上 下
466 / 1,397
34章 魔王に対する侮辱

463. 踏みにじられた誇り、切り捨てる決断

しおりを挟む
 震える後輩からようやく聞き出した話を、近くの紙に書き連ねたイザヤは頭を抱える。

 想像以上に失礼な発言と、阿部の対応がバカ過ぎた。やっぱりこの男に任せたのは失敗だったと再認識するが、今頃後悔しても遅い。彼らは腹を立てているだろう。その場で殺さなかった魔王の寛大さに頭が下がる思いだった。

 魔王に攻撃した勇者である阿部も、不意打ちを狙って矢を射かける無礼をした自分も、彼に断罪されて当然だった。

 竜の手で阿部を引きずってきた水色の髪の少年が「魔王の決定に口出しするなんて……あんた、何様のつもり?」と呟いたことで、イザヤも多少なり誤解した。魔族の頂点に立つ王の言葉を遮り、意見するなど失礼にも程がある。

 この世界の王族は、きっと前の世界の某国大統領以上の権限を持っている。人族の国王ですらあれだけ傍若無人ぼうじゃくぶじんな振る舞いが許されたのだ。人族より強さを尊ぶ魔族の王に対して反論するなんて……そう思った。

 しかし違う。

「……バカなことを」

「お兄ちゃん?」

 きょとんとする妹をベッドに座らせ、隣に座る。撫でてやると肩を枕に楽な姿勢を取ろうとした。ふわふわしたドレスで誤魔化されているが、手首や首筋は痩せ衰え、頬もこけたまま。こんな身体では起きて座ることも辛いだろうと、横たえた。

「え? 恥ずかしい」

 照れる妹の目元を手で覆い、休むように言い聞かせた。少し先のテーブルには、いつでも食べられるように軽食や果物、飲み物が用意されている。この恵まれた状況は魔王が城への滞在を許したからだ。そうでなければ、魔王を攻撃した自分達はとっくに殺されていた。

「誰も笑ったりしない。今は身体を休めろ」

 男であり年長である自分でさえ辛い状態なのだから、4歳下の妹はもっと辛い。イザヤはぶっきらぼうな口調だが、優しく妹の髪を撫でた。以前は髪や肌に気を使って艶があった美しい黒髪も、今はばさばさだ。栄養失調の肌はかさかさと白く粉をふいた。

 可愛い妹をこんな状態にした連中が殺されても当然だと思う。竜の少年ルキフェルも口にしていた通り、鱗を生きたまま剥がれ、毛皮を奪われた魔族もいたはずだ。王族や貴族の着飾った姿を思い浮かべた。豪華な衣装に使われた革の正体を知った今は、吐き気がするほど醜い姿だった。

 盗み聞きをしてそんな奴らを庇う発言をしたなら、当然ルキフェルだけでなく魔王も不快に思ったはずだ。ましてや自分達は魔王に攻撃を仕掛けた敵側の人間だった。寛大に振る舞う理由はない。

 しかし最大の問題点はではなかった。まず最大の問題は、当事者の阿部が己の失態を理解していないことだ。

「阿部は……なぜ彼らを怒らせたか、わからないのか」

「わからない」

 即答する後輩の頭を殴ってしまいたかった。僅かでも俺より付き合いが長く、彼らに保護されて感謝し、助力を求めて与えられたのに……どうしてわからない。

 魔族は強さを尊ぶ。ならば、最強の魔王はただ強いだけか? いや、彼らの社会は俺がいた国と同じように法治国家として確立していた。きちんと議会があり、話し合いを行う余地も残している。魔王であっても独断専行どくだんせんこうは許されない。

 そんな魔族を見ていれば気づく。強者は弱者を保護して守る義務を負っているのではないか。弱者を喰らう弱肉強食の面もあるが、俺達を助けてくれた彼らの行動は『保護』だった。

 保護した相手の精神面を気遣って下げた場に、「自分に不利な話がでると困る」と顔を出す非礼。その発言は保護すると明言しただった。

 保護された勇者が不安を感じて自分を守ろうとしたセリフは、『魔王の保護じゃ足りない、怖い』と言い放ったも同然。本人にそんなつもりがなくても、言い訳は通用しない。阿部は多くの配下の眼前で、魔王を侮辱して罵った――、と。

 おそらく人族の扱いに関する話を聞いてくれたのは、彼らなりの最後の恩情だった。しかしそこでも阿部は地雷を踏んだ。合議制で決まった内容を覆そうとしたのだ。己が知る自分達だけにしか通用しないルールを持ち出し、魔族の考え方を批判した。平和な世界ではないのだ。

 この世界のルールに従わない異世界人に居場所はない。生きるために殺す場面で躊躇うことは、優しさではなく弱さだった。弱いなら強者に従えばいい。そうしたらこの世界は受け入れてくれるのだから。その寛容さを蹴飛ばして踏みにじったくせに自覚がない阿部に、未来があるとは思えなかった。

 考えられる限り最悪の状況に、イザヤは阿部を見捨てる決断をする。大切な妹を守るために、愚かな後輩を切り捨てる――そこに迷いはなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

呪われた子と、家族に捨てられたけど、実は神様に祝福されてます。

光子
ファンタジー
前世、神様の手違いにより、事故で間違って死んでしまった私は、転生した次の世界で、イージーモードで過ごせるように、特別な力を神様に授けられ、生まれ変わった。 ーーー筈が、この世界で、呪われていると差別されている紅い瞳を宿して産まれてきてしまい、まさかの、呪われた子と、家族に虐められるまさかのハードモード人生に…! 8歳で遂に森に捨てられた私ーーキリアは、そこで、同じく、呪われた紅い瞳の魔法使いと出会う。 同じ境遇の紅い瞳の魔法使い達に出会い、優しく暖かな生活を送れるようになったキリアは、紅い瞳の偏見を少しでも良くしたいと思うようになる。 実は神様の祝福である紅の瞳を持って産まれ、更には、神様から特別な力をさずけられたキリアの物語。 恋愛カテゴリーからファンタジーに変更しました。混乱させてしまい、すみません。 自由にゆるーく書いていますので、暖かい目で読んで下さると嬉しいです。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり
ファンタジー
私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。 このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

【完結】転生モブ令嬢は転生侯爵様(攻略対象)と偽装婚約することになりましたーなのに、あれ?溺愛されてます?―

イトカワジンカイ
恋愛
「「もしかして転生者?!」」 リディと男性の声がハモり、目の前の男性ルシアン・バークレーが驚きの表情を浮かべた。 リディは乙女ゲーム「セレントキス」の世界に転生した…モブキャラとして。 ヒロインは義妹で義母と共にリディを虐待してくるのだが、中身21世紀女子高生のリディはそれにめげず、自立して家を出ようと密かに仕事をして金を稼いでいた。 転生者であるリディは前世で得意だったタロット占いを仕事にしていたのだが、そこに客として攻略対象のルシアンが現れる。だが、ルシアンも転生者であった! ルシアンの依頼はヒロインのシャルロッテから逃げてルシアンルートを回避する事だった。そこでリディは占いと前世でのゲームプレイ経験を駆使してルシアンルート回避の協力をするのだが、何故か偽装婚約をする展開になってしまい…? 「私はモブキャラですよ?!攻略対象の貴方とは住む世界が違うんです!」 ※ファンタジーでゆるゆる設定ですのでご都合主義は大目に見てください ※ノベルバ・エブリスタでも掲載

処理中です...