上 下
371 / 1,397
27章 全部一からやり直し?

368. 残酷な現実を告げる口

しおりを挟む
「まず、我らの報告から始めさせていただきたく」

「異議あり」

 タカミヤ公爵の声に、アスタロトが淡い金髪を揺らして首をかしげた。不思議そうな表情を浮かべる彼をちらりと見上げ、機嫌の悪い時特有のくせを見つけ目を逸らす。指摘したら矛先ほこさきがこちらに向かいそうだ。

「ベール大公閣下の軍事報告より優先すべきお話ですか? ルキフェル大公閣下によるキマイラに関する研究結果より大切で、唯一の魔王妃となられるリリス姫を害し、魔王陛下に牙を剥いた輩の処断より重要でしょうか」

 頷けない要素を次々と並べて黙らせる。タカミヤ公爵モレクは老齢ながら、しゃんとした姿勢でアスタロトに向き合った。神龍族シェンロンをまとめ上げる実力者の強い視線に、吸血鬼王はまっすぐに見つめ返す。作った笑みで挑発するように口角を持ち上げた。

 彼らのやり取りに「大人げない」と呟いたルシファーだが、ぬいぐるみの尻尾を掴んで引っ張るリリスの頬を撫でて見守った。任せると告げたのは自分自身だ。ベール達は互いの報告内容を把握しているのか、アスタロトの攻撃的な態度を咎めようとしなかった。

 彼らの態度から、モレクが異議を申し立てた理由が察せられる。己にとって都合の悪い報告が魔王の耳に入る前に、申告する形で情報と印象を上書きしたかったのだろう。

「アー!」

 リリスが手にしたぬいぐるみを床に落とした。風を操って引き寄せるルシファーだが、渡す前にリリスに手を掴まれる。見る間にあぐあぐと指に噛みつかれた。まだ歯が生える前なので擽ったい。自然と表情が和らいでしまう。場の空気にそぐわないのを承知で、ルシファーは口元を緩めた。

 リリスが可愛すぎて、緩んだ頬を引き締めようとしても動かない。段下のイポスも口元が緩んでいるし、ルキフェルに至っては小さく手を振っていた。そうだよな、この可愛さは全魔族共通だろう。誇らしげにルシファーがリリスを抱き寄せる。

「陛下! 直答をお許しいただきたくお願い申し上げます」

 叫んだタカミヤ老公爵の声に、リリスはびくりと肩を震わせた。口の中に入れて歯茎でんでいたルシファーの指を握ったまま、周囲を見回している。大きな声に驚いたリリスは、よだれ塗れの指を離した。せっかく可愛かったのに……残念に思う気持ちのまま溜め息を吐く。

 リリスに意識を奪われたルシファーの一連の態度を、モレクは違う意味に受け止めた。すべてはもう魔王の耳に入っており、厳しい処罰が下されるのだと……絶望に満ちた表情でがくりと両膝をつく。

「直答を許す」

 このタイミングで許可するルシファーの無情さに、モレクは「ああ……お許し、ください」と平伏した。話したいというから許可したのに崩れ落ちた神龍族の長老の姿に、ルシファーは内心で困惑する。何を許せというのか。

「魔王陛下、よろしいでしょうか」

「うむ」

 アスタロトが淡々と状況を説明し始めた。

「ベール大公閣下の報告から進めさせていただきます」

 タカミヤ公爵は直答の許しを得ても床に頭をこすりつけて動かないので、ルシファーは頷いた。一礼したベールが書類を広げて読み始める。

 報告内容は、タカミヤ公爵の弟が今回の事件の主犯である可能性を示唆するものだった。

 魔王軍が鎮圧と証拠回収に赴いた先で、捕らえた研究者のほとんどが神龍族出身者であったこと。回収された書類の大半がシェンロン文字と呼ばれる種族特有の文字で暗号化されていたこと。研究者を守ろうと攻撃してきた者が神龍族の戦士だったこと。

 ほかにもいくつかの証拠を上げてベールの報告が締めくくられた。

「以上の理由により、神龍族の調査を現在も継続しております」

 数千年前から人族に関与して魔王にけしかけ、他の魔族の生存をおびやかした黒幕として弟の名が挙がったモレクは、震えながら床に額をこすりつけた。長老として毅然きぜんとした態度を見せてきた彼の姿に、哀れを感じるが感情でまつりごとを動かすわけにいかない。

「引き続き、ルキフェル大公閣下のご報告をお願いします」

 一切容赦する気のないアスタロトの冷たい声に、ルキフェルが一歩進み出た。水色の前髪をかき上げると、感情のない淡々とした話し方で報告を始める。

「預かったキマイラと小人の遺伝子から、竜族の血が検出された。最初にリリス姫が倒したキマイラは融合部分に人族が5人分、竜族の血が1人分、神龍族の血が3人分。あとのキマイラはもっと質が悪くて、人族の血肉だけで融合してある。小人は人族を6人くらい使って作った『ホムンクルス』だね。可哀そうに……」

 もとには戻せない。そう締めくくったルキフェルは、ホムンクルスを作り出した研究者の非道さに眉をひそめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

処理中です...