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32章 怯える聖女、追う幼女

424. 王都前の嘔吐と襲撃

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「悪かった。人族が脆いのを忘れていた」

 ルシファーが申し訳なさそうに謝りながら、ドラゴンの背から転げ落ちたアベルの背を撫でる。そのたびに嘔吐する青年が、涙ぐんだ状態で首を横に振った。

「いえ……うぅ、僕が……わる……っうげぇ」

 全部吐くまで収まらないだろうと撫でてやりながら、ふと気づいて治癒魔法陣を彼の足元で展開する。魔力を込めると、びっくりした顔のアベルが振り返った。汚れた口元を乱暴に手で拭うので、少し離れた場所で兎を抱っこしていたリリスが駆け寄ってくる。

「リリス、そこでストップ」

 足元注意の意味を込めて制止すると、リリスは愛用のポーチを開けた。しかし抱いた兎をそのままでは、ポーチの中の物を取れない。少し迷って足元に下した兎は足元で草を食べ始めた。緩衝地帯の森があった頃の『動物』である兎は珍しい。角がある魔物や毒がある魔族ではなかった。

「あのね、パパ。これあげて」

 レースの縁がついた可愛いハンカチを取り出して渡す。「わかった、優しい子だね」と受け取って、まずは水球を作った。ボール状で浮いている水で手を洗わせ、口をすすがせる。それからリリスのハンカチを渡した。

「すみません」

 ようやく人心地ついたアベルが手を拭き、そのハンカチが女性物だと気づいて固まる。

「リリスのだ」

「あ、ありがとうございます」

 リリスに慌てて礼を言うアベルに、兎をふたたび抱っこしたリリスが頷いた。

「沢山あるから、あげる!」

 兎を撫でるリリスがさらに何かを言おうとしたとき、ルシファーが舌打ちして左手を振った。大きな魔法陣が、休憩中の魔族の前に広がる。光り輝く魔法陣に触れた火球が弾け、数本の矢が叩き落とされた。

「襲撃だ!!」

 叫んだドワーフは、手元に収納魔法の出口を作る。あっという間に大量の武器を引っ張りだして、周囲の連中に渡し始めた。手ぶらだと思ったら、人数分以上の武器を隠し持っていたドワーフである。元が武器製作や建築に特化した彼らが、戦場についてくるなどおかしいと思ったのだ。

 苦笑いするルシファーだが、展開した魔法陣は未だに攻撃を防ぎ続けていた。ホースの放水に似た水や木々を伐りながら飛んでくる風の刃が、甲高い音を立てて弾かれる。ドワーフから武器を受け取ったエルフが森の木々を味方につけ、結界の外側へ飛び出した。縁を乗り越えたり横からすり抜ける彼や彼女らは、そのまま見えなくなる。

「うぁわあああ」

「やめ…っ、ぐはっ!」

 様々な悲鳴が聞こえ、やがて森は静けさを取り戻す。森の木々がざわざわと揺れ、死体を飲み込み始めた。ドライアドが森の掃除を始めたのだろう。エルフ達は意気揚々と戻ってくる。

「陛下、終わりましたわ」

 エルフのまとめ役として同行したサータリア辺境伯令嬢オレリアが、血塗れの剣を手に歩いてきた。目を見開いて立ち尽くすリリスが、とことこと無防備にオレリアに近づく。抱っこしていた兎が暴れて、べろーんと伸びていた。兎の後ろ脚はあと少しで地面につきそうだ。

「オレリア、赤いよ?」

「あら、本当ですわ。汚れてしまいました」

 悪びれずに肩を竦めるオレリアに、リリスは右手を突き出した。転がるように兎が地面に下りる。

「綺麗にするの! リリスがやる」

「ま、待て!!」

 気づいて止めようとしたルシファーだが、リリスは「えーい! きれぇにな~れ!」と奇妙な詠唱で魔力を放出した。魔法陣なしの魔法発動で、目が開けていられないほどの光が満ちる。

「リリス!」

 オレリアとリリスを魔力感知で判断して包む。物理と魔法の両方の結界を張って守った結果、予想外の事態が起きてしまった。
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