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26章 禁じられた魔術

353. 白金の鏃により繋がる策略

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「金矢を用意しろっ! 急げ」

 ほんのり金色を帯びたやじりのついた矢が空中から取り出された。魔法を発動する記号が刻まれた鏃は、わずかだが魔力を宿す。しかしこの鏃は不思議なほど気配がなかった。魔力も魔法陣の形跡も、記号も

 己へ向けられた矢に、ルシファーは眉をひそめた。魔王に対抗する武器として用意され、魔族が収納空間から取り出したのに、であるはずがない。何らかの特殊効果を持たせたはずだ。

 キマイラを作り出すほど魔術に関する高い技術があれば、魔力を封じる何らかの術を……そこで引っ掛かった。魔力を封じる魔法陣は以前に人の都で見ている。あの時は頭に血が上っていたが、よく考えるとおかしな点が多かった。

 人族の魔術師は火球さえ満足に扱えず、魔力量も魔獣より少ない。どうやって術を発動させた? 人族の生贄があったが、生贄に魔力がなければ魔力の供給源にならない。血で発動するわけがないのだ。ならばどうやって発動させたのか。

 そして、発動方法は誰が伝授した?

 キマイラを作る技術を持つ魔族が、生きた者をゾンビにした人族に知識を授けたとしたら……いや、キマイラを作る過程で発生した失敗作がゾンビならば、辻褄があう! 

 パズルのピースが次々と脳裏で埋められていく。

 人族に混じった魔族がゾンビを作り、人族を巻き込んで魔王への攻撃の隠れ蓑とした。失敗作の処分に困ったのもあるかも知れない。魔族と混血できる唯一の種族は人族で、キマイラに使われた種族の接合に人族が使われたのではないか? 

 目の前に残るキマイラをじっと見つめる。ミノタウロスの背中に生えた、歪なワイバーンの翼は人族の血肉が接合部となっている可能性が高い。人族は大きな魔力を維持できない。だから魔力が乱れて本能のみで行動した。人族が融合できるのは肉体のみで、各種族の魔力は反発しあうものだ。知性がある種族を使っても、激痛に思考は散漫になるだろう。

 リリスが倒した最初のキマイラは、城門前に放たれたキマイラやこの場にいるキマイラのどれより知能や魔力が高い魔獣が使われていた。つまり試作品で、操ることができなかった失敗作だ。どうせ操れないなら、本能だけで動く魔力の弱い種族同士を掛け合わせて、キマイラ兵として量産すればいい。

 恐ろしい推論の陰に、深く練られた悪辣あくらつな策謀が垣間見えて、ルシファーは動揺した。この考えが正しければ、ゾンビやキマイラを作り魔王妃候補を誘拐した犯人は――魔族。それも長い年月をかけて計画実行された可能性がある。

「パパっ、危ないわ!!」

 叫んだリリスの声に慌てて顔を上げる。考え込んでいたルシファーに向けて、大量の矢が降り注いだ。風の魔法を操る白衣の魔族の皮膚は、うっすらと鱗が透けている。彼らの前にいるキマイラ達は、のろのろと近づいていた。

 この場でもっとも魔力量の多い餌である魔王へ向かって。

 パリンっ!

 複数枚重ねた結界が一度に弾ける。鏃が触れた先から結界が無効化されていた。聖水と同じ効果を持つ白金の鏃がひとつ、ルシファーの頬を掠める。魔王が張る結界を通過するほどの呪詛が含まれた矢は、時間差を置いてさらに放たれた。

 赤い血が頬を伝うのを、無造作に袖で拭う。背中の翼にも矢が刺さり、一部は突き抜けた。

「我が君っ! がぁううぅ!!」

 ヤンの号令で魔狼達が飛び出そうとした。しかしルシファーが張った結界内から出られず、困惑した顔で「きゅーん」と鼻を鳴らす。魔王の結界は内側も外側も同じ強度を誇るため、彼らに破ることは出来なかった。

 2度目の矢が雨のようにルシファーを包む。

「きゃーっ! パパ、パパぁ!!」

「っ……」

 太ももに矢が刺さって膝をつきそうになり、ぐっと足に力を籠める。最愛のリリスが見ているのに、無様に膝をつくことは出来ない。

「攻撃が通ったぞ!」

「残りの矢もすべて使えっ!!」

 空中から取り出されたすべての矢は、白金の鏃がついていた。この鏃が聖水と同じなら、結界はいくら張っても消される。聖水とやらに含まれる成分は、動物性のもの……ここにもキマイラに繋がる鍵があった。

 聖水が広まったのは数千年前。一部の魔族がその頃から人族に関与して、要らぬ知恵を授け、魔王への敵対を煽ったということだ。

「デスサイズ、来い」

 左手に瞬時に顕現した鎌で矢を防ぐ。意思を持つ死神の鎌が主の血に染まりながらも、矢の大半を叩き落とした。デスサイズに触れた鏃が黒く染まって大地に沁み込む。まるでタールのように、どろりとした黒い呪詛が大地を穢した。 
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