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32章 怯える聖女、追う幼女

434. リリスのじゃないんだが……

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「服はベルゼビュートに借りれば……いや、無理だな」
 
 少女は背が低く、リリスの側近達の中でもっとも小柄なルーシアと変わらない。ベルゼビュートの服を着せても引きずるし、あちこちポロリの大事件になりそうだった。あれでは裸にタオルと大差ないだろう。いっそタオルの方が覆う面積が広い気がした。

 ベルゼビュートの装いに関するルシファーの認識は、結構ひどい。

「リリスのはぁ?」

 まだ兎は来ないが、ぐずるのをやめたリリスはルシファーを見上げて髪を引っ張る。ここ10年で誰も驚かなくなったが、魔王陛下の髪を掴むなど自害覚悟の暴挙だった。ルシファーが許しても、側近達が許さなかっただろう。リリス以外だったら、確実に息の根を止められる事案だ。

「リリスの服は小さいから」

「ううん、前に着てたやつ! ひらひらの、ふわふわの!!」

 こーんなやつ! と大きく手を振り回して説明され、12歳当時の服を示しているのだと気づいた。確かにあの頃のドレスならば着られるが……問題は彼女の言葉通り、フリルやレースがふんだんについていることだった。

 着慣れないと歩きづらいのではないか? 迷うが、他に持っている服で着せられそうなサイズがない。ひょいっと空間へ手を突っ込んで、城のクローゼットからワンピースや靴を掴んで引き寄せた。出来るだけシンプルなワンピースにしたが、それでもレースが躍っている。

 さすがに下着は用意できないが、髪を整えるブラシやリボンは一緒に用意した。少女の髪は肩まで届く長さがある。浄化しておいたので、梳かして結ぶだけでもさっぱりするだろう。

「アベル、彼女にこれらを」

 服や靴を渡して、ルシファーは魔法陣をひとつ牢の中に投げ入れた。魔力の満たされた魔法陣が発動し、聖女の傷が消える。傷みが消えた手足を確認する少女が目を見開いた。

 魔法がない世界から来た彼女にとって、絵本や映画の中のような状況だ。魔王が光る円形の文字を投げ入れたら傷が消えて、痣もなくなるなんて――痛みに呻いた時間が嘘みたいだった。

 絶句した少女を残し、ルシファーは獣人達についてくるよう促した。まだ少女とはいえ、女性の着替えに自分達が同席するわけにいかない。狐獣人の女性を残し、アベルも一緒に外へ出た。

 浄化で内部の汚れや臭いを消していても、やはり外に出ると深呼吸してしまう。アベルは大きく息を吸い込んで、解放された感覚で伸びをする。

「ルシファー、兎見つけた」

 相変わらず単語を繋いだ話し方をするルキフェルの声と同時に、足元に兎が出現した。魔法陣が複数浮かんで消えるたび、茶色系の兎が増えていく。あっという間に10羽を超えた。

「多くないか?」

「特定できないから、茶色い兎を全部」

 ルキフェルは簡単そうに言うが、本来は魔力を感知して対象物を特定する。魔力をもたない動物を色別に特定して呼び出す召喚魔術は、かなり高度な技術が必要とされた。そのため、獣人達は尊敬の眼差しをルキフェルへ向ける。

「パパ、あれ!」

 リリスには見分けがつくらしい。見つけた兎を指さした。ひと際毛が長い兎は、確かに発毛魔法の餌食になった個体の可能性が高い。指先で魔力を浸かって引き寄せた兎を、リリスに見せる。

「これ?」

「そう! リリスのうさちゃん」

 野生の兎なので、リリスのではないと思う。そんな言葉を飲み込む周囲が見守る中、幼女は兎を受け取った。ぎゅっと引き寄せると、鼻をひくひくさせる兎は大人しく抱かれている。問題なさそうだと判断したルシファーの後ろから、おずおずと聖女が姿を現した。

「あの……」

 黒髪に象牙色の肌の少女は濃茶色の瞳を瞬かせる。まだ怯えているようで、隣の狐獣人にしがみついていた。ルキフェルは角も羽も出したままだし、ルシファーも黒い翼を広げている。足元のヤンは牛サイズまで巨大化していた。獣人達も耳や尻尾、牙が覗き見える状態なので、人族だと怖いのかもしれない。

 アベルが近づいて「大丈夫」と声をかけても、小刻みに震えていた。人族に怯えられたり、化け物と罵られるのは今さらなので、魔族は誰も気にしていない。逆に先ほどまでの聖女の姿を知る者は、気の毒だと同情していた。

「おねえちゃん、兎いる?」

 なぜかリリスが興味を示す。突然話しかけると、ルシファーを仰ぎ見た。

「パパ、あの子にうさちゃんあげていい?」

「構わないけど、野生の兎だからな」

 リリスのじゃないぞと念を押すが、幼女はまったく気に留めない。満面の笑みで茶色い長毛兎(改)を差し出した。
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