488 / 1,397
35章 勇者や聖女なんて幻想
485. 謝罪は本音で真摯に伝える
しおりを挟む
怯える勇者を放置して、ルシファーが立ち上がった。扉を開くと、ベッドではなく床の上でリリスが目元を擦る。精神侵略が解けて目が覚めたので、自分でベッドから下りようとしたらしい。シーツごと滑り落ちた幼女は、床の上にぺたりと足を投げ出して座っていた。
目元が少し赤い。
「落ちたのか? 痛いところはあるか、リリス」
抱き上げようと伸ばした手に、リリスは素直にしがみ付いた。先ほどの癇癪が嘘のように、大人しくルシファーの髪を握る。
「ここ、痛い」
お尻を撫でて呟くので、治癒魔法陣を2つほど使用する。念には念を入れた過保護な対応に、アスタロトが「尻もち程度で甘いんですから」とぼやく。寝起きのむずがる仕草に似たリリスの甘えに、ルシファーの顔が和らいだ。
「もう平気だろう。おいで」
抱っこしたまま歩いていくと、再びソファに腰掛けた。膝の上で座らせようとするが、向かい合わせに抱き着いて離れない。長いローブで彼女の足を隠しながら、左側で頭を抱えて震えるアベルに目を向けた。もしかして処断されるとでも思ったんだろうか。
「アベル、話を中断して悪かった。続けてくれ」
穏やかに語り掛けると、そっと顔を上げたアベルがソファに戻る。
「お兄ちゃんも落ちたの?」
「リリスとお揃いだな」
黒髪を撫でて囁くと、頷いたリリスがアベルの方を向いた。その赤い瞳に恨みや恐怖などの暗い感情は一切なく、真っすぐにアベルの瞳を覗きこむ。
外国人だった祖父の隔世遺伝で青い目をしたアベルは、居心地が悪くて目を逸らした。日本人は黒や濃茶の瞳なので、青いだけで異端の目で見られる。正面から目を見て話をするのは祖母だけだったため、なんだか恥ずかしくなってしまう。
「お兄ちゃんのお目目は、シアやベルちゃんと同じね」
謝ろうと口を開きかけたタイミングでの言葉に、ぽろりと涙がこぼれた。この世界では異端色じゃないと理解しても、こうやって肯定されると嬉しい。
「こないだは、ごめんなさい。手を払ったし、花も踏んで……本当にごめんなさい」
本心から謝れた。こんな真っすぐな子を、どうして暗い感情で傷つけたのか。泣き出しそうだったあの瞬間が、棘となって胸に痛みをもたらす。本当に悪いことをしたと心の底から思った。どれだけ反省しても足りないだろうけど、気持ちを言葉にするのは勇気がいるけど、逃げる気はない。
きっちり頭を下げたアベルに、幼女は「いいよ」と軽く許しを与えた。びっくりして顔を上げれば、彼女は大きな瞳を瞬きして笑う。小さな手を振ってくれるので、反射的に手を振り返した。すぐに我に返って、両手を膝の上に揃える。
「魔王様にもご迷惑かけて、すみません。僕がお姫様を怖がらせて、酷いことをしました……会議にも口出ししてすみませんでした。不安で、いない間に処刑が決まるかもと思ったんです。欠席した会議で役目を押し付けられたことがあって、恐かったから……疑ってしまいました」
「仕方あるまい。世界も常識さえも違うのだ。多少のトラブルは想定している。ただ、この子を泣かすことは二度としてくれるな」
誰でも失敗はある。魔族同士でも習性や考え方の違いで、似たような騒動は起きていた。それは仕方のないことだが、二度目は故意の行為と見做される。謝罪で許してやれるのは、実害がない初回のトラブルだけなのだから。
「はい」
しっかりと頷いたアベルへアスタロトが何か言いかけた時、部屋の扉をノックする音が響いた。
「ロキちゃんだ」
魔力の色で判断したリリスのはしゃいだ声に、ルシファーが苦笑して「入れ」と許可を出す。他の魔族は魔力の微妙な違いで相手を見分けるが、色で視るリリスの判断は的確で早い。開いた扉の向こうから、興奮した様子のルキフェルが顔を覗かせた。
「大発見だよ! ……あれ? 勇者もいるんだ」
声のトーンが少し下がる。彼はまだアベルに対して思うところがあるのだろう。表に出すあたりは子供だが、咎めても感情が拗れるだけだ。
「大発見の報告か?」
「うん。あの異世界への魔法陣は――」
語られた驚きの内容に、誰もが言葉を失くした。
目元が少し赤い。
「落ちたのか? 痛いところはあるか、リリス」
抱き上げようと伸ばした手に、リリスは素直にしがみ付いた。先ほどの癇癪が嘘のように、大人しくルシファーの髪を握る。
「ここ、痛い」
お尻を撫でて呟くので、治癒魔法陣を2つほど使用する。念には念を入れた過保護な対応に、アスタロトが「尻もち程度で甘いんですから」とぼやく。寝起きのむずがる仕草に似たリリスの甘えに、ルシファーの顔が和らいだ。
「もう平気だろう。おいで」
抱っこしたまま歩いていくと、再びソファに腰掛けた。膝の上で座らせようとするが、向かい合わせに抱き着いて離れない。長いローブで彼女の足を隠しながら、左側で頭を抱えて震えるアベルに目を向けた。もしかして処断されるとでも思ったんだろうか。
「アベル、話を中断して悪かった。続けてくれ」
穏やかに語り掛けると、そっと顔を上げたアベルがソファに戻る。
「お兄ちゃんも落ちたの?」
「リリスとお揃いだな」
黒髪を撫でて囁くと、頷いたリリスがアベルの方を向いた。その赤い瞳に恨みや恐怖などの暗い感情は一切なく、真っすぐにアベルの瞳を覗きこむ。
外国人だった祖父の隔世遺伝で青い目をしたアベルは、居心地が悪くて目を逸らした。日本人は黒や濃茶の瞳なので、青いだけで異端の目で見られる。正面から目を見て話をするのは祖母だけだったため、なんだか恥ずかしくなってしまう。
「お兄ちゃんのお目目は、シアやベルちゃんと同じね」
謝ろうと口を開きかけたタイミングでの言葉に、ぽろりと涙がこぼれた。この世界では異端色じゃないと理解しても、こうやって肯定されると嬉しい。
「こないだは、ごめんなさい。手を払ったし、花も踏んで……本当にごめんなさい」
本心から謝れた。こんな真っすぐな子を、どうして暗い感情で傷つけたのか。泣き出しそうだったあの瞬間が、棘となって胸に痛みをもたらす。本当に悪いことをしたと心の底から思った。どれだけ反省しても足りないだろうけど、気持ちを言葉にするのは勇気がいるけど、逃げる気はない。
きっちり頭を下げたアベルに、幼女は「いいよ」と軽く許しを与えた。びっくりして顔を上げれば、彼女は大きな瞳を瞬きして笑う。小さな手を振ってくれるので、反射的に手を振り返した。すぐに我に返って、両手を膝の上に揃える。
「魔王様にもご迷惑かけて、すみません。僕がお姫様を怖がらせて、酷いことをしました……会議にも口出ししてすみませんでした。不安で、いない間に処刑が決まるかもと思ったんです。欠席した会議で役目を押し付けられたことがあって、恐かったから……疑ってしまいました」
「仕方あるまい。世界も常識さえも違うのだ。多少のトラブルは想定している。ただ、この子を泣かすことは二度としてくれるな」
誰でも失敗はある。魔族同士でも習性や考え方の違いで、似たような騒動は起きていた。それは仕方のないことだが、二度目は故意の行為と見做される。謝罪で許してやれるのは、実害がない初回のトラブルだけなのだから。
「はい」
しっかりと頷いたアベルへアスタロトが何か言いかけた時、部屋の扉をノックする音が響いた。
「ロキちゃんだ」
魔力の色で判断したリリスのはしゃいだ声に、ルシファーが苦笑して「入れ」と許可を出す。他の魔族は魔力の微妙な違いで相手を見分けるが、色で視るリリスの判断は的確で早い。開いた扉の向こうから、興奮した様子のルキフェルが顔を覗かせた。
「大発見だよ! ……あれ? 勇者もいるんだ」
声のトーンが少し下がる。彼はまだアベルに対して思うところがあるのだろう。表に出すあたりは子供だが、咎めても感情が拗れるだけだ。
「大発見の報告か?」
「うん。あの異世界への魔法陣は――」
語られた驚きの内容に、誰もが言葉を失くした。
23
お気に入りに追加
4,927
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~
大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア
8さいの時、急に現れた義母に義姉。
あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。
侯爵家の娘なのに、使用人扱い。
お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。
義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする……
このままじゃ先の人生詰んでる。
私には
前世では25歳まで生きてた記憶がある!
義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから!
義母達にスカッとざまぁしたり
冒険の旅に出たり
主人公が妖精の愛し子だったり。
竜王の番だったり。
色々な無自覚チート能力発揮します。
竜王様との溺愛は後半第二章からになります。
※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。
※後半イチャイチャ多めです♡
※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。
【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。
112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。
目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。
死にたくない。あんな最期になりたくない。
そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる