上 下
447 / 1,397
33章 人族の勢力バランスなんて知らん

444. 喰らい合う蛇は何を思うか

しおりを挟む
「我が君、我も見たことがありますぞ」

「私もですね」

 金属片を避けたヤンと、アスタロトも続いた。アベルは聖女をそっと寝かせて立ち上がる。落ちていた金属片を拾い、石畳にがりがり音を立てて記号を描いた。

「僕の世界では無限や永遠を意味する記号です」

 数字の8を横に倒した形は、どこにでもありそうな記号だ。しかしルシファーに見覚えはなかった。首をかしげる魔王の横で、ヤンが爪で石畳の記号を叩く。

「これとよく似た物が、魔の森と緩衝地帯の境目にある石に刻まれておりました」

 なるほどと頷きながら地図を取り出す。ヤンの領地は緩衝地帯に沿って横に広かった。どのあたりかと尋ねると、風の妖精族シルフの森に近い場所だという。地図に印をつけていると、横からアスタロトが尖った爪で別の場所を示した。

「このあたりにもありますよ。あとは我が居城の地下ですね」

 アスタロトの城は、通称『コウモリ城』と呼ばれる黒を多用した城だ。築年数は魔王城より少し上で、かなり古い建物だった。その地下は深い眠りに入る吸血族が眠るため、広い地下室がいくつも並んでいる。

「地下室?」

「ええ。いつからあるのか覚えておりませんが、天井です」

 城の主が知らぬ間に刻まれたのか。持ち込んだ石材に元から記されていたのか。どちらにしろ、魔族の領地にたくさんありそうだ。天井にある記号を知っているのは、彼らが眠りから目覚めた時に発見したという意味だろう。

「リリスもみた!」

「魔王城にもあるのですか?」

 爆発を示す記号ではないが、思ったよりあちこちに散りばめられているらしい。その割にルシファーが見た記憶がないのも奇妙だ。はしゃぐリリスが両手の親指と人差し指で丸を作って眼鏡のように合わせた。

「こーんなの」

「どこで見たの?」

 尋ねるルシファーに、得意げなリリスが説明を始めた。

「お庭の、薔薇のお部屋を通った先の」

 薔薇を育てるガラスの温室を通り過ぎて……

「壁の穴を潜ったとこ」

 壁の穴を……あな?

 大公4人が首を傾げ、ルシファーも怪訝そうな顔をする。それもそのはず、ここ十年ほどで直された魔王城に穴が開いているのはおかしい。ドワーフがそんな穴を見落とすわけがなかった。彼らは建築に命を懸けているのだ。

「どんな穴だった?」

「リリスくらい。小人さんと行ったの」

 どうやら頭がぎりぎり通る程度の穴がどこかにあり、好奇心から首を突っ込んだのだろう。小人というのはホムンクルスのことか。そういえばルキフェルの研究室に小さな部屋を作って暮らしていた。一緒に遊んだとしたら、ルシファーが執務をしていた時間か。

 城に戻ったら真っ先に穴の確認と、内部のチェックが必要だ。唸りながらベールが「見落としたのでしょうか」とぼやいた。城の警護担当を兼ねた魔犬族が見落としたとしたら、後で叱られる彼らが気の毒だ。

「あの……僕が知る範囲ですけど、無限大って永遠に繰り返す記号であると同時に、お互いを食い荒らす絵なんです」

 アベルは覚えている曖昧な知識を必死にかき集めた。役に立てるチャンスがあるなら、知識を惜しむべきではない。彼らは惜しまず与えてくれたのだから。恩返しのチャンスとばかり、知りうる話を吐き出した。

「食い荒らす絵、ですか?」

 アスタロトが問い返す。赤い瞳を見つめながら頷いたアベルが「双頭の蛇って知ってますか?」と前提条件を確認した。その表現に魔族の脳裏に浮かんだのは、ヒュドラだった。

 複数の頭を持つ蛇だが、魔物として討伐対象である。大して害がある生き物ではないと認識されていた。毒があるので噛まれると厄介だが、胴体が一つなので背後から突いたり、矢や魔法で遠くから攻撃すれば簡単に退治できた。そんな魔物と記号の関連がわからない。

 怪訝そうな彼らの様子に、どうやら認識が食い違っていると石畳に再び絵を描いた。ポップなイラストで蛇を2匹描いて、互いの尻尾を食べ合う形にする。

「これが双頭の蛇で、互いに喰らい合う関係なんです。それがウロボロスと呼ばれて、無限のマークと同一視して考えられてました」

「よくわからないが、異世界には奇妙な生き物がいるのだな」

 感心したようなルシファーの腕の中で、リリスが絵をじっと見つめて手を叩いた。

「蛇さん、最後はどうなるの?」

「互いに滅びるのでしょうが……不思議な図ですね」

 絵というより、図式に見える。なんらかの意味が含まれるとしても、魔族の長い歴史の中に残されてこなかったのは奇妙だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

呪われた子と、家族に捨てられたけど、実は神様に祝福されてます。

光子
ファンタジー
前世、神様の手違いにより、事故で間違って死んでしまった私は、転生した次の世界で、イージーモードで過ごせるように、特別な力を神様に授けられ、生まれ変わった。 ーーー筈が、この世界で、呪われていると差別されている紅い瞳を宿して産まれてきてしまい、まさかの、呪われた子と、家族に虐められるまさかのハードモード人生に…! 8歳で遂に森に捨てられた私ーーキリアは、そこで、同じく、呪われた紅い瞳の魔法使いと出会う。 同じ境遇の紅い瞳の魔法使い達に出会い、優しく暖かな生活を送れるようになったキリアは、紅い瞳の偏見を少しでも良くしたいと思うようになる。 実は神様の祝福である紅の瞳を持って産まれ、更には、神様から特別な力をさずけられたキリアの物語。 恋愛カテゴリーからファンタジーに変更しました。混乱させてしまい、すみません。 自由にゆるーく書いていますので、暖かい目で読んで下さると嬉しいです。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

転生幼女は幸せを得る。

泡沫 ウィルベル
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!? 今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

処理中です...