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35章 勇者や聖女なんて幻想

476. 求めに足りない報告

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 ルーシアが渡したハンカチで血を拭ったルシファーが、ソファに座る。膝の上のリリスはまだ背中を撫でようと手を伸ばし、ひっくり返りそうな格好でじたばたしていた。

「リリス、背中はもういぞ」

「やだぁ!」

 先ほどの白い花はもう忘れたらしく、膝から下りてソファのひじ掛けにぺたんと座った。ここから後ろへ手を入れたいらしい。仕方なく背中を浮かせて撫でられるように姿勢を変えた。小さな手が触れると、ほんのりと温かく心地よい。

「ありがとう、リリスの手は温かいな」

 勧められてソファに座る4人の少女達は、何から話すべきか頭の中で状況を整理し始めた。イポスは姿勢を正してリリスのすぐ脇に立つ。彼女がずり落ちても支えられる位置だが、ルシファー達の視界から外れるぎりぎりの場所だ。

「ごいたします。リリス姫のお散歩に随行した我々の前に、人族の勇者が現れました。彼も散歩をしていた様子で、姫と会ったのは偶然でしょう」

 口火を切ったルーサルカに、ルシファーは無言で先を促す。

「先に白い花を見つけて摘まれた姫は、その花を勇者に手渡そうとなさいました。あの男はその優しさを踏みにじったのです」

「花を持つリリス様の手を乱暴に払い、落ちた花を目の前で踏み躙りました。最低の行為ですわ」

 ルーシアとシトリーの言葉にも、ルシファーは何も返さない。興奮した少女達の間からレライエが最後に声をあげた。

「落ちた花を惜しんだリリス様が涙を流され、陛下をお呼びしたのが今回の事件です」

 そこまで聞いて、ルシファーは右手を掲げて彼女らの言葉を遮った。ちらりと右側に立つイポスへ目を向ける。視線を合わせたイポスがわずかに身をかがめた。用件を尋ねる仕草に「報告しろ」と端的な命令を下す。

 なぜ別目線からの報告を求めるのか。この時点で少女達は理解出来ていなかった。

「はっ。リリス姫の散策の途中、人族の勇者と出会いました。姫様は摘んだ花を渡そうと駆け寄られ、勇者は手を払って受け取りませんでした。落ちた花は踏まれ、黒い物があると呟いた姫様が陛下をお呼びした次第です」

 深々と頭を下げたイポスの肩を、編んだ髪が滑り落ちる。そのまま待つイポスへ、ルシファーは柔らかな声をかけた。

「何かあれば、申せ」

 報告を求めた先ほどの命令と違う響きに、イポスはやっと頭を上げた。

「このたび、姫様の御手を払う勇者の行為を止められず、護衛としての任を果たせなかったこと、深くお詫び申し上げます」

「そなたの所為ではあるまい」

 再び頭を下げたイポスは、姿勢を正して元の位置に立った。金の髪を背に放り、リリスを守る騎士へと戻る。そんな彼女に向けたルシファーの眼差しは温かく、少女達の表情に溜め息をついた。

 物言いたげなルーサルカだが、発言を許されていないため唇を噛む。幼い彼女達にどう説明したものか、ルシファーは考えながら言葉を探した。

「なぜイポスに報告を命じたか、わかるか?」

「いいえ」

「わかりませんわ」

 シトリーとルーサルカが首を横に振り、ルーシアは慌てて立ち上がると床に膝をついた。

「申し訳ございません」

 気付けたのはルーシアだけか。そう判断しかけたとき、レライエも膝をついて頭を下げた。そんな仲間の姿に、ルーサルカはパニックになる。声にしないものの、何が起きているかわからないことに恐怖さえ覚えた。

「ふむ、2人か。どちらでも良い、ルーサルカとシトリーに教えてやれ」

 自分で気づくのが一番だが、無理ならば教わるしかない。こういった説明はベールやアスタロトが得意だった。ルシファーに説明する気はない。

「はい」

 一礼したルーシアが立ち上がり、ルーサルカとシトリーに向き合った。
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