてしゃらんと軽やかな音をさせたリリスの前で、ルーサルカが土の壁を建て穴を掘る。落ちた人族をシトリーの風が切り裂いた。そのまま埋めるのかと思えば、地上を平らにならして死体を並べる。
隣でレライエが作った炎が、魔術師の火炎を巻き込んで彼らを襲った。悲鳴を上げて逃げる魔術師に氷の刃を突き立てたルーシアが、舞うように優雅な動きで止めを刺していく。
手分けして獲物を仕留めた4人の少女達は、リリスに微笑んで手を振った。ワンピースや手足に返り血が飛んでいるのはご愛敬だ。リリスも無邪気に手を振り返した。
「さて……死体だが」
「それならば、魔熊の餌になりますぞ。奴らは冬眠前ですから喜びましょう!」
ヤンの言葉に、なるほどと納得した。人族の肉は好んで食べる程美味しい物ではないと聞くが、食料として認識されている。つまり襲ってまで食べたい味でなくとも腹は満たせる類の餌だった。今の時期なら何でも食べる魔熊にとって、十分な量だろう。
「魔熊族を呼べ」
「はっ」
一礼して身を伏せたヤンが少し後ずさり、離れてから身を起こした。大きく息を吸い込むと、獣の王と呼ばれる貫禄たっぷりの遠吠えを放つ。集まった魔熊に事情を説明すると、恐縮しながらも喜んで回収してくれた。
23
お気に入りに追加
4,953
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」
「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」
公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。
理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。
王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!
頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2021/08/16 「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
※2021/01/30 完結
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです!
12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。
両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪
ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/07/06……完結
2024/06/29……本編完結
2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位
2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位
2024/04/01……連載開始
死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります
みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」
私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。
聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?
私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。
だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。
こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。
私は誰にも愛されていないのだから。
なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。
灰色の魔女の死という、極上の舞台をー
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる