427 / 1,397
32章 怯える聖女、追う幼女
424. 王都前の嘔吐と襲撃
しおりを挟む
「悪かった。人族が脆いのを忘れていた」
ルシファーが申し訳なさそうに謝りながら、ドラゴンの背から転げ落ちたアベルの背を撫でる。そのたびに嘔吐する青年が、涙ぐんだ状態で首を横に振った。
「いえ……うぅ、僕が……わる……っうげぇ」
全部吐くまで収まらないだろうと撫でてやりながら、ふと気づいて治癒魔法陣を彼の足元で展開する。魔力を込めると、びっくりした顔のアベルが振り返った。汚れた口元を乱暴に手で拭うので、少し離れた場所で兎を抱っこしていたリリスが駆け寄ってくる。
「リリス、そこでストップ」
足元注意の意味を込めて制止すると、リリスは愛用のポーチを開けた。しかし抱いた兎をそのままでは、ポーチの中の物を取れない。少し迷って足元に下した兎は足元で草を食べ始めた。緩衝地帯の森があった頃の『動物』である兎は珍しい。角がある魔物や毒がある魔族ではなかった。
「あのね、パパ。これあげて」
レースの縁がついた可愛いハンカチを取り出して渡す。「わかった、優しい子だね」と受け取って、まずは水球を作った。ボール状で浮いている水で手を洗わせ、口を漱がせる。それからリリスのハンカチを渡した。
「すみません」
ようやく人心地ついたアベルが手を拭き、そのハンカチが女性物だと気づいて固まる。
「リリスのだ」
「あ、ありがとうございます」
リリスに慌てて礼を言うアベルに、兎をふたたび抱っこしたリリスが頷いた。
「沢山あるから、あげる!」
兎を撫でるリリスがさらに何かを言おうとしたとき、ルシファーが舌打ちして左手を振った。大きな魔法陣が、休憩中の魔族の前に広がる。光り輝く魔法陣に触れた火球が弾け、数本の矢が叩き落とされた。
「襲撃だ!!」
叫んだドワーフは、手元に収納魔法の出口を作る。あっという間に大量の武器を引っ張りだして、周囲の連中に渡し始めた。手ぶらだと思ったら、人数分以上の武器を隠し持っていたドワーフである。元が武器製作や建築に特化した彼らが、戦場についてくるなどおかしいと思ったのだ。
苦笑いするルシファーだが、展開した魔法陣は未だに攻撃を防ぎ続けていた。ホースの放水に似た水や木々を伐りながら飛んでくる風の刃が、甲高い音を立てて弾かれる。ドワーフから武器を受け取ったエルフが森の木々を味方につけ、結界の外側へ飛び出した。縁を乗り越えたり横からすり抜ける彼や彼女らは、そのまま見えなくなる。
「うぁわあああ」
「やめ…っ、ぐはっ!」
様々な悲鳴が聞こえ、やがて森は静けさを取り戻す。森の木々がざわざわと揺れ、死体を飲み込み始めた。ドライアドが森の掃除を始めたのだろう。エルフ達は意気揚々と戻ってくる。
「陛下、終わりましたわ」
エルフのまとめ役として同行したサータリア辺境伯令嬢オレリアが、血塗れの剣を手に歩いてきた。目を見開いて立ち尽くすリリスが、とことこと無防備にオレリアに近づく。抱っこしていた兎が暴れて、べろーんと伸びていた。兎の後ろ脚はあと少しで地面につきそうだ。
「オレリア、赤いよ?」
「あら、本当ですわ。汚れてしまいました」
悪びれずに肩を竦めるオレリアに、リリスは右手を突き出した。転がるように兎が地面に下りる。
「綺麗にするの! リリスがやる」
「ま、待て!!」
気づいて止めようとしたルシファーだが、リリスは「えーい! きれぇにな~れ!」と奇妙な詠唱で魔力を放出した。魔法陣なしの魔法発動で、目が開けていられないほどの光が満ちる。
「リリス!」
オレリアとリリスを魔力感知で判断して包む。物理と魔法の両方の結界を張って守った結果、予想外の事態が起きてしまった。
ルシファーが申し訳なさそうに謝りながら、ドラゴンの背から転げ落ちたアベルの背を撫でる。そのたびに嘔吐する青年が、涙ぐんだ状態で首を横に振った。
「いえ……うぅ、僕が……わる……っうげぇ」
全部吐くまで収まらないだろうと撫でてやりながら、ふと気づいて治癒魔法陣を彼の足元で展開する。魔力を込めると、びっくりした顔のアベルが振り返った。汚れた口元を乱暴に手で拭うので、少し離れた場所で兎を抱っこしていたリリスが駆け寄ってくる。
「リリス、そこでストップ」
足元注意の意味を込めて制止すると、リリスは愛用のポーチを開けた。しかし抱いた兎をそのままでは、ポーチの中の物を取れない。少し迷って足元に下した兎は足元で草を食べ始めた。緩衝地帯の森があった頃の『動物』である兎は珍しい。角がある魔物や毒がある魔族ではなかった。
「あのね、パパ。これあげて」
レースの縁がついた可愛いハンカチを取り出して渡す。「わかった、優しい子だね」と受け取って、まずは水球を作った。ボール状で浮いている水で手を洗わせ、口を漱がせる。それからリリスのハンカチを渡した。
「すみません」
ようやく人心地ついたアベルが手を拭き、そのハンカチが女性物だと気づいて固まる。
「リリスのだ」
「あ、ありがとうございます」
リリスに慌てて礼を言うアベルに、兎をふたたび抱っこしたリリスが頷いた。
「沢山あるから、あげる!」
兎を撫でるリリスがさらに何かを言おうとしたとき、ルシファーが舌打ちして左手を振った。大きな魔法陣が、休憩中の魔族の前に広がる。光り輝く魔法陣に触れた火球が弾け、数本の矢が叩き落とされた。
「襲撃だ!!」
叫んだドワーフは、手元に収納魔法の出口を作る。あっという間に大量の武器を引っ張りだして、周囲の連中に渡し始めた。手ぶらだと思ったら、人数分以上の武器を隠し持っていたドワーフである。元が武器製作や建築に特化した彼らが、戦場についてくるなどおかしいと思ったのだ。
苦笑いするルシファーだが、展開した魔法陣は未だに攻撃を防ぎ続けていた。ホースの放水に似た水や木々を伐りながら飛んでくる風の刃が、甲高い音を立てて弾かれる。ドワーフから武器を受け取ったエルフが森の木々を味方につけ、結界の外側へ飛び出した。縁を乗り越えたり横からすり抜ける彼や彼女らは、そのまま見えなくなる。
「うぁわあああ」
「やめ…っ、ぐはっ!」
様々な悲鳴が聞こえ、やがて森は静けさを取り戻す。森の木々がざわざわと揺れ、死体を飲み込み始めた。ドライアドが森の掃除を始めたのだろう。エルフ達は意気揚々と戻ってくる。
「陛下、終わりましたわ」
エルフのまとめ役として同行したサータリア辺境伯令嬢オレリアが、血塗れの剣を手に歩いてきた。目を見開いて立ち尽くすリリスが、とことこと無防備にオレリアに近づく。抱っこしていた兎が暴れて、べろーんと伸びていた。兎の後ろ脚はあと少しで地面につきそうだ。
「オレリア、赤いよ?」
「あら、本当ですわ。汚れてしまいました」
悪びれずに肩を竦めるオレリアに、リリスは右手を突き出した。転がるように兎が地面に下りる。
「綺麗にするの! リリスがやる」
「ま、待て!!」
気づいて止めようとしたルシファーだが、リリスは「えーい! きれぇにな~れ!」と奇妙な詠唱で魔力を放出した。魔法陣なしの魔法発動で、目が開けていられないほどの光が満ちる。
「リリス!」
オレリアとリリスを魔力感知で判断して包む。物理と魔法の両方の結界を張って守った結果、予想外の事態が起きてしまった。
23
お気に入りに追加
4,927
あなたにおすすめの小説
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。
112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。
目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。
死にたくない。あんな最期になりたくない。
そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。
【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~
大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア
8さいの時、急に現れた義母に義姉。
あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。
侯爵家の娘なのに、使用人扱い。
お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。
義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする……
このままじゃ先の人生詰んでる。
私には
前世では25歳まで生きてた記憶がある!
義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから!
義母達にスカッとざまぁしたり
冒険の旅に出たり
主人公が妖精の愛し子だったり。
竜王の番だったり。
色々な無自覚チート能力発揮します。
竜王様との溺愛は後半第二章からになります。
※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。
※後半イチャイチャ多めです♡
※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる