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26章 禁じられた魔術

351. 黒幕の尻尾を掴む

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※多少の残酷表現があります。
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「なんという有様、ルキフェルが嘆くでしょうね」

 自領に建てられた不審な小屋は、大炎上中だった。地下室もある立派な研究室が、松明のように燃えている。転移した先で燃える建物に、とりあえず消火を試みることにした。結界で炎ごと包み込んで、燃焼が収まるのを待つ。

 燃焼に必要な風と酸素を断たれた結界内は炎が消え、黒炭と化した哀れな残骸をさらけだした。

「証拠品の押収を命じたあの方に、なんとお詫びすればいいやら……ねえ、そうは思いませんか?」

 嘆いたアスタロトは左側の茂みに目を向けて、答えを促す。がさりと草が揺れて白衣の男3人が飛び出した。同時にアスタロトへ鋭い氷片が向けられる。先端が尖った氷はひとつが成人男性の腕程もあり、無数に降り注いだ。

「やったぞ!」

「よし!」

 風を操って複雑な軌道を描いた氷片は、立ち尽くすアスタロトの頭上や左右から死角を狙うように叩きつける。勝利を確信した白衣の男が叫び、隣の男も同様に勝利の予感に声をあげた。

 ザシュ、ザン、ダダン! 激しい音でアスタロトの周囲が土煙に覆われる。

「せっかくだ、寿命不明の吸血鬼でキマイラを作ろう」

 眼鏡をした男が提案すると、研究者らしき3人は大いに盛り上がった。土煙が薄くなった現場に人影はなく、肉片となったであろうアスタロトを回収するために近づく。

 大量の血が残る現場で、彼らは大喜びで試験管やピンセットを取り出した。摘まんだ肉片を大切そうにパックしてしまい込み、まだ湯気の出る血をかき集める。互いに赤く濡れた手で笑い合った後ろから、笑いを含んだ声がかけられた。

「この程度の攻撃で、魔王の側近を害せると――本気で思うがいることに驚きましたよ。魔物と私の区別がつかない研究者ですから、仕方ないのでしょうけど」

 淡い金髪を風に揺らした吸血鬼王は、びくりと肩を揺らして動きを止めた3人に微笑みかけた。一番手前の眼鏡の男の首を掴み、無造作に持ち上げる。左腕一本で釣り上げた男の怯えた顔に、穏やかな表情で優しく響く声が告げた。

「……私はあまり血が好きではないのです」

 だから困ったと嘯きながら、掴んだ男の首を斬りおとす。長い爪を武器にして簡単に行われた殺しに、残る2人は赤い血を浴びながら悲鳴を上げた。頸動脈から吹きだした血で真っ赤に染まった白衣で、地面に頭をこすりつける。

「ひっ、わ、悪かった」

「命令されて、だから……っ」

 命乞いを聞き流しながら、男の首を掴んでいた手を緩める。びくびくと痙攣した身体が地面に落ちて、重たい音を立てた。長い右手の爪についた血をぺろりと舌先で味わい、アスタロトは一瞬複雑そうな顔をする。

 吸血種族である彼が血液から得る情報は多種多様で、殺した男の種族や年齢、魔力量に至るまで流れ込んできた。情報を取捨選択しゅしゃせんたくしながら、足元で這いつくばって喚く2人の処遇に迷う。証人は不要だと言われたが、それは証拠品の回収が最優先だったからだ。

 燃やされた証拠を復元するには大量の血液と魔力が必要だった。使える魔術の中からいくつか候補を思い浮かべ、アスタロトはもっとも簡単で残忍な方法を選ぶ。

「燃えた証拠品に関して、あなた方に責任を取っていただきましょうか」

 こくこくと頷いた2人は知らない。アスタロトにとって都合よく、証拠品を復活させて証人を処分する残酷な魔術が存在することを――復元魔術用の魔法陣が足元に浮かび、とっさに読み解こうとした彼らを包んだ。

「失敗しないといいのですが」

 炭となった証拠品の上に吊られた彼らの身が無残に千切られる。滴る血が触れた場所から建物が、証拠となる書物が、研究材料が復元された。必要な物のみを復元させたところで、呻いている2人を処分する。魔法陣が搾り取る血を一部掬って舌に乗せ、先ほど読み取った情報との照合を行った。

 黒幕へ続く尻尾の先を掴まえた。これをトカゲの尻尾切りで逃げられるわけにいかない。

「……これは面倒な騒動になりそうですよ、陛下」

 呟いた言葉と正反対に、アスタロトの口元は弧を描いていた。
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