上 下
487 / 1,397
35章 勇者や聖女なんて幻想

484. 無理矢理は犯罪です!

しおりを挟む
「パパ、これはやっ!」

「投げちゃダメだぞ、リリス、投げるな」

 叫んだが遅かった。飛んできた机の上の小物を、つぎつぎと受け止めていく。癇癪かんしゃくを起したリリスを宥め損ねたルシファーは、多めに魔力を放出した。強制的にリリスの手足を魔力で縛り、隣の部屋のベッドへ飛ばして押さえつける。

 背に走った痛みに一瞬顔を歪めるが、すぐに取り繕ったルシファーがベッドで暴れる幼女の隣に腰掛けた。機嫌が悪いリリスは赤い瞳を潤ませ、黒髪を振り乱して泣き叫んでいる。過去にもこういった癇癪は何度も見たが、今回は声を枯らさんばかりの声に喉を傷めて咳き込むほど興奮していた。

「リリス、おちついて」

「さわっ、なぃで! やああぁ!! うわぁ~ん、いやだも、んッ」

 話が出来る状態ではないので、仕方なくそのまま見守ることにした。少しすれば落ち着くだろうと触れるのも我慢して、彼女の両脇に手をついた。さらりと背を滑る純白の髪が、幼女の上に降り注ぐ。しゃくり上げながら泣き続けるリリスの姿に、自然と眉尻が下がった。

 泣きすぎて苦しそうだが、今触ると彼女の癇癪がまた始まりそうで……困惑顔でただ見守る。抱き上げてあやしたら、さらに興奮して怒り出すだろう。過去の経験から、彼女の気が済むまで泣かせるしかない。

「陛下……さすがに無理矢理は犯罪です! いくら魔王妃となるリリス嬢相手でも、まだ3歳ですよ? あと20年ほど我慢なさってください」

 淡々と言い聞かせる声が耳に飛び込んで、ルシファーは顔を上げた。侍従のベリアルが大きく溜め息をつき、現状がどう見えるのかルシファーは今更ながら気づく。

「誤解だっ!」

 どう見ても、無理矢理幼女を襲って泣かせた極悪人だ。慌てて身を起こすと、すこし落ち着いていたリリスがまた泣き出した。

「うぁあああ! パパのばかぁ!!」

「え? ちょ……、ど、どうしたら」

 近くにいても泣くし、離れたらもっと泣く。動けなくなって固まるルシファーが「オレが泣きたい」と呟いた。呆れ顔のベリアルを押し除け、頼りになる側近が顔を見せる。

「おや、ついに襲いましたか」

「襲ってない!!」

「パパのばかぁ!! っ、う……ぁあああ」

 大声に反応してまた泣き出す。がくりと項垂れるルシファーに、くすくす笑うアスタロトが歩み寄った。魔力によりベッドに拘束されたリリスの目の前に、白い手をかざす。ひらりと指を動かすと、ぴたりと泣き止んだ。

「おい……操るな」

「このままにするわけにいかないでしょう。すぐに解放しますから妥協してください」

 むっと唇を尖らせるルシファーだが、確かにこのまま動けずにいるわけにいかない。アスタロトの言葉通りに妥協し、吸血鬼特有の精神侵略を見逃した。

 ぼんやりと手を見るリリスの赤い瞳が光を消す。ゆっくり目蓋を伏せて、眠るように意識を失った。そこでようやく、アスタロトが翳した手を戻す。

 リリスがケガをしてないか確認し、ほっと息をついた。ペンの隣の短剣を掴んだときは、手を切るんじゃないかと焦った。ペーパーナイフ代わりに使っているが、本物の刃が付いていたのだ。

 久しぶりに使った能力の副作用で、軽い脱力感がアスタロトを襲う。眉をひそめる彼の姿に、ルシファーが小声で話しかけた。

「大丈夫か?」

「ええ、久しぶりなのと……リリス嬢の魔力による抵抗が大きくて、疲れました」

 魔力量が多いほど抵抗が大きい。幼女でなく本気で抵抗されたら、封じるのはかなり難しかった。苦笑いしたアスタロトが、思い出したように後ろを振り返る。

「そういえば、廊下に勇者がいましたが……?」

「陛下の許可を得てご案内しました」

 ようやく案内の役目を果たせたベリアルが一礼し、廊下のアベルに向き直ると――両手で耳を覆って目を閉じた勇者がいた。どうやら気を使わせてしまったようだ。

「……部屋に通してくれ」

「同席させていただきます」

 頷くルシファーの許可を得て、ベリアルが案内した勇者と向き合って座る。ベッドがある部屋の扉を閉め、お茶の用意をしたベリアルは退出した。

 見てはいけない場面に遭遇した勇者、幼女を襲った容疑を拭えない魔王。最悪の状況で実現した面会に、アベルは内心で焦っていた。もしかして『目撃者は処分する』方針だったら、どうしよう。

「勇者アベルが面会を求めたのですか?」

 緊迫する場をアスタロトの声が破る。ほっとしながら「はい」と頷いたアベルは、ちらりと視線を隣室へ向けた。

 本当なら、あの子に直接謝りたかったのだけど。今はそれを切り出せる勇気がない。ごくりと喉を鳴らして唾を飲み込み、ぎゅっと拳を握りしめた。

「僕は魔王様と姫様にお詫びを……」

 鼓動が大きな音を立てて、鼓膜を破りそうな錯覚が全身を震わせる。緊張が最高潮に達したところに、ガタンと派手な音がして、アベルは頭を抱えて悲鳴をあげた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

処理中です...