上 下
342 / 1,397
26章 禁じられた魔術

339. 一緒にお風呂入る?

しおりを挟む
 最近は腕を組んで歩くことはあっても、抱っこされての移動は減った。淑女教育の成果もあるし、人目を気にしたリリスの願いもある。それだからこそ、抱っこできるチャンスは絶対に逃さない魔王だった。

「ねえ、パパ」

「なに?」

 満面の笑みでご機嫌だと告げるルシファーの顔を見ながら、頬にかかる純白の髪に指先で触れた。かき上げる仕草で頬を撫でて、整った顔を覗き込む。まっすぐに視線を合わせるリリスの赤い瞳に見惚れながら、ルシファーは自室のドアを開いた。

「一緒にお風呂はいる?」

「もちろん」

 当然だと頷く。毎日一緒に入っているのに、なぜ確認するのだろうと首を傾げたルシファーへ、予想外の言葉が届いた。

「あのね、女の子はパパとお風呂に入らないんですって」

 生まれて間もない頃、魔術に失敗して自分に雷を落とした時に並ぶ衝撃に、ルシファーの足が止まった。ぎぎぎ…と油が切れた機械のように口を開く。

「……うちはうち。よそはよそ」

 一緒にしちゃいけませんと呟きながら、ルシファーは余計なことを吹き込みそうな奴を脳裏にピックアップした。

 まず庭の整備をしているエルフは女性が多いから可能性が高い。次に世間体を気にしそうなベール、ルキフェルあたりか。ベルゼビュートはバカだから大丈夫だろうし、リリスが魔王妃になることに賛成のアスタロトも除外できる。アデーレはどっちだ?

 唸りながら、敵と味方に分類していく。世間がどうであろうと、リリスとルシファーには関係ない。そもそも通常の親子関係ではないし、いずれお嫁さんになるのだ。お風呂はずっと一緒に入りたいし、同じベッドで寝たい。出来るなら仕事中もずっと膝の上に座っていて欲しいのだ。

 魔王の地位と立場のせいであれこれ我慢しているのに、これ以上リリスとの触れ合いを奪われるのは嫌だ。そうなったら全力で拒否する。が……もしかして思春期になったし、恥ずかしいのかも知れない。ちらりとリリスを見て、美しく成長する少女の表情を窺った。

 強行して嫌われるのは困る。

「リリスが嫌なら我慢する」

 唇を尖らせた子供のようなルシファーの態度に、リリスは笑い出した。尖った唇に指を押し当てて、ぐいっと押し戻す。

「嫌じゃないわ。だってパパだもん、リリスはお嫁さんなんだから」

 外では「私」と言うが、ルシファーと一緒のプライベート空間では幼女の頃と同じ「リリス」と名前で自分を称する。そんなささやかな違いに特別感を覚えるルシファーは、素顔を見せてくれるリリスに頬ずりした。小さな頃から変わらない、すべすべの肌が気持ちいい。

「そっか。リリスに嫌われたかと思った」

「パパを嫌いになんてならないわ」

 頬ずりを返しながら、首に手を回したリリスがご機嫌で口にした言葉に、ルシファーは舞い上がった。抱っこしたまま浴室へ向かい、手前の小部屋で残念そうにリリスを椅子に下す。ずっと抱っこしていたかったのだ。

 自分ひとりでは脱ぎ着できないドレスを纏うリリスの髪や首を飾る宝石類を外し、続いて編み込んだ黒髪を解いた。結っても癖がつかないルシファーの髪と違い、リリスは緩やかに波打った髪を気にして手で引っ張る。

「どうしたの? 髪が痛むぞ」

 ぐいぐいと黒髪を手荒に扱うリリスの手を掴むと、彼女は不満そうに上目遣いで睨んできた。美しい白い肌を縁どる黒髪は腰まで届く。手櫛で優しく梳かしてやれば、ルシファーの純白の髪から簪や髪飾りを抜いたリリスが「ずるい」と呟いた。

「パパはまっすぐで綺麗じゃない。リリスだけこんなになるわ」

 風呂からの湿気もあり、リリスの毛先がくるりと丸まる。洗えばまっすぐな髪に戻るが、結い上げた髪を解けばどうしても癖が出てしまう。逆にルシファーの髪はまったく癖のないさらさら状態だった。

「普段はまっすぐだし、こんなリリスの姿を知ってるのがオレだけなのは嬉しいけど」

「……本当にずるい」

 勝てないと文句を言いながらも、リリスの口元は緩んでいる。ドレスのリボンを解いて肩を滑らせ、下着姿になるとリリスは残りを自ら脱ぎ捨てた。

「髪はオレが洗うからね」

「わかったわ」

 手荒に洗うのではと心配で声をかけ、ルシファーは服を脱いで後を追った。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです! 12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。  両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪  ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/07/06……完結 2024/06/29……本編完結 2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位 2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位 2024/04/01……連載開始

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

処理中です...