481 / 1,397
35章 勇者や聖女なんて幻想
478. 何も聞かないんですか?
しおりを挟む
踵を返した魔王を見送ったアスタロトは、立ち尽くす青年を振り返った。僅か20年に満たぬ短い時間しか生きていない若者は、長寿のアスタロト達から見れば卵同然だ。幼過ぎて感情に振り回される様は、見ていて痛ましいほどだった。
「こちらへどうぞ」
促して歩き出すと、アベルが座り込んだ。芝の上で踏まれた花の中に、まだ生きている白い花が残っている。それを拾い上げる彼の仕草に、誤解が誤解を生んだパターンだと溜め息を吐いた。
このタイプの性格をした者は、他者に同情されると跳ねのける。本来は素直なのだが言葉にするのに多少の時間がかかり、謝ろうとする頃には誤解が膨らんで取り返しがつかなくなるのだ。悲劇の裏でアベルのような青年が苦しむのを何度も見た。
彼が落ち着くまで待つか。気長に対応する気になったのは、取り急ぎの仕事がなかったこと。なにより以前に気づけず見過ごしてしまった失態を思い出したからだ。助けられた命を見殺しにした経験が、アスタロトの苦い感情を呼び起こした。
「あの、お待たせしました」
拾った花を手の上に乗せたアベルを待って、頷いたアスタロトは東屋がある庭の奥へ足を進める。薔薇のガゼボは日当たり重視で噴水近くの明るい場所に設置されたが、木造の東屋は木陰となる庭の奥へ建てられた。
外から辛うじて存在がわかる程度の存在感の薄さから、よくルシファーが昼寝に逃げ込んだ場所だ。茂みをわけて入り込むと、まるで森の中に隔離されたような空間が広がっていた。
あの人の昼寝場所のセンスには感心します、よく見つけましたね。内心で苦笑いして、東屋の椅子へクッションを並べた。
「座ってください」
「はい」
侍女を呼ぶ気はないので、手早くお茶を用意して彼の前に置いた。ずっと花を離さないアベルの手元に気づき、ガラスの器に水を満たして差し出す。顔を上げたアベルに「花を活けてはいかがですか」と提案した。頷いたアベルが、そっと水の上に白い花を乗せる。
浮いた花がガラス越しの光に輝いて見えた。
「……何も聞かないんですか? あの子を泣かせちゃったのに……」
「聞いて欲しいなら伺いますよ」
話しても話さなくてもいい。選択を委ねるアスタロトは、自分の前に用意したお茶に口をつけた。心が落ち着くよう用意したハーブティーのカップを両手で包んだアベルは、ぽつりぽつりと話し始める。まるでカップの中のお茶に話しかけるように。
「僕は別に、あの子を泣かせたかったんじゃ……ないんです。望んだんじゃないのに知らない世界で、嫌な思いばかりして。なのに先輩やアンナちゃんも、みんな僕が悪いみたいに言うけど。何か悪かったなら、言ってもらわなきゃ……わかんないよ」
途中から愚痴になって、手にしたカップにぽつりと雫が落ちる。感情が高ぶりすぎた涙を見ないフリで、アスタロトは「そうですか」と相槌を打った。
「僕がいなきゃ、僕が魔王様に助けを求めなきゃ……アンナちゃんも先輩も死んでたのに」
「それが悔しかったのですか?」
同調するようでいて、諭すような声にアベルは首を横に振った。
「違う、違うんだ! ただ……僕だけのけ者にして。僕がこんなに不幸なのに、あの子は幸せそうだったから……ッ。でも傷つけたかったんじゃない」
羨ましくて、意地悪をしたくなった。いきなり近づいてきたあの子の無邪気さが怖くて、差し出した手を弾いてしまったのだ。後ずさろうとして踏んだ花に、すこしだけ気分がすっとした。白い花に罪はなくて、あの子も悪くない。だったら僕が悪かったのかな。
呟く感情を黙って受け止めるアスタロトが「少し昔話をしましょうか」と切り出した。
「こちらへどうぞ」
促して歩き出すと、アベルが座り込んだ。芝の上で踏まれた花の中に、まだ生きている白い花が残っている。それを拾い上げる彼の仕草に、誤解が誤解を生んだパターンだと溜め息を吐いた。
このタイプの性格をした者は、他者に同情されると跳ねのける。本来は素直なのだが言葉にするのに多少の時間がかかり、謝ろうとする頃には誤解が膨らんで取り返しがつかなくなるのだ。悲劇の裏でアベルのような青年が苦しむのを何度も見た。
彼が落ち着くまで待つか。気長に対応する気になったのは、取り急ぎの仕事がなかったこと。なにより以前に気づけず見過ごしてしまった失態を思い出したからだ。助けられた命を見殺しにした経験が、アスタロトの苦い感情を呼び起こした。
「あの、お待たせしました」
拾った花を手の上に乗せたアベルを待って、頷いたアスタロトは東屋がある庭の奥へ足を進める。薔薇のガゼボは日当たり重視で噴水近くの明るい場所に設置されたが、木造の東屋は木陰となる庭の奥へ建てられた。
外から辛うじて存在がわかる程度の存在感の薄さから、よくルシファーが昼寝に逃げ込んだ場所だ。茂みをわけて入り込むと、まるで森の中に隔離されたような空間が広がっていた。
あの人の昼寝場所のセンスには感心します、よく見つけましたね。内心で苦笑いして、東屋の椅子へクッションを並べた。
「座ってください」
「はい」
侍女を呼ぶ気はないので、手早くお茶を用意して彼の前に置いた。ずっと花を離さないアベルの手元に気づき、ガラスの器に水を満たして差し出す。顔を上げたアベルに「花を活けてはいかがですか」と提案した。頷いたアベルが、そっと水の上に白い花を乗せる。
浮いた花がガラス越しの光に輝いて見えた。
「……何も聞かないんですか? あの子を泣かせちゃったのに……」
「聞いて欲しいなら伺いますよ」
話しても話さなくてもいい。選択を委ねるアスタロトは、自分の前に用意したお茶に口をつけた。心が落ち着くよう用意したハーブティーのカップを両手で包んだアベルは、ぽつりぽつりと話し始める。まるでカップの中のお茶に話しかけるように。
「僕は別に、あの子を泣かせたかったんじゃ……ないんです。望んだんじゃないのに知らない世界で、嫌な思いばかりして。なのに先輩やアンナちゃんも、みんな僕が悪いみたいに言うけど。何か悪かったなら、言ってもらわなきゃ……わかんないよ」
途中から愚痴になって、手にしたカップにぽつりと雫が落ちる。感情が高ぶりすぎた涙を見ないフリで、アスタロトは「そうですか」と相槌を打った。
「僕がいなきゃ、僕が魔王様に助けを求めなきゃ……アンナちゃんも先輩も死んでたのに」
「それが悔しかったのですか?」
同調するようでいて、諭すような声にアベルは首を横に振った。
「違う、違うんだ! ただ……僕だけのけ者にして。僕がこんなに不幸なのに、あの子は幸せそうだったから……ッ。でも傷つけたかったんじゃない」
羨ましくて、意地悪をしたくなった。いきなり近づいてきたあの子の無邪気さが怖くて、差し出した手を弾いてしまったのだ。後ずさろうとして踏んだ花に、すこしだけ気分がすっとした。白い花に罪はなくて、あの子も悪くない。だったら僕が悪かったのかな。
呟く感情を黙って受け止めるアスタロトが「少し昔話をしましょうか」と切り出した。
23
お気に入りに追加
4,927
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~
大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア
8さいの時、急に現れた義母に義姉。
あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。
侯爵家の娘なのに、使用人扱い。
お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。
義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする……
このままじゃ先の人生詰んでる。
私には
前世では25歳まで生きてた記憶がある!
義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから!
義母達にスカッとざまぁしたり
冒険の旅に出たり
主人公が妖精の愛し子だったり。
竜王の番だったり。
色々な無自覚チート能力発揮します。
竜王様との溺愛は後半第二章からになります。
※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。
※後半イチャイチャ多めです♡
※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。
【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。
112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。
目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。
死にたくない。あんな最期になりたくない。
そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる