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34章 魔王に対する侮辱

461. 気遣う優しさは諸刃の剣

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 魔の森を抜けた先に転移したとき、すぐに出迎えに来たのはタカミヤ男爵モレクだった。最初の戦闘に参加したエドモンドと交代の形で、モレクが神龍族シェンロンを率いている。

 もっとも彼らの交代は「そっちばっかり狡い。こっちにも出番を寄こせ!」が理由であり、負傷者ゼロのドラゴン側は魔王城の会議に参加したのだ。先にミヒャール国を攻撃していたモレク達は、建物より人々を狩るほうをメインに動いた。

 この時点で魔王による攻撃魔法の話を知らない彼らが、城の破壊を後回しにしたのは、単に強者に追われて逃げ回り疲弊した精神に最後のくさびを打ち込む方がより効果的――という、なんとも残酷な配慮だった。

 以前に鱗目当てに子供の龍を狙われたシェンロンにとって、人族はいつか叩きのめしたい種族なのだ。今回もドラゴンとの交渉は苛烈を極め、エドモンドが苦笑いして引いた理由もそこにある。恨みを持つ種族は多数いるため、互いに譲り合う様子はエルフや魔獣の間でも見られた。

「陛下、露払いの栄誉を与えていただき感謝の念に堪えませぬ」

 己の弟が仕出かした反乱が一族の名誉を地に落とした。泥に塗れた栄誉を取り戻すため、シェンロンの中でも選りすぐりの優秀な若者を選抜している。モレクにとって最高の晴れ舞台なのだ。

「うむ。ご苦労だった」

 表面上は普段通りに取り繕ったルシファーが声をかけて労い、斜め後ろに控えるアスタロトはほっと胸を撫でおろした。無関係の誰かに八つ当たりする人ではないが、わずかでも態度に滲んでいたらモレクは気にしただろう。穏やかな笑みを浮かべて労う姿は、平常通りの魔王だった。

「城は残してありますわ」

 言いつけを守った、とベルゼビュートが豊かな胸を張る。

 ガブリエラ国の城はドワーフがかなり破壊したが、ミヒャール国は森との間に作った壁が壊された程度で、大きな損害は少ない。見た目は十分機能性を保った城や教会が残されていた。

 ばさりと黒い翼を広げる。2枚1対ではなく、4枚がゆったり広がって影を落とした。腕の中のリリスは着替えをして、黒いワンピース姿である。白い襟がついたワンピースには、薄いピンクで刺繍が施されていた。濃淡が美しい刺繍は、彼女の肌をより健康的に見せる。

「魔王陛下、魔族の退避を完了いたしました」

 ベルゼビュートの報告をもって、ルシファーの右手に魔法陣がひとつ呼び出される。緻密な模様は左右に逆回転した魔法文字が踊り、機械仕掛けの時計に似た美しさがあった。

 傷ついた痛みの裏返し、ですね。魔法陣の威力に気づいたアスタロトが肩を竦めた。憂さ晴らしにしても、威力が大きい。周囲の汚染も激しいだろうが、止める気はなかった。

「アスタロト」

「はっ」

 頭を下げて続く言葉を待った。

「汚染を浄化する結界を張る。少し離れろ」

 浄化は吸血種族にとって苦手な属性だ。しかし耐えられないわけではない。知っていて離れるように命じるルシファーに、アスタロトは「かしこまりました」と答えて距離を置いた。気遣う優しさが、今の彼を傷つける棘になっているのに、まだ他者を気遣うのか。

「……諸刃の剣ですね」

「あの方は承知の上で、それでも優しさを捨てないのよ」

 アスタロトの隣に転移したベルゼビュートが、悲しそうに吐き捨てた。アスタロトは否定も肯定もせず、ただ目を伏せる。

 ルシファーの手から放たれた魔法陣が、街の大きさに合わせて広がっていく。拡大された魔法陣の隙間を埋めるように、新たな魔法文字が湧き出て塞いだ。月光に似た金を帯びる銀色の魔法陣が街を覆い尽くした。
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