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33章 人族の勢力バランスなんて知らん

446. もう魔王城に帰ろうか

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 ベルゼビュートが投げ捨てたやじり矢羽やばね根を、風で包んだベールが回収する。魔王の血や髪は魔術媒体となりうるため、このような場所に残していくわけに行かない。足元の血は後で洗浄するとして、血の付いた矢は攻撃された状況を確認する証拠品だった。

「あそこだけど、魔力がない」

 矢の射られた場所を特定したルキフェルが舌打ちし、離れた場所で人族の貴族を弄んでいるドラゴンを呼び寄せた。唇を尖らせ、他種族には聞こえない音を響かせる。エドモンド率いる数匹のドラゴンが姿を現した。広場に下りることが出来ないため、彼らは近隣の家の上にどしっと掴まる。

「魔力のない攻撃があった。見に行く」

 端的な命令と指示に、しかしドラゴンから反発はなかった。魔王ルシファーの右腕を伝う赤い血に、彼らは目を瞠ったあとで「ぐぎゃぁ!」と怒りの叫びをあげる。恩人でもある主を傷つけた存在をほふるべく、ドラゴンがばさりと浮遊した。魔法陣で転移するルキフェルを見送るベールへ、アスタロトが声をかける。

「結界は私が張り直します。ルキフェルを追ってください」

 ひとつのことに夢中になると、周囲の警戒をおろそかにするルキフェルを1人で行動させるのは危険だ。本人が己の強さを自負するドラゴンだからこそ、過信して足元を掬われる可能性を年長者のアスタロトとベールは気づいていた。

「頼みます」

 すぐに後を追うベールの魔法陣は、終点をルキフェルの魔力に固定して発動する。側近が2人姿を消したことで、場の圧迫感が薄れた。圧し潰されそうな空気を耐えていた勇者アベルがほっと息をつく。その腕に抱きとめた聖女が、ゆっくり目を開いた。

「パパ、黒いとこ……痛いでしょ? リリスもやる」

 治癒の光を宿したリリスが必死に傷口へ手を伸ばす。気持ちは嬉しいが毒の可能性がある今、簡単に触れさせるわけにいかなかった。

「ありがとう、リリス。でも傷や血に触れたら危ないぞ」

「ちゃんとできる」

 離れた位置から手をかざして、治癒の光を当てていく。言われた通り血に触れず、傷にも届かない場所から魔法を行使した。ベルゼビュートの魔法陣に魔力を注ぐ形で、治癒はすぐに終わる。

「ありがとう」

 血に汚れた右手を浄化したルシファーが、微笑んでリリスの頬にキスする。それからほっとした顔のベルゼビュートの肩に手を置いた。

「助かった、ありがとう」

「いいえ」

 首を横に振ったベルゼビュートが右手に剣を召喚する。それから優雅に一礼して「失礼いたしますわ」と姿を消した。行き先は聞かなくてもわかる。置き去りにした獲物ではなく、ルキフェル達を追ったのだ。彼女の出番があるかどうかわからないが、一太刀浴びせたいのだろう。

 ベルゼビュートは精霊達の頂点に立つ者だ。それは己の感情と直感を優先する種族の中で、もっとも流されやすい特性を持つ。見送ったルシファーが肩を竦め、アスタロトは苦笑いした。

 止めても止まらないのが彼女だ。命令してまで引き留める必要もない。足元や服についた血を浄化したルシファーが、ついでに自分とリリスにも浄化を掛けた。

「パパ、黒いの薄くなった」

 にこにこするリリスの表現によれば、まだ完治していないようだ。見た目は治ったし、動かしても痛みはない。しかし色で判断する彼女の感知能力は高く、微妙な違いも指摘してきた。今は背の翼も半分以上失った状態で、自己治癒力も下がっている。

「そうか」

 可愛い娘に傷がなくてよかったと安心しながら、首に手を回して抱き着くリリスの背を叩く。矢が腕を貫いたときは、痛みよりリリスにケガを負わせた可能性が脳裏を過って、息が止まるかと思った。かすり傷であっても、彼女の肌に傷がついたなら、死ねない状態にして何度も殺し尽くすところだった。

 傷ひとつないリリスの鼻先を指でつつく。はしゃぐリリスが首筋に顔を埋めた。吐息が首筋をくすぐるのを幸せだと感じる。

「最後の罠だったようだ」

 危険な場所であれば、リリスを連れて滞在する意味はない。ルシファーの呟きに、警戒していたアスタロトが頷いた。

「おそらくは終わりです。魔王城へ戻られてはいかがでしょう」

 ガブリエラ国の地下にあった罠の調査を含め、すべて我々が引き受けます。言葉にせず伝えてきた内容に「わかった」と端的に答えた。

「おうちかえる?」

「ああ。先に戻るぞ」

 勇者アベル、目覚めたばかりの聖女、護衛のイポスを魔法陣で包み込む。少し離れた場所のヤンが小型化して飛び込んできた。

「後からゆっくり戻ってもいいが」

 久しぶりの親子再会だろうと水を向けると、ヤンは大きく尻尾を振った。

「お気遣いありがとうございます。我が君」

 一緒に戻るつもりのフェンリルや数人の魔族をまとめ、城門前に転移した。
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