上 下
384 / 1,397
28章 魔の森、復活大作戦

381. 詮議という名目

しおりを挟む
※多少の残酷表現があります。
***************************************






 捕らえたドラゴン種を前に、アスタロトは笑みを絶やさない。敬愛する魔王を襲い、その腕に守られる魔王妃候補の赤子を狙った男の罪は重かった。この男の命ひとつであがないきれぬほど……。

「命乞いをする気なら早めにお願いしますね」

 ここまでは魔王の側近であるの管轄だ。一応自白を促したという形は残しておく必要があるだろう。むっと口をつぐんだ男の表情に「そうではなくては」と声に出さず呟いた。

 アスタロト大公領を覆う魔の森の一角に、まるで広場のようにひらけた場所がある。以前も逆凪の原因となった勇者を自称する人族を引き裂いたり、ワイバーンの群れを駆逐した場所だ。

 血の臭いが染みついた一角に、魔の森は木々を生やすことはなかった。魔の森は未だに膨張を続けて外周を拡大しているのに、手を加えなくとも残された赤い大地の上に男を転がす。転移魔法陣で運んだ咎人とがにんに近づき、アスタロトは赤い目を細めた。

「命乞いなど許す気もないが……お前が丈夫な種族で助かった。は手加減が苦手だ」

 口調が変わると同時に、ぞくりと背筋が凍るような殺気が周囲を満たす。魔の森に満ちていた動物や魔物の声が、ぴたりとやんだ。

「……詮議するんじゃないのか」

 だから話すまで殺せないはずだ。そう告げる目の前の男を縛る鎖を、ぱちんと指を鳴らして消し去る。本能的な恐怖に羽を広げ、龍の大きな身を顕現させた男が口を開いて威嚇した。その堂々たる姿は神龍族の中でも上位に入るだろう実力を示す。

「情報など、死体から取れる」

 にやりと口角を持ち上げて笑ったアスタロトへ、龍が作り出した風が襲い掛かる。神龍族は火、水、風とそれぞれに好む力を身につけるが、この男は風を操るらしい。鋭い風の刃を全方向から見舞い、最後に風を圧縮して上から叩きつけた。

「油断するからだ」

 勝ちを確信した龍の後ろで、退屈そうな声が響く。

「なぜ勝てると思うのか」

 振り向こうとした龍の背に巨大な風がぶつかった。背骨を折る激痛にのたうちながら、龍は森の木々をなぎ倒して地に落ちる。長い龍体の中央を折った竜巻を消しながら、アスタロトは右手に愛用の剣を呼び出した。

「俺の上に立つは、魔王ただ一人」

 無造作に振るった剣が龍の身体を切り裂く。尻尾の先を落とされ悲鳴を上げて暴れるたび、森がざわめいた。近づく魔物の気配に、アスタロトが笑みを深めた。

「来るがいい。お前らに餌をやろう」

 纏う殺気をおさめ、龍の身を魔力の網で縛り付ける。アスタロトに敬意を示して身を伏せた魔熊と魔狼の前へ、斬りおとした龍の尻尾を放り投げた。魔力豊富な龍の肉に、目を輝かせる魔獣へ許可を与える。

「やめ、ろっ」

 己の身が目の前で切り裂かれ、魔獣達に分け与えられていく。本体を殺さぬよう手心を加えるアスタロトの残酷さに、神龍族の男は必死に訴えた。本体が龍なのだろう、苦痛にのたうつ男は人型に戻らず龍体のままだった。

「やめろ、話す! なんでも……話すから!! 魔王の……」

「お前が口にしてよい御名ではない」

 怒りの表情が一瞬だけアスタロトの殺気を引き出す。怯えた魔獣を宥めるように、ひとつ深呼吸して感情を抑え込んだ。

「先ほどと同じ答えで悪いが、情報など死体から取れる。お前の口は不要だ」

 冷たく突き放した直後、アスタロトの虹色の刃が振りかざされる。怯える龍の口を裂き、目を貫き、喉を突いた。ばらばらに切り刻まれた肉に群がる魔獣達に「後片付けは任せます」と穏やかに声をかける。

 ぐるると唸って平伏した魔獣の足元で、魔の森が龍の魔力を吸い込んでいく。さきほど暴れた龍に折られた木が芽吹いて、元の大木としての姿を取り戻した。乾いた砂が水を吸い取るごとく、魔の森は龍の魔力を強欲に吸収する。

 剣を赤く濡らした血を指で掬いあげ、得た情報に表情を緩めた。

「なるほど……ベレトは、アガレス侯爵家も抱き込んでいましたか」

 魔王の敵を見逃すことはしない。アガレス侯爵家直系の血に濡れた口元を歪めたアスタロトは、まだ明るい空を見上げた。己の金の髪を明るく照らす日差しに目を細め、くつりと喉を震わせる。

「さて、そろそろ戻らねば……の仕事が増えてしまいますね」

 必死で書類仕事を片づけているはずのルシファーを思い浮かべ、返り血や臭いが残っていないのを確認してから、魔王城の中庭へ飛んだ。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです! 12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。  両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪  ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/07/06……完結 2024/06/29……本編完結 2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位 2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位 2024/04/01……連載開始

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

処理中です...