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28章 魔の森、復活大作戦
376. 眠れない満月の夜
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「おや、起きておられたのですか」
部屋の中から姿を現した側近が、苦笑いしながら声をかける。手にした書類を机の上に置いて退出する予定が、バルコニーの魔王に気づいて変更されたらしい。
「うぅ! あー!!」
全然眠る気がない赤子のはしゃいだ様子に、くすくす笑うアスタロトが「夜なのに元気ですね」とリリスの小さな手に指先を握らせる。挨拶のように指を握って振るリリスが2人の顔を交互に見つめた。
「会議中に寝ていたからな。どうやら昼夜逆転したらしい」
「なるほど。お昼寝が長いとこうなるのですね」
リリスは抱っこされたまま、ルシファーの白い髪を引っ張って口に運んだ。その仕草はかつて見せたものに似ていて、懐かしい気持ちになる。降り注ぐ月光で輝く髪を綺麗だと欲しがったこともあった。
「ルシファー様の髪がお気に入りなのは、変わりませんか」
「そういや、お前の髪をもらったな。腕輪にしたら酷い目にあった」
思い出して苦笑いするルシファーに、記憶を辿ったアスタロトが「人族の砦の上でしたか」と頷く。あの日も月が眩しいほど明るい夜だった。金色に輝く髪を欲しがったリリスの右腕に、編み髪をブレスレットとして与えたのだ。左手首にルシファーの純白の髪を巻いて、それは幸せそうにお礼を言った。
しばらく後、勇者の紋章が暴走する原因になるのだが……あの夜は何も知らずに、無邪気に喜ぶリリスに2人は満足したのだ。
「この年齢まで戻ると、勇者の紋章は消えましたか」
ルシファーがリリスの左手の甲を持ち上げて、月光に透かすように動かした。傷ひとつない白い手は、握ったり緩めたりを繰り返している。
勇者の紋章は3歳前後で現れた。今のリリスは勇者ではないのだろう。風呂に入れた赤子は薔薇の香りを漂わせながら、構ってくれる大人に手を伸ばす。損得も駆け引きもない、ただ純粋な興味に目を輝かせる赤子に、アスタロトが呟いた。
「私は前のリリス嬢を結構気に入っておりましたよ。ですから失われて惜しいと思います」
側近の本音に、ルシファーは否定せず頷いた。
「そうだな。前のリリスもこの子も、同じオレの愛し子だ。失ったかわからないのに、随分と気の早い話をするが、いつからそんなに老けたんだ?」
揶揄う口調で笑う主君へ、アスタロトは心外だと表情を作った。思わず吐露した本音を覆い隠すように、ルシファーへ切り返す。
「明日は大量の書類をご所望ですか。溜まった分、すべて処理をお願いすることにしましょう」
「ちょ、ちょっとまて」
「老けた年寄りに分担させる気ですか?」
揚げ足を取られて焦るが、アスタロトの口元は楽しそうに笑みを刻んでいる。どうやら揶揄い返されただけのようで、大きな溜め息を吐いた。
「脅かすな。寿命が縮まる」
「その程度で縮まる寿命なら、とっくに尽きておりますよ」
「あぶぅ」
割って入るリリスの声に、顔を見合わせた2人は口元を緩める。赤子の存在はそれだけで場を明るくする。これからの未来しか知らない命が伸ばす手は、新しい人生を掴むのだろう。
「さっきの書類はなんだ?」
処理が必要なのかと尋ねれば、優秀な側近はすらすらと内容を諳んじた。
「報告書です。魔の森に関すると思われる言い伝え、それ以外であっても種族に伝聞された歌や言葉があれば提出するよう各種族に通達を出しました。一部の種族からの返信を纏めた書類になります」
ドラゴニア家に残る言葉は『魔の森はひとつの種族であり、他種族を生む母である』というもの。シェンロンには数え歌の形で残されていた。エルフが口遊む森の歌に森の由来を示す一文が紛れ、ドワーフが炭鉱で呪いとして使う文言に魔の森への警告が入っていたらしい。
他の種族も、それぞれに親から子へ伝えられる歌や御伽噺をかき集めている頃だろう。ラミアにも代々伝わる子守唄があったりする。何らかの形で種族の始祖が残した言葉だとしたら、それは魔族の起源に関わるものだ。
「もっと早くに集めて記録しておけばよかった」
「ええ。各種族で独自の文化を築いたため、共通点があるなど考えもしませんでした」
今のところ返信があった種族は少ないが、1年もしないうちに大量の資料が集まりそうだ。この際だから纏め上げて、正式な記録書を作ると張り切るルキフェルに任せるのが効率的だろう。
「ルキフェルが適任か」
「ベルゼビュートには無理ですから」
最初から選択肢にない彼女の名に、呼ばれた当人は魔の森の外周でくしゃみを数回繰り返す。鼻を啜りながら「美人なあたくしの噂をするなんて、どこの美形かしら」と呟いた。
部屋の中から姿を現した側近が、苦笑いしながら声をかける。手にした書類を机の上に置いて退出する予定が、バルコニーの魔王に気づいて変更されたらしい。
「うぅ! あー!!」
全然眠る気がない赤子のはしゃいだ様子に、くすくす笑うアスタロトが「夜なのに元気ですね」とリリスの小さな手に指先を握らせる。挨拶のように指を握って振るリリスが2人の顔を交互に見つめた。
「会議中に寝ていたからな。どうやら昼夜逆転したらしい」
「なるほど。お昼寝が長いとこうなるのですね」
リリスは抱っこされたまま、ルシファーの白い髪を引っ張って口に運んだ。その仕草はかつて見せたものに似ていて、懐かしい気持ちになる。降り注ぐ月光で輝く髪を綺麗だと欲しがったこともあった。
「ルシファー様の髪がお気に入りなのは、変わりませんか」
「そういや、お前の髪をもらったな。腕輪にしたら酷い目にあった」
思い出して苦笑いするルシファーに、記憶を辿ったアスタロトが「人族の砦の上でしたか」と頷く。あの日も月が眩しいほど明るい夜だった。金色に輝く髪を欲しがったリリスの右腕に、編み髪をブレスレットとして与えたのだ。左手首にルシファーの純白の髪を巻いて、それは幸せそうにお礼を言った。
しばらく後、勇者の紋章が暴走する原因になるのだが……あの夜は何も知らずに、無邪気に喜ぶリリスに2人は満足したのだ。
「この年齢まで戻ると、勇者の紋章は消えましたか」
ルシファーがリリスの左手の甲を持ち上げて、月光に透かすように動かした。傷ひとつない白い手は、握ったり緩めたりを繰り返している。
勇者の紋章は3歳前後で現れた。今のリリスは勇者ではないのだろう。風呂に入れた赤子は薔薇の香りを漂わせながら、構ってくれる大人に手を伸ばす。損得も駆け引きもない、ただ純粋な興味に目を輝かせる赤子に、アスタロトが呟いた。
「私は前のリリス嬢を結構気に入っておりましたよ。ですから失われて惜しいと思います」
側近の本音に、ルシファーは否定せず頷いた。
「そうだな。前のリリスもこの子も、同じオレの愛し子だ。失ったかわからないのに、随分と気の早い話をするが、いつからそんなに老けたんだ?」
揶揄う口調で笑う主君へ、アスタロトは心外だと表情を作った。思わず吐露した本音を覆い隠すように、ルシファーへ切り返す。
「明日は大量の書類をご所望ですか。溜まった分、すべて処理をお願いすることにしましょう」
「ちょ、ちょっとまて」
「老けた年寄りに分担させる気ですか?」
揚げ足を取られて焦るが、アスタロトの口元は楽しそうに笑みを刻んでいる。どうやら揶揄い返されただけのようで、大きな溜め息を吐いた。
「脅かすな。寿命が縮まる」
「その程度で縮まる寿命なら、とっくに尽きておりますよ」
「あぶぅ」
割って入るリリスの声に、顔を見合わせた2人は口元を緩める。赤子の存在はそれだけで場を明るくする。これからの未来しか知らない命が伸ばす手は、新しい人生を掴むのだろう。
「さっきの書類はなんだ?」
処理が必要なのかと尋ねれば、優秀な側近はすらすらと内容を諳んじた。
「報告書です。魔の森に関すると思われる言い伝え、それ以外であっても種族に伝聞された歌や言葉があれば提出するよう各種族に通達を出しました。一部の種族からの返信を纏めた書類になります」
ドラゴニア家に残る言葉は『魔の森はひとつの種族であり、他種族を生む母である』というもの。シェンロンには数え歌の形で残されていた。エルフが口遊む森の歌に森の由来を示す一文が紛れ、ドワーフが炭鉱で呪いとして使う文言に魔の森への警告が入っていたらしい。
他の種族も、それぞれに親から子へ伝えられる歌や御伽噺をかき集めている頃だろう。ラミアにも代々伝わる子守唄があったりする。何らかの形で種族の始祖が残した言葉だとしたら、それは魔族の起源に関わるものだ。
「もっと早くに集めて記録しておけばよかった」
「ええ。各種族で独自の文化を築いたため、共通点があるなど考えもしませんでした」
今のところ返信があった種族は少ないが、1年もしないうちに大量の資料が集まりそうだ。この際だから纏め上げて、正式な記録書を作ると張り切るルキフェルに任せるのが効率的だろう。
「ルキフェルが適任か」
「ベルゼビュートには無理ですから」
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