上 下
495 / 1,397
36章 視察旅行は危険がいっぱい

492. 家が欲しいです

しおりを挟む
 きょとんとした顔でアベルが見つめ返し、慌てて俯いた。他人の顔を凝視するのは失礼だと、祖母に叱られた記憶が脳裏に蘇る。

 衣食住と満ち足りた現状で、今後の生活を維持する仕事も与えてもらえる。何が不足かもわからないのが本音だった。

 学生であり一人暮らしの経験もない。この世界の常識も中途半端なので、悩んでしまった。そういえば人族の魔術師は偉そうに上から目線で叱るだけだったが、きちんと習えば魔法が使えるだろうか。

「魔法を覚えたいのですが、どなたか先生をご紹介いただけると助かります」

「確かに使えた方が便利だろう。心あたりがあるゆえ、手配しよう」

 あっさりとアベルの願いが通ったのを見て、アンナがおずおずと口を開いた。

「あの……私は兄と暮らせる家が、欲しいです。もちろんローンでお支払いしますけど」

「ローン、とは?」

 この世界はローンがないのか、ルシファーが不思議そうな顔をする。彼らは誰も気づかなかったが、魔族の中にも割賦払いの制度は存在した。ただ魔王自身は利用した経験がないため、わからなかっただけだ。この場にベールやアスタロトがいれば、淡々と説明しただろう。

 大きな買い物をする時に数回に分ける割賦払いは、街で尋ねれば簡単にシステムを教えてもらえる。そのことを召喚者達が知って「世間知らずの魔王様とか、ないわ」と遠い目をするのは、数ヶ月後のことだった。

「中古で構わないので、空家を貸してもらえますか?」

 妹が豪華すぎる城に馴染めないのは仕方ない。城下町ダークプレイスがあるのだから、仕事は通えばいい。イザヤは別の方法を提示した。ローンがなくて買えないなら、借りればいい。アパートの考え方である。

「あ、僕も自分だけの家が欲しいです」

 積極的に考えて動く彼らの様子に、良い傾向だとルシファーは目を細めた。ぐいっと髪を引っ張られて俯くと、リリスが一生懸命に髪を編んでいる。さらさらして編みにくい純白の髪に、手が届く範囲で摘んだ花を差し込んだ。編むというより絡めただけだ。

「パパ、みて! すごい可愛い」

「そうか? ありがとう、器用だな。でも可愛いのはリリスだぞ」

 息をするように幼女を褒めて口説くどくルシファーは、髪を掴んだままの彼女に顔を近づけて手元を覗き込んだ。長いまつ毛で目元に影がかかると、角度によっては女性のような表情を見せる。穏やかに笑みを浮かべた魔王の姿に、アンナは素直に感嘆の声をあげた。

「魔王様は美形イケメンね~」

「家の問題と魔法の教師は用意させる。後は思いついたら都度つど連絡してくれ」

 リリスが編んだ髪を花ごと固定して、ルシファーは嬉しそうに指先でつつく。話に向いている意識は半分ほどだろう。微笑ましい光景に駆け込んできたのは、ルーサルカだった。

「陛下、リリス様、ご歓談中に失礼いたします」

 跪礼をして声掛りを待つ少女は、白茶の尻尾を機嫌よく揺らす。何やら良い知らせだろうと予想し、「いかがした?」と問いかけた。

「リリス様の新しいドレスが届きました。ぜひ試着をお願いしたく……」

「ドレス?」

 頼んだ記憶がない。サンダルは頼もうとしたが、アスタロトに止められた。声に滲んだ疑問の響きに、ルーサルカは微笑む。

「リリス様と出会って10年目の記念に、私達がお金を出し合って作りました」

 そこで言葉を切って、リリスに向かい手を差し出した。

「リリス様の好きなピンクにしましたの。袖を通してくださいませ」

「ルカとみんなで? リリスがもらえるの?」

 驚いた様子のリリスがルシファーを振り返り、幸せそうに笑った。それからクッションから飛び降りてよろめきながら、笑顔で待つルーサルカの手を握る。

「ありがと! すぐ着替える! 行こう!!」

「すぐに行く。先に行ってくれ」

 危険なのでリリスの靴を履き替えさせたあと、ルシファーが彼女らを送り出した。はしゃぐリリスを連れたルーサルカの背中が見えなくなる頃、ルシファーは3人に向き直る。

「そなたらの召喚は、我ら魔族が知らぬ蛮行とはいえ、申し訳ないことをした。世界をべる王として謝罪する。帰れない以上、生活も仕事も責任を持って用意させるが、しばらくは城で生活して基本的な知識や常識を身につけるとよい」

 口々に礼を言う3人に頷き、心残りを昇華したルシファーはゆったりとガゼボを後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身勝手な理由で婚約者を殺そうとした男は、地獄に落ちました【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「おい、アドレーラ。死んだか?」 私の婚約者であるルーパート様は、私を井戸の底へと突き落としてから、そう問いかけてきました。……ルーパート様は、長い間、私を虐待していた事実が明るみになるのを恐れ、私を殺し、すべてを隠ぺいしようとしたのです。 井戸に落ちたショックで、私は正気を失い、実家に戻ることになりました。心も体も元には戻らず、ただ、涙を流し続ける悲しい日々。そんなある日のこと、私の幼馴染であるランディスが、私の体に残っていた『虐待の痕跡』に気がつき、ルーパート様を厳しく問い詰めました。 ルーパート様は知らぬ存ぜぬを貫くだけでしたが、ランディスは虐待があったという確信を持ち、決定的な証拠をつかむため、特殊な方法を使う決意をしたのです。 そして、すべてが白日の下にさらされた時。 ルーパート様は、とてつもなく恐ろしい目にあうことになるのでした……

呪われた子と、家族に捨てられたけど、実は神様に祝福されてます。

光子
ファンタジー
前世、神様の手違いにより、事故で間違って死んでしまった私は、転生した次の世界で、イージーモードで過ごせるように、特別な力を神様に授けられ、生まれ変わった。 ーーー筈が、この世界で、呪われていると差別されている紅い瞳を宿して産まれてきてしまい、まさかの、呪われた子と、家族に虐められるまさかのハードモード人生に…! 8歳で遂に森に捨てられた私ーーキリアは、そこで、同じく、呪われた紅い瞳の魔法使いと出会う。 同じ境遇の紅い瞳の魔法使い達に出会い、優しく暖かな生活を送れるようになったキリアは、紅い瞳の偏見を少しでも良くしたいと思うようになる。 実は神様の祝福である紅の瞳を持って産まれ、更には、神様から特別な力をさずけられたキリアの物語。 恋愛カテゴリーからファンタジーに変更しました。混乱させてしまい、すみません。 自由にゆるーく書いていますので、暖かい目で読んで下さると嬉しいです。

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

婚約破棄され、聖女を騙った罪で国外追放されました。家族も同罪だから家も取り潰すと言われたので、領民と一緒に国から出ていきます。

SHEILA
ファンタジー
ベイリンガル侯爵家唯一の姫として生まれたエレノア・ベイリンガルは、前世の記憶を持つ転生者で、侯爵領はエレノアの転生知識チートで、とんでもないことになっていた。 そんなエレノアには、本人も家族も嫌々ながら、国から強制的に婚約を結ばされた婚約者がいた。 国内で領地を持つすべての貴族が王城に集まる「豊穣の宴」の席で、エレノアは婚約者である第一王子のゲイルに、異世界から転移してきた聖女との真実の愛を見つけたからと、婚約破棄を言い渡される。 ゲイルはエレノアを聖女を騙る詐欺師だと糾弾し、エレノアには国外追放を、ベイリンガル侯爵家にはお家取り潰しを言い渡した。 お読みいただき、ありがとうございます。

猫耳幼女の異世界騎士団暮らし

namihoshi
ファンタジー
来年から大学生など田舎高校生みこ。 そんな中電車に跳ねられ死んだみこは目が覚めると森の中。 体は幼女、魔法はよわよわ。 何故か耳も尻尾も生えている。 住むところも食料もなく、街へ行くと捕まるかもしれない。 そんな状況の中みこは騎士団に拾われ、掃除、料理、洗濯…家事をして働くことになった。 何故自分はこの世界にいるのか、何故自分はこんな姿なのか、何もかもわからないミコはどんどん事件に巻き込まれて自分のことを知っていく…。 ストックが無くなりました。(絶望) 目標は失踪しない。 がんばります。

勇者がアレなので小悪党なおじさんが女に転生されられました

ぽとりひょん
ファンタジー
熱中症で死んだ俺は、勇者が召喚される16年前へ転生させられる。16年で宮廷魔法士になって、アレな勇者を導かなくてはならない。俺はチートスキルを隠して魔法士に成り上がって行く。勇者が召喚されたら、魔法士としてパーティーに入り彼を導き魔王を倒すのだ。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

処理中です...