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29章 与えられた肩書の意味は

384. くすぶる不満の出口は

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 キマイラが避けて通ったとされる街がある。あの騒動でほぼすべての種族の領域で、魔物を合成したキマイラが確認された時期に、ドラゴニア公爵領の街だけがぽっかりと取り残された。

 他種族からの疑いが向けられるのは当然だ。ましてやドラゴニア家の跡取りは、魔王や魔王妃リリス姫に攻撃を仕掛けて返り討ちにあった。その話は口留めする間もなく、混乱のさなかに噂話となって魔族の口から口へと伝えられていく。

 力がすべての魔族において、魔王への挑戦権はどの種族にも認められた不変の権利だ。だからこそ人族が何度も攻撃を仕掛けることが見逃されてきた。圧倒的な力で他者を従える王だからこそ、極端な個性をもつ魔族がまとまるのだ。

 その魔王に戦いを挑んだライン少年の攻撃は、通常なら称えられる行為だった。しかし正々堂々と名乗りを上げて戦う竜族や竜人族にとって、背後から矢を射る行為は蛮行とされる。

 ましてや矢は魔王妃候補であるリリス姫を貫いた。魔王を倒すために魔王妃を傷つけたと考える魔族の中には、激しい拒絶を示した者も少なくない。さらにライン少年が魔王妃となるリリス姫に横恋慕し、手に入らない彼女を殺そうと企んだという憶測まで広まった。

 城下町ダークプレイスの住人は、側近少女達と遊びに来た姫の無邪気な姿を記憶している者も多く、余計に嫌悪感を募らせた。彼らの不満は残されたドラゴニア家に向けられる。

「何らかの形で暴走する者が現れるのは、時間の問題でしょう」

 他人事の口ぶりで報告するアスタロトは、赤子に食事を摂らせる魔王に溜め息をついた。最近擦り下ろしから刻んだ固形になった林檎を、少しずつ口元に運ぶ姿は魔族の王というよりお母さんだ。餌付けするように一口ずつ食べさせ、口の端に零れた汁を指先で拭った。

「陛下、聞いておられますか?」

「ああ。ドラゴニア家が疑われてるんだろう? だが主犯のベレトが捕縛された情報も流したよな」

 子供に微笑みかける時間が長いと、優しい子に育つ。迷信に近い育児理論を振りかざして、絶世の美貌に満面の笑みを浮かべ、リリスの口に「あーん」と林檎を運ぶ。その手は止まることがなかった。

 一応話は聞いているのだからと心を冷静に保ちながら、アスタロトは報告をさらに読み上げた。

「神龍族と竜族が結託したという形に、情報が歪んでいますね。対処をされますか?」

 たまたま歪んだのか、故意に歪められたのかで対応は変わる。しかしアスタロトは見捨てても構わないと考えるため、冷めた口調で確認作業を進めた。

「そうだなぁ。リリスもそろそろお散歩してもいいと思うんだ。ちょっとオレが出かけて……」

「陛下は仕事が足りないようですね」

 動けなくなるほど書類を目の前に積んでやろうか。部下の脅しに溜め息を吐いて、今回は説得を試みる。

「リリスを連れて行くのは、オレが油断していると思わせるためだ。心配なら隠れてついてこい」

 要点を省いて結果だけを突きつけるのは、ルシファーを育てた側近達の影響だろう。互いに似た思考を持つため、途中経過を省いてしまう。じっと見つめ返したアスタロトが諦めの表情を浮かべた。

「命じればいいでしょう。あなたが出向く必要はありません」

 ドラゴニア公爵家を残す決断をしたのだ。今さら覆すことはない。ならば本当の話を自らの口から喧伝けんでんすればよかった。魔王本人が噂を否定すれば、民も素直に聞きいれる。

 として、油断した赤子連れの魔王は最適だろう。そう笑うルシファーへ、アスタロトは首を横に振った。 

「お前らは翼が減ったことを重要視するが……オレは純白の魔王だぞ」

 力をもつ者ほど白い世界の理は変わらず、誰より白い姿を持つ魔王として君臨するルシファーの力は健在だ。ただ引き出せる力がセーブされただけ。無理やり引き出そうと思えば、周囲から強制的に集めて揮う器は持ち合わせていた。

 危険な状況になれば、リリスを守るために何でもする。そう示したルシファーへ、存外甘いアスタロトが折れた。

「わかりました。ですが、影に潜んで私が同行します」 

「任せるよ」

 リリスがぱくっと開けた口に、林檎を入れる。秋の味覚である林檎がいたくお気に召したらしく、ここ数日は林檎ばかり強請るリリスの頬にキスをした。
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