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30章 勇者の紋章の行方

394. ちょっと噛んだ

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※「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過しました。
ご愛読ご支援ありがとうございます。
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 びりっと音がしたのは、服が破けたせいだろう。慌てて大きなタオルを取り出して、リリスの肌を覆い隠した。

「パパっ!」

「うん、リリスの声だ」

 別人疑惑はこれで消えた。あれほど呼んで欲しかった「パパ」なのに、どうしてか素直に喜べない。急成長したリリスは何も痛みを感じなかったらしく、けろりとしていた。ルシファーの髪を掴みながら首に手を回して、身体が安定するよう座り直している。

「成長期、かな?」

「それで片付く成長度合いではありません」

 無理やり納得しようとするルシファーを引きずって、執務室の扉を開いた。すでにルキフェルやベールは退室しており、仕方なく同じ階の別の部屋に向かう。ルキフェルは研究室重視で執務はベールの部屋で行っていた。そのためベールの執務室の扉をノックする。

「ベール、失礼しますよ」

 魔力感知で在室はわかっているので、声だけかけて扉を開く。ベールの膝の上で向き合って抱き着くルキフェルの姿が目に飛び込んだ。一度扉を閉めてもう一度開けると、今度はルキフェルは向きを変えて座り直している。

 下りていて欲しかったのですが……。内心の溜め息を押し殺し、アスタロトは部屋の中に踏み込んだ。右手首を掴まれたルシファーが従い、思わずついてきてしまった少女2人が一緒に入室する。

「リリス……大きい?」

 気づいたルキフェルが膝から飛び降り、残念そうなベールを従えて近づく。わずか数十分前に見たリリスは赤子で、自分で座れなかった。抱っこされる赤子だったのに、ルシファーの首に手を回してお座りしている。首もしっかりしているし、手足も明らかに長くなっていた。

 黒髪は肩に触れる長さで、艶々と光を弾く。前の癖で当たり前のように撫でるルシファーだが、久しぶりの長い黒髪の感触に頬が緩んだ。

「リリスは何歳でも可愛い」

「リリス、かわいい?」

「ああ、すごく可愛い」

 頬ずりする親ばかを放置して、アスタロトがルキフェルに説明を始めた。

「実はさきほど庭で、ルシファー様にお会いしたら『リリス嬢が成長しない』ことを憂いておられたので、成長しない子供の記録を聞きに来る予定だったのですが……」

 ちらりとルシファーとリリスを視線で示す。

「その話の直後に急成長しました。瞬きの間に、魔力の干渉もなく……これです」

 簡単すぎる説明だが、ルキフェルは目を輝かせながら記録を取っている。身長、体重、髪の長さ、手足の成長具合をすべて書き出して、ルシファーに向き直った。

「ルシファー、前のリリスの記録だして」

「ああ」

 言われるまま渡した記録と照らし合わせるルキフェルが「うーん、3歳1ヶ月頃の記録と一致するね」と呟いた。

「リリス、3歳だもん」

 3本指で自己申告した幼女に「よくできました」とデレデレの魔王。絶世の美貌が台無しだが、これは前回の育児でも目撃していた側近達はスルーした。ここまで溺愛が酷かったのかと目を見開いたのは、少女達だ。話には聞いていたが、実際に目にするとインパクトが違う。

「リリス様」

 声をかけたルーサルカに、赤い目を瞬きしたリリスが手を伸ばす。やはり小さな紅葉の手がルーサルカの指を掴んで揺らした。

「ルカちゃん」

「「「え?」」」

 一斉に振り返った側近達がハモる。記憶がないと思われていたリリスだが、目の前で誰も名を呼んでいないルーサルカの名を口にした。それも彼女だけが使う愛称を使ったことで、リリスの記憶が残っていると判断できる状況だ。

「覚えているのですか?」

 この年齢のリリスはまだルーサルカと出会っていなかった。彼女達が出会ったのは、卒園後だったので6歳前後のはずだ。順を追って成長している身体はともかく、記憶はしっかり残っている証拠だった。

「覚えてりゅよ」

 ちょっと噛んだ。状況を忘れてほんわかする側近と少女達、鼻血を押さえる魔王のダメージが一番大きかった。
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