408 / 1,397
30章 勇者の紋章の行方
405. 腹ペコ勇者の腹の虫
しおりを挟む
以前アスタロトに叱られた時に罰として座らされた正座姿で、きちんと両手を揃えて待つ勇者の後ろから巨体が振動と共に迫った。
「我が君の仇!!」
なぜか死んだ扱いにされたルシファーが顔を引きつらせる。大きな灰色の狼が青年に襲い掛かるのを、片手で止めた。鼻先をとんとん叩いて落ち着かせる。中庭で近距離転移が使えてよかったと安堵しながら、ルシファーは勇者に歩み寄った。
巨大な狼に襲われかけたというのに、彼に怯えはない。
「ヤン、落ち着け。勝手に殺すな」
敵討ちされる状況ではないと言い聞かせ、ルシファーは左腕のリリスに視線を向ける。疲れたのか、幼女はうとうとと首を揺らしていた。そっと黒髪に手を添えて、自分の胸元に寄り掛かるよう姿勢を直す。
「うにゃぁ」
意味不明の声を上げたリリスは首に回した手を引き寄せた。可愛すぎる!! こんなの天使過ぎるだろ!! 鼻血をぐっと堪えて、治癒魔法まで駆使した魔王の努力に、後ろに控えるアスタロトが嘆かわしいと溜め息を吐く。
ぎゅっと抱き着いた愛し子の背中を叩いて寝かしつけながら、足元でお行儀よく待つ勇者を見下ろす。転移魔法陣で飛ばされた上、大きな狼に襲われかけた人族とは思えない。エルフの耳に興味をもったのか、いろいろ質問をしていた。まったく怯えていないし、恐怖心もないらしい。
魔族に囲まれた勇者は子供のように目を輝かせていた。
「あ、殺さずにいただきありがとうございます」
「いや……何やら訳ありのようだ」
いきなり礼を言われると思わなかったので、一瞬言葉に詰まる。ちらりと斜め後ろを窺うと、アスタロトは平然と無表情を装っていた。
「詳しい事情を聞こう」
「陛下、お話は私が承った方がよろしいと思われます」
魔王陛下に直答する気か貴様。そんなニュアンスが透ける側近の丁寧な発言に、ルシファーは逆らわずに頷いた。面倒くさいし、話を聞きだして整理するのはアスタロトが得意だろう。
首に顔を埋めたまま眠るリリスの吐息が、ときどき首にかかって擽ったい。ルシファーの意図を酌んだエルフが侍女を呼びに走った。背中をリズムよく叩きながら、少し身体を揺すってリリスがよく眠れるように配慮するのは忘れない。
「お待たせいたしました」
すぐにアデーレがお茶の用意とテーブルセットを始める。手際のよい彼女のおかげで、近くの大木が作る日陰にお茶の用意が整った。よく見ると椅子は3つだ。イポスも一緒なので4つ必要だろうと口を開きかけたところで、ヤンがくるりと丸くなった。
大木の根元にできた毛皮ソファに座ると、ヤンが満足そうにくーんと鼻を鳴らす。鼻先を撫でてやり、その口に収納魔法から取り出した肉を放り込んだ。隣で咀嚼する物騒な音が響くが、リリスは気にせず眠り続ける。
アスタロトとイポスが左右に陣取り、正面に勇者が座った。茶菓子が置かれると、勇者の腹の虫が鳴いた。ぐぅううと盛大な音に目を瞠り、アデーレが「どうぞ」と小皿に取り分けて目の前に置く。
「あの……」
「とりあえず食べてから話をすればいい」
ルシファーが許可したので、アスタロトは口を噤んだ。
「あ、ありがとうございます」
拝み倒すように手を合わせて礼を言った勇者は、驚くスピードで菓子を平らげる。あまりの空腹に喉を詰まらせながらも飲み込む姿に、アデーレが途中で食べ物を変更した。サンドウィッチといった軽食が出され、紅茶も飲み干すたびに注ぎ足す。
待っている時間が長そうなので、ルシファーは愛しいリリスの頬を優しく撫でたり、黒髪を手櫛で梳いたりと有意義に時間を過ごしながら、ヤンの毛皮に包まれていた。
「ご馳走様でした」
一息ついた勇者の食べた量は、成人男性のおよそ2倍だ。かなり空腹だったと知れる。一緒に来た自称勇者や騎士達は元気そうだったが、彼だけ食事を与えられなかったのだろうか。
「我が君の仇!!」
なぜか死んだ扱いにされたルシファーが顔を引きつらせる。大きな灰色の狼が青年に襲い掛かるのを、片手で止めた。鼻先をとんとん叩いて落ち着かせる。中庭で近距離転移が使えてよかったと安堵しながら、ルシファーは勇者に歩み寄った。
巨大な狼に襲われかけたというのに、彼に怯えはない。
「ヤン、落ち着け。勝手に殺すな」
敵討ちされる状況ではないと言い聞かせ、ルシファーは左腕のリリスに視線を向ける。疲れたのか、幼女はうとうとと首を揺らしていた。そっと黒髪に手を添えて、自分の胸元に寄り掛かるよう姿勢を直す。
「うにゃぁ」
意味不明の声を上げたリリスは首に回した手を引き寄せた。可愛すぎる!! こんなの天使過ぎるだろ!! 鼻血をぐっと堪えて、治癒魔法まで駆使した魔王の努力に、後ろに控えるアスタロトが嘆かわしいと溜め息を吐く。
ぎゅっと抱き着いた愛し子の背中を叩いて寝かしつけながら、足元でお行儀よく待つ勇者を見下ろす。転移魔法陣で飛ばされた上、大きな狼に襲われかけた人族とは思えない。エルフの耳に興味をもったのか、いろいろ質問をしていた。まったく怯えていないし、恐怖心もないらしい。
魔族に囲まれた勇者は子供のように目を輝かせていた。
「あ、殺さずにいただきありがとうございます」
「いや……何やら訳ありのようだ」
いきなり礼を言われると思わなかったので、一瞬言葉に詰まる。ちらりと斜め後ろを窺うと、アスタロトは平然と無表情を装っていた。
「詳しい事情を聞こう」
「陛下、お話は私が承った方がよろしいと思われます」
魔王陛下に直答する気か貴様。そんなニュアンスが透ける側近の丁寧な発言に、ルシファーは逆らわずに頷いた。面倒くさいし、話を聞きだして整理するのはアスタロトが得意だろう。
首に顔を埋めたまま眠るリリスの吐息が、ときどき首にかかって擽ったい。ルシファーの意図を酌んだエルフが侍女を呼びに走った。背中をリズムよく叩きながら、少し身体を揺すってリリスがよく眠れるように配慮するのは忘れない。
「お待たせいたしました」
すぐにアデーレがお茶の用意とテーブルセットを始める。手際のよい彼女のおかげで、近くの大木が作る日陰にお茶の用意が整った。よく見ると椅子は3つだ。イポスも一緒なので4つ必要だろうと口を開きかけたところで、ヤンがくるりと丸くなった。
大木の根元にできた毛皮ソファに座ると、ヤンが満足そうにくーんと鼻を鳴らす。鼻先を撫でてやり、その口に収納魔法から取り出した肉を放り込んだ。隣で咀嚼する物騒な音が響くが、リリスは気にせず眠り続ける。
アスタロトとイポスが左右に陣取り、正面に勇者が座った。茶菓子が置かれると、勇者の腹の虫が鳴いた。ぐぅううと盛大な音に目を瞠り、アデーレが「どうぞ」と小皿に取り分けて目の前に置く。
「あの……」
「とりあえず食べてから話をすればいい」
ルシファーが許可したので、アスタロトは口を噤んだ。
「あ、ありがとうございます」
拝み倒すように手を合わせて礼を言った勇者は、驚くスピードで菓子を平らげる。あまりの空腹に喉を詰まらせながらも飲み込む姿に、アデーレが途中で食べ物を変更した。サンドウィッチといった軽食が出され、紅茶も飲み干すたびに注ぎ足す。
待っている時間が長そうなので、ルシファーは愛しいリリスの頬を優しく撫でたり、黒髪を手櫛で梳いたりと有意義に時間を過ごしながら、ヤンの毛皮に包まれていた。
「ご馳走様でした」
一息ついた勇者の食べた量は、成人男性のおよそ2倍だ。かなり空腹だったと知れる。一緒に来た自称勇者や騎士達は元気そうだったが、彼だけ食事を与えられなかったのだろうか。
34
お気に入りに追加
4,953
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」
「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」
公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。
理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。
王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!
頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2021/08/16 「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
※2021/01/30 完結
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです!
12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。
両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪
ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/07/06……完結
2024/06/29……本編完結
2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位
2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位
2024/04/01……連載開始
死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります
みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」
私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。
聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?
私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。
だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。
こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。
私は誰にも愛されていないのだから。
なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。
灰色の魔女の死という、極上の舞台をー
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる