345 / 1,397
26章 禁じられた魔術
342. 見たことがない小さな種族
しおりを挟む
見覚えがある。きょろきょろと見回し、目の前の整った顔を見上げた。
「ねえ、パパ。前にここに来たことある?」
「ん? 保育園に通っていた頃に遠足で来た場所だぞ」
遠足……その単語にリリスの脳裏に記憶が蘇った。忘れていたというより、普段必要ない記憶を深くにしまい込み過ぎたのだろう。最後に見た記憶は、大量のゾンビの焼死体と濁って異臭を放つ水たまりだった。水量が半分以下に減ったため、かなり悲惨な姿になっていたはず。
「ゾンビが出たところ?」
「そうだ、よく覚えてるな」
抱きしめて髪を撫でるルシファーが説明してくれた。この湖はアスタロトに与えた領地の一部で、大公領として管理される。長寿のアスタロトにとって、数十年単位で自然が元に戻るなら放置する方針だったが、養女を取ったアデーレがこの場を整えたらしい。
ずっと娘が欲しかったアデーレだが、アスタロトとの間にできたのは息子が2人。そのため念願の娘ルーサルカをとても可愛がっている。一緒にピクニックがしたいと、領地内の湖を復元した。
「リリスの想い出の場所だから、オレも多少なりと協力したぞ」
尽力したことをさりげなくアピールするルシファーの背に手を回し、頬をすり寄せたリリスが「ありがとう」とお礼を口にした。抱き合っている2人の下で、ヤンはちょっと居心地が悪い。だが大好きな2人が仲良しなのはいいこと――身じろぎせずじっと我慢した。
同じ姿勢で動かずにいるのが苦痛になる頃、ようやくルシファーの声がかかった。
「さて、下りて休憩しようか」
早かったのか、遅いのか。疲れ切ったヤンが湖に近づき、水を飲み始める。そんな彼の目に複数の魚影が移った。魚影を追って目を動かすと、左の小川から水が流れ込んでおり、湖の水位を保つ形らしい。溢れないよう、湖の水はまた小川に戻されていた。これならば湖が淀む心配もない。
「姫様! 魚がおりますぞ」
「本当に?」
お茶の道具を用意するルシファーの隣から立ち上がり、リリスは軽やかに駆け寄った。湖のほとりから覗くが、よく見えない。隣で丸まったヤンの背中を踏み台に、高いところから覗いた。銀色に光を弾く流線型の魚を見つけ、目を輝かせる。
「パパ、魚が……あれ? 何か流れてきたわ」
小川からの流れに乗って、蓋がない瓶が浮き沈みしている。ヤンの上から魔力の網を投げて瓶を回収したリリスは、瓶を目線の高さに掲げた。瓶は透明だが、中の水が濁っている。バシャバシャと表面が波立つ様子に目を凝らす。
曇った空の鈍い陽光が照らしだしたのは――小さな人に似た生き物だった。
「あなた、だあれ? 溺れてるのかしら」
瓶の口を手で塞いで、瓶を傾けようとして……下の毛皮に気づいた。このままではヤンがびしょ濡れになってしまう。
「ヤン、下りたいの」
「どうぞ」
滑り台のように体を傾けてくれるヤンは、この10年程で子育てに慣れ過ぎた。勢いが付きすぎないよう、滑り降りる角度を調整しながら身をくねらせる。
「きゃっ。ありがとう!」
瓶の中を確認し終えたら、あとでもう一回頼もう。リリスがそう決意するくらい、久しぶりの滑り台は楽しかった。何とか手のひらで蓋をして零さずに滑り下りると、地上で待ち構えていたルシファーが抱きとめる。
「おかえり、お転婆姫……それは何だ?」
「湖に流れてきたのよ。溺れそうだから助けようと思って」
説明しながら、瓶を傾けようとするリリスの動きを止めたルシファーが、魔力で瓶の中身を摘まんで手のひらに乗せた。魔王の結界を破る危険物ではなかったらしく、ぐったりと倒れ伏した生き物は人族に似ている。しかしサイズが小さすぎた。
「人族じゃなさそうだな」
「パパ、リリスにも見せて!」
「ごめんね、お姫様。どうぞ」
かろうじて息をしているが、魔力はほぼ感じない。危険はないと判断したが、一応結界に包んでから渡した。魔族にも小人系の種族はいるが、手のひらに乗るサイズだとかなり限られる。小人妖精族と獣小人族ぐらいか。
思い浮かべた種族はどちらも外見に特徴がある。グレムリンは小さな角があるし、ホビットは尻尾や耳がついていた。体毛が一切なく、つるんとした人族に似た外見は初めて見る種族だった。この生き物は、どちらの種族にも分類されない。
「新種?」
「うーん」
リリスの可愛い手のひらの上に収まる小人を見ながら、種族の選別を始める。大型犬サイズに縮んだヤンが近づいてきた。大きすぎると小さなものが見えづらいのだろう。横から覗き込んだヤンは臭いを嗅いで顔をしかめた。
「ねえ、パパ。前にここに来たことある?」
「ん? 保育園に通っていた頃に遠足で来た場所だぞ」
遠足……その単語にリリスの脳裏に記憶が蘇った。忘れていたというより、普段必要ない記憶を深くにしまい込み過ぎたのだろう。最後に見た記憶は、大量のゾンビの焼死体と濁って異臭を放つ水たまりだった。水量が半分以下に減ったため、かなり悲惨な姿になっていたはず。
「ゾンビが出たところ?」
「そうだ、よく覚えてるな」
抱きしめて髪を撫でるルシファーが説明してくれた。この湖はアスタロトに与えた領地の一部で、大公領として管理される。長寿のアスタロトにとって、数十年単位で自然が元に戻るなら放置する方針だったが、養女を取ったアデーレがこの場を整えたらしい。
ずっと娘が欲しかったアデーレだが、アスタロトとの間にできたのは息子が2人。そのため念願の娘ルーサルカをとても可愛がっている。一緒にピクニックがしたいと、領地内の湖を復元した。
「リリスの想い出の場所だから、オレも多少なりと協力したぞ」
尽力したことをさりげなくアピールするルシファーの背に手を回し、頬をすり寄せたリリスが「ありがとう」とお礼を口にした。抱き合っている2人の下で、ヤンはちょっと居心地が悪い。だが大好きな2人が仲良しなのはいいこと――身じろぎせずじっと我慢した。
同じ姿勢で動かずにいるのが苦痛になる頃、ようやくルシファーの声がかかった。
「さて、下りて休憩しようか」
早かったのか、遅いのか。疲れ切ったヤンが湖に近づき、水を飲み始める。そんな彼の目に複数の魚影が移った。魚影を追って目を動かすと、左の小川から水が流れ込んでおり、湖の水位を保つ形らしい。溢れないよう、湖の水はまた小川に戻されていた。これならば湖が淀む心配もない。
「姫様! 魚がおりますぞ」
「本当に?」
お茶の道具を用意するルシファーの隣から立ち上がり、リリスは軽やかに駆け寄った。湖のほとりから覗くが、よく見えない。隣で丸まったヤンの背中を踏み台に、高いところから覗いた。銀色に光を弾く流線型の魚を見つけ、目を輝かせる。
「パパ、魚が……あれ? 何か流れてきたわ」
小川からの流れに乗って、蓋がない瓶が浮き沈みしている。ヤンの上から魔力の網を投げて瓶を回収したリリスは、瓶を目線の高さに掲げた。瓶は透明だが、中の水が濁っている。バシャバシャと表面が波立つ様子に目を凝らす。
曇った空の鈍い陽光が照らしだしたのは――小さな人に似た生き物だった。
「あなた、だあれ? 溺れてるのかしら」
瓶の口を手で塞いで、瓶を傾けようとして……下の毛皮に気づいた。このままではヤンがびしょ濡れになってしまう。
「ヤン、下りたいの」
「どうぞ」
滑り台のように体を傾けてくれるヤンは、この10年程で子育てに慣れ過ぎた。勢いが付きすぎないよう、滑り降りる角度を調整しながら身をくねらせる。
「きゃっ。ありがとう!」
瓶の中を確認し終えたら、あとでもう一回頼もう。リリスがそう決意するくらい、久しぶりの滑り台は楽しかった。何とか手のひらで蓋をして零さずに滑り下りると、地上で待ち構えていたルシファーが抱きとめる。
「おかえり、お転婆姫……それは何だ?」
「湖に流れてきたのよ。溺れそうだから助けようと思って」
説明しながら、瓶を傾けようとするリリスの動きを止めたルシファーが、魔力で瓶の中身を摘まんで手のひらに乗せた。魔王の結界を破る危険物ではなかったらしく、ぐったりと倒れ伏した生き物は人族に似ている。しかしサイズが小さすぎた。
「人族じゃなさそうだな」
「パパ、リリスにも見せて!」
「ごめんね、お姫様。どうぞ」
かろうじて息をしているが、魔力はほぼ感じない。危険はないと判断したが、一応結界に包んでから渡した。魔族にも小人系の種族はいるが、手のひらに乗るサイズだとかなり限られる。小人妖精族と獣小人族ぐらいか。
思い浮かべた種族はどちらも外見に特徴がある。グレムリンは小さな角があるし、ホビットは尻尾や耳がついていた。体毛が一切なく、つるんとした人族に似た外見は初めて見る種族だった。この生き物は、どちらの種族にも分類されない。
「新種?」
「うーん」
リリスの可愛い手のひらの上に収まる小人を見ながら、種族の選別を始める。大型犬サイズに縮んだヤンが近づいてきた。大きすぎると小さなものが見えづらいのだろう。横から覗き込んだヤンは臭いを嗅いで顔をしかめた。
23
お気に入りに追加
4,953
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」
「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」
公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。
理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。
王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!
頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2021/08/16 「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
※2021/01/30 完結
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】過保護な竜王による未来の魔王の育て方
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
魔族の幼子ルンは、突然両親と引き離されてしまった。掴まった先で暴行され、殺されかけたところを救われる。圧倒的な強さを持つが、見た目の恐ろしい竜王は保護した子の両親を探す。その先にある不幸な現実を受け入れ、幼子は竜王の養子となった。が、子育て経験のない竜王は混乱しまくり。日常が騒動続きで、配下を含めて大騒ぎが始まる。幼子は魔族としか分からなかったが、実は将来の魔王で?!
異種族同士の親子が紡ぐ絆の物語――ハッピーエンド確定。
#日常系、ほのぼの、ハッピーエンド
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/08/13……完結
2024/07/02……エブリスタ、ファンタジー1位
2024/07/02……アルファポリス、女性向けHOT 63位
2024/07/01……連載開始
【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです!
12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。
両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪
ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/07/06……完結
2024/06/29……本編完結
2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位
2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位
2024/04/01……連載開始
死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります
みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」
私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。
聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?
私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。
だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。
こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。
私は誰にも愛されていないのだから。
なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。
灰色の魔女の死という、極上の舞台をー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる