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34章 魔王に対する侮辱

456. 勝手に滅びればよい

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「盗み聞きしてごめんなさい」

 すみませんという表現を使わないことで、彼が幼く見える。効果を狙ったのなら食わせ者だと判断しながら、先を促した。

「僕らを部屋へ戻した心遣いは嬉しいんですけど、何か不利になる話があると嫌だから……つい」

 肩を竦めたルシファーが視線をルキフェルに向けた。魔王ルシファーと同じ壇上に上がれるのは魔王妃リリスのみ。一段下りて右にアスタロト、さらに下まで降りてベールとルキフェル、向かいにベルゼビュートが並んでいた。

 銀の眼差しを受け止めたルキフェルがベールと繋いでいた手を解く。咄嗟に繋ぎ直そうとしたベールは拳を握り、厳しい表情で勇者を睨みつけた。アベルの隣に進み出たルキフェルが片膝をつき、臣下の礼を取る。

「我が管轄下での不手際、お詫びのしようもございません」

 言い訳を一切せずに頭を下げて処断を待つ。その姿に、感情で動いた自分の行為が魔族にとって一大事だったと気づいた。狼狽うろたえたアベルは、2人を交互に見やる。

 しんと静まり返った大広間に、リリスのくしゃみが響いた。

「ひくちっ……」

 緊張が一気に解けていく。しかしルシファーは何も言わずに待った。取り寄せたコートを着せられた幼女は、袖を通してまたルシファーに抱き着く。

「あの……人族の都を滅ぼすって聞こえました」

 無言で先を促すルシファーの下で、アスタロトが溜め息をついた。この男は何も理解していない。魔王が言葉を発しないという、その行為の意味を彼は気づかないのだ。無言は許す合図ではないのに。

「俺達を呼んだ国王や魔術師は許せないけど、他の……普通の人は関係ないと思う、です。勢力バランスが崩れたら、もっと悲惨な事件が起きる気もするし」

「許せ、そう言いたいのか?」

 ようやくルシファーが声を発する。普段より低い声に貴族達は緊張を露わにし、釣られて後ろの魔獣達が顔を引きつらせた。魔力感知が鈍い人族は気づいていないが、敏感な種族の中にはてられて卒倒する者がでている。

 威圧に近い魔力を放出しながら、ルシファーはひじ掛けにもたれた。姿勢を正して座ることが当たり前の魔王の変化に、ベールが焦ってルキフェルへ視線を向ける。しかしすべての罪を背負う覚悟のルキフェルは、頭を下げたまま動かなかった。

 最初に教えておけばよかった。魔王の決断も魔族の決まり事も……預かった以上ルキフェルの監視下に入った存在を教育するのは彼の役目だ。しかし珍しい勇者の肩書を持つ研究対象に気を取られ、教育を怠ったのもルキフェルだった。

「陛下、発言の許可を」

 焦ったベールが口を挟むが、一瞥されて唇をかみしめる。整いすぎたルシファーの顔は、一切の感情を排除していた。リリスを拾ってからは感情も表情も豊かに振る舞う彼だが、元の魔王としての冷酷な面は消えたわけではない。

 焦るベールの向かいで、ベルゼビュートは目を伏せた。

 人族の勢力バランスなど、魔族には関係ない。身勝手な理論を振りかざし他種族を襲う魔物のような輩に、なぜこちらが譲歩する必要があるのか。己の身の内を食い破り、勝手に滅びればよい。

「ルキフェル、再教育を命じる。下がれ」

 ひらりと手を振ってアベルを連れ出すよう指示したルシファーに深く一礼し、ルキフェルは腕を竜化させた。鱗があるドラゴンの腕でアベルの首根っこを掴み、引きずって退場する。喚く声が聞こえなくなる頃、ベルゼビュートが大きく息をついて額を押さえた。

 精霊は人一倍魔力に敏感だ。魔王の威圧に頭痛を覚えながらも耐えきった。

「あの子、思ったよりバカね」

 ぼやいたベルゼビュートの本音に、ベールは唇を噛みしめる。経験が浅いルキフェルを補佐すると決めたのは自分だ。なのに諫めきれず迎えた現状は、己の責任だと拳を強く握った。食い込んだ爪が手のひらに食い込む。

「ベール」

「はっ」

「報告を続けよ」

 血の付いた指先で報告書をめくったベールが、記載された文面を淡々と読み上げる。肘をついたまま目を閉じて聞き終えたルシファーはゆっくりと目を開き、大広間の魔族を見回した。それから膝の上で腹に抱き着いて眠る幼女を大切に抱き上げる。

「ご苦労、後は任せる」

 揺らさないように幼女を抱き上げる優しい手つきと対照的に、低い声は平坦で素っ気なく、巡らせた視線は感情を消して冷たかった。
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