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35章 勇者や聖女なんて幻想

477. 間違えてはマズイのか?

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「私も同じでした。陛下が求められたのは『報告』です。事実の説明を求められたのであり、私達の感情や想像は不要でした。ましてやリリス姫のお気持ちを勝手に推測するのは、与えられた役目と権限を越える行為です。言い訳もせず、事実のみをご説明された騎士イポス様の対応が正しかったのです」

「……また間違えたのね」

 ルーシアの説明に、ルーサルカが肩を落とす。拾われてからアスタロト公爵家の養女となった彼女は、あれこれと頑張りすぎている。助けられた恩を返そう、育ててくれる養父や養母の負担にならないよう頑張ろう。そんな思いが空回りしていた。

「間違えてはマズイのか?」

 それまで魔王としての立場を崩さなかったルシファーが、砕けた口調で肩を竦めた。手を伸ばし疲れたリリスを抱き上げ、膝の上に横抱きにする。純白の髪を握るリリスの指が、むずがるように目元を擦った。その手を止めさせ、取り出したハンカチで優しく拭う。

「陛下?」

 レライエの疑問へ、ルシファーはリリスの面倒を見ながら続けた。

「アスタロトやベールが完璧にこなすのは、彼らが数万年をオレの隣で過ごして互いを理解しているからだ。最初の頃は些細なズレが生じて大騒ぎに発展したり、手遅れになって後悔したこともある。幸い、今はオレの側近がお前達のミスをカバーできるのだから、失敗を恐れずに試せばいい」

 リリスを寝かしつけながら顔をあげたルシファーの銀の瞳に、怒りや失望などの感情は浮かんでいなかった。多少面白がるような、悪戯好きな子供に似た光を宿して、口元に笑みを浮かべる。

「魔王になったばかりの頃、オレがある失敗をしてな。勘違いから竜族と対立してしまった。今ならばルキフェルが大公として仲裁に入れるが、あの頃はベールが魔王軍を作ったばかり、アスタロトもピリピリしていたし、ベルゼビュートに至ってはいきなり剣を抜く始末。誤解を解くより先に攻撃を仕掛けた」

 図書館にある分厚い魔王史にも記載されている事件だ。魔王と大公達が魔王城建設予定地を視察中に、近くの森で訓練していた竜族の若者の攻撃魔法が暴走した。上司にいいところを見せようと頑張り過ぎた若者の魔法は制御不能となり、運悪く魔王達の頭上に降り注いだのだ。

 まだ魔王としての地位が不安定な時期だ。過剰反応したルシファーが攻撃を跳ね返した。今ならば吸収して散らしてから動いただろうが、あの頃は誰も彼も好戦的で、すぐに敵の排除に動き出す。若者へと跳ね返った魔法は、近くにいた数人を巻き込んで消滅させてしまった。

 そこへ大公であるベルゼビュートが飛び込み、魔王への攻撃の報復として数人の首をねたのだ。当然ながら竜族は憤った。互いに謝る機会を逃してもめた結果……数十人の死者を出す騒ぎとなったのだ。

「あの事件以来、大公と魔王の地位について長い話し合いを行った。大公3人は元魔王候補だ。オレと戦い従うことを決めた彼らに報いるため、褒美として大公の地位を与えたが……間違っていたのではないか。そう悩んだぞ」

 思い出話をしながら、彼女らにソファに戻るよう指先で指示した。一礼して従う少女達を温かく見守る。ルシファーの語る声に誘われて眠ったリリスが、膝の上で重さを増した。身体の力を抜いて安心しきった幼女の黒髪を撫でながら、再び口を開く。

「悩んだ分、今の統治システムは完成された。お前達も好きなだけ悩み、失敗し、正されるといい。最後にリリスの力となれるよう、切磋琢磨する時間も必要なのだ」

 そこで一度切り上げて、ソファに背を預けた。思い立ったようにルーシアがお茶の用意を始める。収納空間から取り出したポットに、シトリーが茶葉を淹れ、ルーシアが沸かしたお湯を注ぐ。蒸らす間にルーサルカが食器を用意し、レライエは取り出した檸檬を輪切りにしてカップに添えた。

 手際がいい。この連携や役割分担もここ10年ほどの間に彼女らが得た成果のひとつだった。互いに存在すら知らなかった者同士が友となり、同僚となり、リリスを盛り立ててくれる。普段の言動に滲むリリスへの親愛を感じるから、ルシファーも彼女らを育てるのだ。

「キマイラと戦った時も、今も……お前たちの連携は見事だ。わずか10年足らずと考えれば、成長速度は3人の大公より上だぞ。何しろアイツらは1000年に一度はケンカして森や街を壊したからな」

 内緒だと笑いながら、不仲だった頃の話をいくつか教えてやった。報告の失態に強張っていた彼女らの頬も、徐々に和らいでくる。

「報告と言われたら、事実のみを説明すればいい。イポスは少し硬すぎるが、言い訳や想いを聞いてやらないほどオレ達は狭量じゃないぞ」

 常に報告の後に見解を尋ねてくれる魔王の姿勢を思い出し、感情に揺られて先走った己の言動を反省する。素直に聞き入れる彼女らが淹れた紅茶を口元に運びながら、ルシファーは「アイツ、殺してないだろうな」と懸念を口にした。
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