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33章 人族の勢力バランスなんて知らん

454. 悪いことするから、きらい

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 淡々とした報告の声が響く。それはすなわち、すでに行われた行為を並べる作業だった。これから行われる処罰に対する許可は必要ない。なぜならば議決されて施行された法に反した種族への処罰は、魔王軍の管轄に入るためだ。この処罰に魔王の個人感情が反映されることはなかった。

「異世界への干渉、異世界の住人を強制的に召喚した行為、また弱者への虐待および不本意な戦いの強制はすべて違法行為です」

 罪状は明らかと、アスタロトは冷めた眼差しで報告書を読み上げた。異世界へ干渉した時期に魔の森が急成長したため、その因果関係はルキフェルが調査を行う。しかし魔の森により都が飲み込まれた人族は自業自得とはいえ、他の種族にとっても影響は大きかった。

 勝手に他の世界から連れてきた挙句、勝手に失望して放り出した勇者やしいたげられた聖女、閉じ込められたイザヤの処遇に関しては、同情的な意見が多数寄せられている。

 魔族にとって弱者は踏みにじる対象ではなく、保護すべき存在だった。もちろん魔物を食料としたり、同族同士で優劣を競うために戦うことはある。しかし知らない世界で困惑する被害者を一方的になぶる行為は、下の下とさげすまれる類だ。

 無法地帯だと思われている魔族の領域は、きちんとした法治国家として機能してきた。多少腕力に物を言わせる傾向が強いだけで、どの種族も己の権利と義務をきちんと理解している。寿命が長い分だけ、学ぶ時間が多いことも影響した。人族よりよほど知識量も豊富だ。

「今後の召喚を止めるため、魔法陣に関わるすべての研究を破壊して破棄します。また人族に残された知識を消し去るため、実際に使用したガブリエラ国と開発したミヒャール国は滅ぼすことにしました。これは異世界からの召喚者に対する不遇への制裁も兼ねております」

「……なるほど」

 反対しづらい。そこまでしなくても、王侯貴族以外は関係ないのではないか? そう恩情を求めようとしたルシファーだが、異世界人への虐待の制裁も兼ねると言われたら、なんとも口を挟みづらかった。そのあたり外交担当の文官トップであるアスタロトの得意手法だ。

「パパは嫌なの?」

 絶妙のタイミングでリリスが尋ねる。その声は不思議そうな色を浮かべており、赤い瞳がぱちりと瞬きした。子供の素直な問いかけに、ルシファーは答えに詰まる。

 2つの国を亡ぼせば難民がたくさん出る。残ったタブリス国が持ちこたえられるのか。そして召喚魔術を消滅させる中で、大量の死人が出ることに懸念もあった。

 人族は寿命が短く、あっという間に都が生まれて滅びる。彼らのサイクルでいけば、魔族への恨みなどすぐ消えそうな気がした。しかし常に彼らは魔族を攻撃対象として認識する。

 まるで遺伝子に埋め込まれた原始の記憶が存在するかのように、勇者を探し出して育て上げ、こちらに送り込んできた。その歴史を考えると、また国を滅ぼすことで魔族に危害を加える者を育てるのではないか。

「……少し考え事をしていた」

 嘘でないぎりぎりの範囲で誤魔化す。髪を一房掴んだリリスが「ふーん」と納得しない声で口を尖らせた。抱き寄せて背中を叩くと、リリスが小さく息をつく。

「リリスはね、人族きらい」

 珍しいリリスの発言に驚いた。他者に対して好きを表明することはあっても、嫌いだと言い切ることは滅多にない。食べ物、服、玩具に対して首を横に振っても、人に対しては口にしなかったのに。

 驚いて彼女の顔を覗き込むと、ぷっくりと頬が膨らんでいた。

「だってパパに悪いことするし、痛いのするもん。森も痛いのに伐るじゃん。鱗の人や花の人にも悪いことするから、きらい」

 人族に対する哀れみ感情が、すっと収まる。幼いリリスの表現は拙いが、魔族が感じる苛立ちや怒りを端的に表していた。それだけ彼女の感性が敏感なのだ。

「そうだな」

 ぎゅっと頬をすり寄せる。

「ルシファー様、会議中ですよ」

 窘めるように告げるアスタロトだが、彼の口調もプライベートのそれに変わっていた。毒気を抜かれた状態で、見回した大広間の魔族が微笑ましく見守る。

「詳細を報告せよ」

 命じたルシファーの声に、場がぴりりと引き締まる。進み出たベールが、すでに行われた制裁と今後予定される粛清を口にした。
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